小説「胸をもむたびに、お金がもらえる仕事があればいいのに。」

「胸をもむたびに、お金がもらえる仕事があればいいのに。」
   
本日はセクシー心理学から、こんな話をお届けします。

 

こんばんは。ゆうきゆうです。

というわけで、今夜はこんな話をお届けします。

 

◆ バスト・ワーク

僕の名前は、鈴木ケイ。
25才のフリーターだ。

大学を卒業してから、3年間。
ただ漠然と、色々なバイトをしてきた。

しかしどれも、長続きしない。

どの仕事も、合わないのだ。

ラクな仕事は、たいていが給料が安い。
逆に時給が高い仕事は、ほとんどがハードだ。

たまに、ハードな上に給料が安い仕事だってある。

それに、どれ一つとして、やりたい仕事ではなかった。

いったい僕にとって天職って、何なんだ?
どんな仕事だったら、自分の一生の仕事として、やっていけるんだ?

僕は、そんな疑問を常に抱えて生きてきた。

でも言うまでもなく、答えは見つからない。
そして同時に、新しい仕事も見つからなかった。

「今までのバイトは、どんなことを?」
「色々やりました」
「そうですか…」

色々やった、というのは、どれも継続できなかった、ということだ。

「じゃあ、結果はまた連絡しますので」

いくら待っても、連絡すら来なかった。

新しいバイトが見つからない時期が、3ヶ月続いた。

ついに所持金が、3000円を切った。

「ごめん、待った?」
「ううん…。大丈夫」

僕にも、彼女がいる。
名前は、原田マユ。

一つ前のファミレスのバイトで知り合った、大学生の女の子だ。

頭が良くて優しくて、僕が何を言っても、笑顔で返してくれる。
それに、僕が完全な無職になっても、付き合いを続けてくれている。
自分にとって、不釣り合いなほどに素敵なコだ。

