心理学ストーリー「五感の質屋」最終話
視覚。聴覚。触覚。
あなたが、このうち一つしか残せないとするなら、どれを残しますか?
五感の質屋、最終話です。
こんばんは。ゆうきゆうです。
というわけで遅くなりましてすみません!
セクシー心理学から、「五感の質屋」、最終話をお送りいたします。
(前回までのあらすじ)
私の娘は、治療法のない病気にかかった。
生きていられるのは、あと1年もない。
そんなとき私は、「五感の質屋」に入った。
店主である女は、
「五感のうち一つを質に入れることで、娘の寿命を5年延ばせる」と話す。
私はそれを承諾し、味覚と嗅覚を質入れした。
そして娘の寿命は10年延びたが、まだ治療法は発見されない。
結婚を考える娘のために、私はあと二つの感覚を質入れすることを決心した。
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◆ 五感の質屋 最終話
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「視覚、聴覚、触覚。どの感覚を、残しますか?」
女は、もう一度聞いてきた。
この質問を、今までに心の中で、何度繰り返してきただろう。
目か。耳か。肌か。
私が唯一残せるとするなら、どれにするのだろうか。
毎晩、そのことばかり考えてきた。
そして今、その答えを決めなければいけない。
私は、心を決めていた。
「………で、頼む」
「………承りました。後悔はなさいませんね?」
「あぁ…。しない」
「承りました。では、そのかわり。お客様の望む方の寿命を、10年延ばさせていただきます」
「あぁ…。頼む…」
私は静かに返事をした。
「それではお客様は、今から、残りの二つの感覚を失います」
「…あぁ…。好きにしたらいい」
「ただ、です。実際にこの商売を長く続けておりますが…。
4つの感覚ともに質入れできる方は、なかなか少ないものです。なぜなら感覚を失っていくことは、寿命を削られることより、ずっとずっと苦しいものだからです」
「………」
それはもう、今までで十分に理解した。
「いいから早く…」
「いえ、すなわちお客様のような方は、当店にとって、大のお得意様。
ですのでサービスとしまして、もし失礼でなければ、この後のお客様の生活は、当社が面倒を見させていただきます。
大切なお得意様の、ほとんどの感覚を奪ってそのまま放り出して、あとは知りません…では、当社の評判にも関わりますので」
私は、考えた。
嗅覚や味覚と違い、他の感覚がなくなれば、もちろん娘には隠し通すことはできないだろう。
そこで苦しむ姿を、娘には見せたくない。
いやそれ以前に、私の存在が、彼女の人生において、重荷になる可能性だってある。
娘には、何も心配をしないで、生きていってほしい。
今の私には、それだけが一番の願いだ。
「どうされますか?」
「………」
私はしばらく考え、絞り出すように、こう言った。
「頼む」
その言葉に、女は静かに微笑みながら言った。
「承りました」
◆
あれから、何年の月日が過ぎただろう。
私は、たった一つだけの感覚を持ちながら、いまだに生きている。
今、私がいる場所は、質屋が用意してくれた施設だ。
詳しくは知らないし、知りたいとも思わない。
たまに誰かが来て、食事をくれる。
ただそれを、栄養のためだけに食べ、生きているだけだ。
でも、後悔はしていない。
娘の病気は治っただろうか。
もしくは結局、治ることはなかったのだろうか。
それだけが気になった。
しかしたとえ短い間といえども、娘が幸せな生活を送れたかもしれない…。
そう思うことが、何よりの自分の安らぎだった。
◆
私は、この施設に来る直前に、質屋で女とかわした会話を思い出した。
「聞かれませんでしたので、あえて申し上げませんでしたが…。
五感を、再び『買い戻す』ことが可能です」
「買い戻す…?」
「そうでございます。感覚のかわりに、寿命を差し上げたわけですから…。逆はすなわち」
「寿命を延ばした人間の寿命によって、感覚が戻る…と?」
「その通りです。その場合、一つの感覚につき、20年が必要です」
「20年? 5年じゃないのか?」
「それはもちろん、利子や手数料もコミコミでございますので」
「………」
「すなわち今回であれば、お客さまの愛娘さまが、『お父さまの感覚ために、20年ずつ寿命をなくしてもいい』とお考えになったら、感覚が戻るわけです」
