小説「胸をもむたびに、お金がもらえる仕事があればいいのに。」第2回
僕の名前は、鈴木ケイ。25才のフリーターだ。
どんな仕事も長続きしない僕は、恋人であるマユの前で、つい、つぶやいた。
「胸をもむたびに、お金をもらえる仕事が、あればいいのに。」
そして彼女の胸を何度ももんだ、次の日…。
僕の口座は、5000円ほど増えていた。
小説「バスト・ワーク」、第2回です!
こんばんは。ゆうきゆうです。
さて、「マンガで分かる心療内科」ですが、第2巻が11月22日に発売します!
内容は、
バウムテスト
色彩心理学
適応障害
パニック障害
露出症
オイディプス・コンプレックス
季節性うつ
窃視症
不眠症
後悔を抱えたとき
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というわけで今夜のセクシー心理学は、前回の続きをお届けいたします。
◆ バスト・ワーク 前回のあらすじ 前回はこちら。
僕の名前は、鈴木ケイ。
25才のフリーターだ。
どんな仕事も長続きしない僕は、恋人であるマユの前で、つい、つぶやいた。
「胸をもむたびに、お金をもらえる仕事が、あればいいのに。」
そして彼女の胸を何度ももんだ、次の日…。
僕の口座は、5000円ほど増えていた。
◆ バスト・ワーク 第2回
見間違いでは、ない。
間違いなく、5000円ほど、多い。
ここ最近バイトはしていないから、給料の振り込みなんて、ありえない。
「仕送りを求めるくらいなら家に帰る」という条件で上京してきたため、親からの振り込みということも、ないだろう。
そう考えると…。
本当だろうか。
あの晩、話した、冗談。
いや…。冗談ではなく、結構本気だったけども…。
あれが現実になったのか?
増えた額は、5000円…。
昨日、何回くらい、もんだだろう。
10回…?
いや、そんなモンじゃない…。
50回…? いや、それ以上…?
正確な数は覚えていない。
当然だ。
「今までもんだバストの回数を覚えているのか?」
そんな質問に、すぐに答えられる人間はいないだろう。
思い出すだけ無駄だ。
大急ぎで、僕はマユにメールをした。
「今日も…会える?」
「えっ? 本当?」
返信が来る。
二日連続で会うことはマレだったため、彼女は驚いた。
僕はメールを打つ。
「うん…。また、会いたくてさ」
「また、もみたくてさ」とは言えない。
彼女からメールが来た。
「うん、いいよ♪ 楽しみ」
楽しみなのは、僕の方だった。
◆
その晩は、ハッキリと数えた。
「35、36、37、38…」
「え? 何の回数?」
「………え、口に出してた?」
「うん…。かなりハッキリと」
「いや、実際、何回くらいもんでるのか、数えてみたかったんだ」
「数えてどうするの?」
「………」
「………」
「一説によると、成功者って、自分の行動のことごとくを記録する人が多いんだって」
「へぇ…。知らなかった。ちなみに胸をもむ回数の他に、何を記録してるの?」
「………」
「………」
「いや、胸だけ」
「だよね」
彼女はそう言いながらも、笑う。
「ふふっ…。面白いね。じゃあ、回数数えてみて。1万回くらいになったら、なんか記念品とか、出るのかな?」
「…あははっ。表彰されるかもしれないね。二人で」
「その表彰式は、ケイ一人で出てね」
彼女はにこやかに微笑む。
そんなやりとりを繰り返しながら、僕は数を数えた。
ちょうど、300回もんだ。
複雑な数だと忘れてしまうため、キリのいい数にしたのだ。
次の日に口座を確認する。
15000円、増えていた。
間違いない。
胸をもんだ数だけ、金が増えている。
僕は割り算をする。
15000÷300=50
そう。
すなわち、彼女の胸を1回もむごとに、50円が手に入るのだ。
まさに天にも昇る気持ちだった。
◆
それから、毎日のように、試してみた。
まず「片手でもむ」だけではカウントされないことが分かった。
右と左、両方もんではじめて、「1回」としてカウントされる。
両手で2倍、みたいなサービスはないようだ。
神様だけに、「右の胸をもんだら、左の胸ももみなさい」みたいな平和主義的な考えがあるのかは分からない。
もちろん、
右→左→右→左
と交互にもむのも効率が悪いので、両方同時にもむことにした。
まぁ、元からずっとそういうスタイルではあったのだが。
そして、回数。
「よっよっ…。よっよっ…」
普通にもんだ場合、だいたい1秒で2回くらい。
すなわち1分で、120回。
「よっよっよっ…。よっよっよっ…」
急いでもんだ場合、1秒で、3回だ。
同じく1分で180回。
しかしこの場合、1分で手がしびれてくる。
俗に言う「もみ疲れ」だ。
俗に言うのかは分からないけども。
マラソンと同じで、大急ぎは禁物ということが分かった。
すなわち無理ないペースで、1分に100回前後。
しかしこれですら、5分あたりが限界ということが判明した。
どんなにもむことが楽しくても、やはり筋肉疲労には勝てない。
特に指というのは、なかなか鍛えられる場所ではないようだ。
実際、指は腕などに比べて筋肉の繊維が細いため、鍛えづらい。
どんな格闘家だって、ボディビルダーだって、指をねじりあげられたら、なかなか抵抗できないはずだ。
