小説「やり直しパンパンパン」 アイセンの実験

「人生、やり直したいと思ってませんか?」

ある日の、朝9時。
僕の暮らしている家に訪ねてきた女は、一言目に、こう言った―――。

今夜はちょっとした心理学ストーリーをお届けします。
 
 

というわけでこんばんは。ゆうきゆうです。
今夜は、こんなお話をどうぞ。

◆ 小説「やり直しパンパンパン」 

 

「人生、やり直したいと思ってませんか?」

ある日の、朝9時。
僕の暮らしている家に訪ねてきた女は、一言目に、こう言った―――。

「すみません。間に合ってます」

僕は寝ぼけ眼のまま、そう言いながらドアを閉めようとする。

すると彼女は慌てて言った。

「違うの違うの! ヘンなセールスとかじゃないの!」

語尾に「の」の三連発に微妙に萌えた僕は、ついドアを閉める手を止めてしまった。

その瞬間、彼女はたたみかけるように話してきた。

「私、政府が極秘で進めている『SFプロジェクト』の一員です」

「は?」

「そのプロジェクトの一つに『人生のやり直し』があるんです」

「やり直し?」

「はい。あなたは、ある国の数学者が、『もうすぐタイムマシンが実現するだろう』って言ったのをご存じですか?」

「あぁ…。なんか新聞で読んだことがある」

「あれ、すでに我が国では、可能なんです」

「へぇ、そう」

「………」

「………」

「何だって?」

「だから、時間を戻すことが、可能なんです」

「………」

「………」

「帰ってください」

「待って待って! 今、試してあげますから!」

そう言いながら、彼女はケータイでどこかに電話をした。

「…はい。1時間くらいで、十分だと思います。よろしくお願いします」

「?」

何を話しているんだろう。

そう思った瞬間だった。
僕の体に電流のような衝撃が走った。

「うはっ!」

気がつくと、僕は自分の部屋にいた。
横たわり、布団の中に入っている。

「!?」

時計を見ると、8時を指していた。
さっきの、ちょうど1時間前。僕が寝ていた時間だ。

状況が、まったく飲み込めない。

「………」

僕は、夢だと思うことにし、再び寝ることにした。

しかし。
1時間後の、きっかり9時に、玄関のチャイムが鳴った。
ドキッとした。

僕は急いでドアを開ける。
そこには、さっきの女が立っていた。

「信じていただけました?」

その言葉に、必死に頭を働かせようとする。

「…い、いや…! マジ!? いやいや、ト、トリッ…」

「あぁ、はい、トリックだと思ってくれて構いません。ただ、まずは私の説明だけ聞いてください。私の仕事はそれで終わるので」

「………」

彼女の言葉には迫力があった。
僕は思わず黙り込み、セリフの続きを待つ。

「先ほども言いましたように、現在、政府は『人生のやり直し』を進めています。
というのも、世の中は大不況。恋愛や仕事で失敗し、疲れ、後悔している人がたくさんいます。
その人たちに『再チャレンジできる社会』を提供するのが目的です」

理解できるような、理解できないような。

しかしその言葉に、僕は現在の自分を思い出した。

僕自身、確かに今の人生に、後悔している。

大学入試では大失敗。
選んだ会社は倒産寸前で、「いつかやめてやる」と思っているうちに、逆にクビにされた。
さらには恋人にフラれ、株の暴落で貯金も底をついた。

インターネットでよくある広告の前半部分みたいな人生だ。

しかし間違っても「こんな僕でも、成功できた!」みたいな部分はない。

「ただもちろん、全員を再チャレンジさせるのも、色々と問題があります。だからこそ、とにかく強く人生を後悔している方を何人か選び、計画全体の『サンプル』として、こうご提案させていただいてるわけです」