「………」
もし。
もし、娘の治療が成功したのなら。
娘の寿命は、さらに先まで延びるだろう。
そのとき、女は娘に、すべてのことを教えてくれると言った。
そしてその上で、娘が私に寿命を返してくれるというのなら…。
私は感覚を取り戻すことができるだろう。
その場合、娘を私の元に、連れてきてくれるという。
でも。
すべてが単なる可能性に過ぎない。
もし、私の感覚が今後もずっと戻らなかったのなら…。
それは、治療が間に合わなかったか、もしくは娘が寿命の受け渡しを拒否したか、ということになるだろう。
だったら、後者であることを願わずにはいられない。
私は、今の自分に、満足していた。
感覚が一つしかないということは、とてもつらいことだ。
でも。
この感覚一つだけが残っていれば、不思議と安らぎはあった。
さびしさは、もちろんある。
でも、今までの幸せな記憶が、この感覚と共に残っている。
だから、大丈夫だ。
そのときだった。
手が、触れた。
私の手を、ぎゅっと握りこむ感触。
女性の手の肌ざわりだった。
まさか。
その気持ちは、すぐに確信に変わった。
娘の、手だ。
間違いない。
「………!」
私には、分かる。
手に触れるぬくもりは、娘のものだ。
体に触れるあたたかさは、娘のものだ。
次の瞬間、私の胸に、その女性が飛び込んできた感触があった。
あたたかかった。
◆
私は、視覚か聴覚か触覚か迷っていた。
最後に決めた理由は、「どの感覚で、自分がもっとも幸せを感じたか」だった。その感覚を失うことで、その幸せまで失ってしまうような気がしたのだ。
それが、「触覚」だった。
目だけが見えても。
声だけが聞こえても。
触れた感覚がないなら、テレビと同じだ。
そこにいる存在感が、何も感じられない。
しかし、逆に。
体温や触覚が感じられるなら。
何も見えなくても、何も聞こえなくても。
相手の存在を、何より感じることができる。
幼いころに抱かれた母親の感触。
はじめて触れた、妻のぬくもり。
生まれたばかりの娘を抱きしめた温かさ。
その記憶があったからこそ、私は幸せを忘れないまま、生きてこられた。
腕に、涙と思われるしずくを感じた。
肩に、嗚咽の呼吸を感じた。
私は今、確かに娘と、ここに存在している。
そう。
ぬくもりさえあれば、人は生きていけるのだ。
娘は私の手に、字を書いた。
「ありがとうと何度言っても足りません。お父さんからもらった命です。
お父さんの感覚を、私の寿命で、戻して下さい。」
私はそれにたいして、静かに首を振った。
もう、十分だ。
お前はこの感覚を、できる限り生きて、大切な人に伝えてあげなさい。
娘が、さらに泣く感覚が伝わってきた。
そして、直後。
私の腕に、娘よりも小さな手が触れた。
(完)
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました。
<後記>
さて、今回の五感。
実際に、嗅覚や味覚は、カゼなどで機能しなくなることもあります。
また糖尿病などで視覚を失うこともありますし、聴覚を失う病気もたくさんあります。
それでなくても、ケガなどで視覚を失ったり、鼓膜が破れてしまうこともあります。
しかし、「触覚そのもの」を失う病気やケガなどは、そうそうありません。
すなわち生物にとって、触覚というのは、それだけ大切なものなのかな、と考えられます。
さらにヘレン・ケラーという人物がいます。
幼い頃の病気により、目が見えなくなり、耳が聞こえなくなってしまった人です。
しかし彼女も、触覚だけは失っていませんでした。
彼女が水に触れ、「ウォーター! ウォーター!」と叫んだことは有名です。
彼女も触覚が残っていたからこそ、視覚・聴覚を失っても、あれだけの偉業を残せたのではないかな、と思います。
というわけで、あくまで自分の考えではありますが、五感の中でもっとも重要なのは「触覚」。
もちろん「私は視覚を残したい!」「聴覚が一番大切!」とかの考えもあるかと思います。
一つの考えとしてお取りいただければ幸いです。
ちなみに自分はいつか胸に触れたときに、その喜びから「バストー! バストー!」とか叫びたいです。
触覚、大切だと思う。
偉業ならぬパイ業を残しつつも、重ねてここまで読んでくださって、本当にありがとうございました。
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