そのため指だけで、長期間の運動を続けるのは、とても難しい。
また、自分のことだけを考えていられない。
彼女にも限界がある。
しばらくもむのに夢中で気づかなかったが、彼女の表情が少しだけ固くなっていたこともあった。
「…よっよっ…。………? あ、だ、大丈夫…?」
「う、ううん…。少しだけ…」
「少しだけ?」
「少しだけ…。い、痛いかな…」
そう言われたら、もちろんそれ以上、もむことはできない。
くわえて「もめる雰囲気」というものもある。
「待った?」
「ううん。大丈夫」
「そっか。じゃあ、もむね」
………。
ありえない。
さすがに会った直後は、なかなか雰囲気的にも気分的にも、もめないことが分かった。一度やってみたが、かなり気まずい空気が流れた。
当然だが、性的な色々の前後くらいが、もむのにふさわしい時間のようだ。
いずれにしても、以上から…。
だいたい、一度のデートで500回くらいが限界のようだ。
すなわち1日で25000円。
決して、悪いビジネスではない。
もし週休2日と考えたら、週に5日のお仕事。
すなわち月に20日くらい。
そう計算してみれば、月収50万円だ。
夢のようだ。
少しずつ収入を得ることで、東京で生活を続けることが可能になった。
これで実家に戻らなくて済む。
「今日は、僕がオゴるよ」
「…!? あ、ありがとう…」
そんな振る舞いもできるようになった。
彼女は驚きながら、僕に聞く。
「な、何か…。仕事を始めたの…?」
「あ、あぁ…」
「どんな仕事?」
「………」
もちろん、本当のことは言えない。
「そ、ソフト系の仕事かな?」
ウソはついていない。
胸はソフトだ。
「へぇっ! スゴいね! プログラマーみたいな?」
………。
プロ+グラマーという意味では、今の仕事と、当たらずとも遠からずな気がする。
「ま、まぁ…。そんな感じ…。」
「そっか、良かったぁ…!」
彼女は本当に嬉しそうだった。
僕もそれを見て、幸せだった。
大好きな女の子の胸をもむ。
そして、それがお金になる。
こんなに幸せでいいんだろうか。
しかし…。
それが机上の空論と気づいたのは、それから何千回ともんだ後のことだった。
◆
彼女の胸が、心なしか柔らかくなってきた。
もしかして。
もみ続けることで、脂肪組織が少しずつ柔らかく変化するのかもしれない。
最初にあった押し返すような感覚が、少しずつ減ってきた。
トランポリンというものがある。
その上なら、何十回飛んでも、そんなに疲れない。
しかし弾力がない床で何十回も跳ねるのは、結構大変だ。
押し返す弾力があるかないかで、もみやすさが大きく変わってくる。
それだけではない。
くわえて彼女の胸にも、少しずつ疲労が蓄積されてきたようだった。
「ごめん…。最近ちょっとだけ、痛いかな…」
「えっ…? まだ100回くらいだよ…?」
その言葉に、彼女はしばらく考え、言った。
「……………。なんか最近気づいたんだけど、回数にこだわってない…?」
「えっ!? い、いや…。そんなことは…」
「それにね…。な、なんか前と、触り方が違うっていうか…」
「え、えっ…?」
「前はもっと、ゆっくり優しかったのに…。最近は、ただ回数ばっかりにこだわってる感じがある…」
ギクリとした。
確かに無意識に、仕事であるかのような意識が生まれてきた。
そういえば。
昔、読みかじった、心理学の本に書いてあった。
子供たちに、ある工作をさせる。
そのとき、Aグループには、何もご褒美をあげない。
しかしBグループには、工作のご褒美として、ちょっとしたプレゼントをあげる。
もちろん、Bグループは、喜ぶ。
しかし、それからしばらく後。
ご褒美がなくなったあとも、工作を続けていたのは、圧倒的にAグループの子供だった。
そもそも楽しいものに、あえて「ご褒美」を与えてしまう…。
それによって、内面的な喜びが減ってしまったのだ。
「…そ、そんなこと、な、ないよ…」
僕はそう言うのが精一杯だった。
◆
それから、二人のあいだの空気が変わってきた。
なぜか、胸をもむことに、気まずさがある。
500回なんて、もちろん無理だ。
少しずつ…。少しずつ…。
せいぜい1回のデートで、10回くらいになってしまった。
すなわち、500円くらいだ。
たぶん、最低賃金を割っている。
それが態度にも出たのかもしれない。
さらに関係が悪化してきた。
あるとき、ついに彼女が言った。
「いったん…。離れてみようか…」
「……!!」
予想はしていた。
しかし…。
それでも、つらかった。
「その方が、いいよね…?」
彼女は僕の顔を見る。
ダメだ…!
このまま、彼女と離れたくない…!
僕は言う。
「い、いやだ…。別れたくない…」
その瞬間、彼女の顔が、少しだけ明るくなったように見えた。
「…どうして?」
その問いかけに。
思わず僕は、口にした。
「胸が………もめなくなる…」
言い終わったとき、彼女は、いなかった。
(つづく)
次回、最終話です。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
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