「そ、その一人が、僕…?」

「そうです!」

「………」

何と言っていいか分からなかったが、言葉の一つ一つには、妙なリアリティがある。

「ただ言っておきますが、やり直すのは、今からたった一度だけです」

「え!?」

「戻る先は、あなたの今までの一生のうち、『もっとも幸せだと感じた瞬間』です」

「………」

僕が、もっとも幸せだと感じた瞬間。

だったらそれは、小学校時代だろう。

何も考えず、友達と遊んでいられた。
将来のことや仕事のこと。何も心配することはなく、毎日が幸せだった。
ただ、その日を楽しんでいれば良かった。

それが中学生になり、高校生になり…。
少しずつ失敗が増え、後悔することが多くなった。さらに…

「あー、年寄りの思い出は長くなるから、そのへんでOKです」

彼女の言葉に、現実に引き戻される。

年寄りって、まだ30才なんだが。
僕は心の底から、そう思った。

「ちなみにこのサンプルのお願いなんですが、やはり怖がってOKしてくれない方もいるんです。負け犬根性が染みついてるんでしょうか」

「うん。もうちょっと言葉を選ぼうか」

「でも、こんな実験があるんです」

「え?」

「実はアメリカの心理学であるアイセンの実験によると、

A『キャンディを与えてからお願いごとをした』
B『何もせずにいきなりお願いごとをした』

という場合、Aの方が17%も承諾率が高かったんです。
贈り物って小さくても大切なんですね」

「…は? いきなり何の話?」

「だから私も、このお願いの前に、サービスでちょっとしたプレゼントをあげたんです」

「え? 僕、何かもらったっけ?」

「さっき、1時間だけ、戻してあげましたでしょ? 有効活用、できました?」

寝てたよ!
思い切りムダに使ったよ!

「いずれにしても、受けていただけるとありがたいんですけど」

「………」

「受けていただく前提で話しますね」

こっちの意見は、ないも同然か。

「さて、これから先。あなたがある『合図』をした瞬間、私たちSFプロジェクトのスタッフは、あなたを過去の幸せだった瞬間に戻します」

「合図?」

「はい。みなさん、戻る前に、色々とやっておきたいこともありますよね。
ちょうど『戻りたい!』と思ったときに戻れるように、合図を決めていただくんです」

「…たとえば、どんな?」

「何でも構いません。ただ、あまりに簡単すぎるものはオススメしません」

「簡単って…?」

「たとえば以前にサンプルにした男性は、『顔を洗う』にしたんですけど」

「…うん」

「次の日の朝に、無意識に使っちゃいました」

そうだよね。絶対に使うよね。
というか、使わない方が大変だよね。

「だからといって、大変な合図もオススメしません」

「大変?」

「ある男性は、『腕立て連続100回』を合図にしたんですけど」

「………」

「ご老人になったとき、体力的にそれができず、泣く泣く亡くなりました」

切なすぎる。

「あと、言葉系もちょっと」

「言葉系?」

「ある女性は『モヘンジョ・ダロ』という言葉に設定したんですけど」

どういう基準でそれを選んだのか、すごく知りたい。

「『イザというときまで言っちゃダメ』と思うと言いたくなるらしくて、3日後に無意識につぶやいてしまいました」

なんか、ものすごく分かる気がする。

「逆にある男性は、絶対にすぐに言わないように、『ジョルジュビッチ・ゴンザレノフ・チューパチュッパー・ペペロンチノチノ・ドドリアノフ三世』という言葉にしたんですけど」

「………」

「今度は逆に複雑すぎて思い出せず、9879回目のチャレンジの途中に亡くなりました」

それも切なすぎる。
というか、そこまで数えてるくらいなら、戻してあげたらどうなんだ。

「私たちも戻してあげたいのはヤマヤマなんですが、役所勤めの公務員なので、そういう柔軟な対応ができないんです」

公務員だったんだ。
それが何よりビックリだった。

「…で、合図、何にされますか?」

彼女はそう聞いてくる。

まだまだ聞きたいことはたくさんあったが、彼女の迫力は、それを許さない。

僕は考えた。

複雑すぎず、簡単すぎない。
たとえ老いたとしても、比較的簡単に、できる合図。

…そうだ。

アレなんて、どうだろう。

(つづく)

 

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◆ 今回のまとめ。
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○ 贈り物って小さくても重要ぽいですよ。

 

というわけで、心理学がメインなのかサブなのか分からない感じです。
みなさま今後ともよろしくお願いいたします。