「なんで…。僕とつきあってるの?」

一度、そう聞いたことがある。

すると彼女は笑って答えた。

「好きだから…じゃない?」

「…僕の、好きなところって…どんなところ? どこがいいの?」

自分で分からないところが問題だ。
しかしそれにも、彼女は笑顔で答えてくれた。

「子供っぽくて、純粋で、かわいいところかな」

「大人びたところがまったくない」ということを、裏返してすごく綺麗なオブラートで包むと、こうなるんじゃないか。
そう思ったが、悪い気はしなかった。

僕の金がまったくないことは、彼女も知っている。

デートも、ほとんどお金がかからない場所だ。
ファーストフードへ行き、公園を散歩し…。
そしてスーパーで食材を買って、僕の家で、料理をしてもらう。

ご飯を食べたあと…。
彼女は、必ず僕の家に泊まってくれる。

僕は、彼女の胸に触れる。

柔らかな感触が、僕の手に当たる。

「あっ…」

彼女が静かな声をあげる。

あぁ。
幸せだ…。
こんなに幸せな時間が、この世の中にあるんだろうか。

人生、これでいいじゃないか。
世界は、ここで完結してるんじゃないか。

僕はそんな気持ちを味わいながら、つい、こうつぶやいた。

「胸をもむたびに、お金がもらえる仕事があればいいのに。」

「…えっ…?」

僕の言葉に、彼女が反応する。

「え、どういうこと?」

問いかけられると困ってしまう。
自分自身、ほとんど無意識に出た言葉だった。

「い、いや、何でもない」

しかし彼女は笑いながら言う。

「胸をもむたびに…何て?」

隠せないようだ。
雰囲気にほだされるように、僕は言葉を続けた。

「い、いや…。こうして胸をもむたびに、お金をもらえる仕事があればいいのになぁ…って」

「は?」

「いや…。だからホラ、女の子…。いや、好きなコの胸をもむたびに、お金をもらえる仕事があればっていう」

バカか。

バカか、自分は。
いやしかし、男が1万人いたら、間違いなく9999人くらいは、これに同意してくれるんじゃないかと思う。

問題は、たとえそう思っても、口に出す男は一人もいないだろう、ということだ。

「………」

彼女は静かだ。

間違いなく、女の子が1万人いたら、9999人くらいが、引く言葉だろう。
自分自身、心からそう言い切れる。

じゃあ、何で言ったんだ。

それに自分は無職だ。シャレにならない。
本気でそう思ってる、どうしようもない男みたいじゃないか。

いや、本気で思ってはいるんだけども。

「そんなこと言ってるから無職なんだよ!」と言われたら返す言葉がない。

「…い、い、いやウソ! 冗談!」

僕は慌てて否定する。

すると。
彼女はしばらくの沈黙の後、笑い始めた。

「…くぷっ! くふふっ! あははっ!」

「えっ」

「あははははははっ! 面白ーい!」

「ま、マジで…?」

「ていうか、思っても、言っちゃうー?」

うん。
本当にそれは同感だ。

「なんでそんなこと、思いつくの?」

今、思いついたんじゃない。
たぶん、元から、ずっと思ってた。

植物が光合成をするように。
魚がエラ呼吸をするように。

生まれたときから、細胞に刻み込まれてる情報だったのかもしれない。

「いや…。い、今、急にね。あまりに幸せだったから」

とりあえずのフォローっぽいセリフを口にする。

「あははっ。本当ー? でも、仕事となると、お金を払う人がいるんだよね。私が払うの?」

「い、いや…。それは何か、違う気がする…。それって出張ホストみたいだよね…。それはなんか、違う…。サービスみたいだし…。ていうかそもそも、マユからお金なんてもらえないよ」

「じゃあ、誰が払うんだろう…?」

「………そうだなー…。どこかの大金持ちとか?」

「えっ。その大金持ちは、ケイが私の胸をもむと、何か嬉しいの? 何にたいする対価なわけ?」

「う、うーーーん…。何かもう、枯れたおじいさんなんだよ。若い人が仲睦まじくしているのを見て、喜びになるっていう」

「すっごいマニアだね…。ていうか、もしケイが大金持ちのおじいさんになったら、若い人のそれに、お金払う?」

「いや、自分でもむ」

「………」

「うん。嘘です」

「うん。だよね」

「………」

「でも、うーん。もしそういうおじいさんが本当にいたとしても、なんか、イヤだなー…。そのおじいさんが、私たちの今の行為を見てるってことなんでしょ? なんかそういうショーみたいじゃない」

「う、うーん…。じゃ、じゃあ、神様とか? 人生を楽しんでることのご褒美、みたいな」

「あははっ。セクシーな神様だね。ご褒美がお金ってのも生々しい」

「あ、あは…。そうかもね…」

自分の発想の貧困さに泣ける。
すると彼女は、静かに言った。

「うん。いいよ」

「えっ?」

「もしそれで、本当にお金が入って…。ケイの仕事になるんだったら…。ケイはずーーっと、続けられる?」

「は?」

「だから、それが仕事になるなら…。今までみたいに、途中でやめないで…。ずーーっと、続けられるの?」

「………も、もちろんだよ!」

「あはははっ。そうだよねー…」

「…あはは…」

「…だったら、いいよ」

「………は?」

「もし本当にそんな仕事だったら、何回でも、もんでいいよ」

「…ほ、本当に!? やったあ!」

「キャッ! あははっ! こ、こらっ!!」

嬉しかった。
バカップルと言われてもしょうがない。

もちろんこの話は、ただの冗談だ。
言うまでもなく、これでお金がもらえるわけがない。
僕が現実に、何らいい仕事を見つけたわけでもない。

しかしそれでも、なぜか嬉しかった。

ただでさえ持っている欲求にくわえて、彼女への愛おしさから…。

その晩、数え切れないくらい、もんだ。

気づくと、僕は眠っていた。
その、夢の中。

「おめでとうございます! お仕事、頑張ってくださいね!」

という言葉が聞こえた。

「…は…?」

僕は思わず聞き返す。
声は再び響く。

「乳社、おめでとうございます!」

………。
どんな夢だよ…。
僕はそうツッこんだ。
そのまま、再び意識が遠のいた。

次の日。

目覚めると、彼女はすでに家を出たあとだった。
「学校に行ってきます」
書き置きがあった。

そうだ。
彼女は僕と違って、行く場所がある。

お腹が減った。
僕はコンビニに向かおうとする。

しかし…。金がない。
しかたなく、銀行に向かった。

残りのお金が少ないことは十分に知っている。
ここ数ヶ月バイトはしていないから、減ることはあっても、増えることは絶対にない。

引き出せるのも、これで最後かもしれない。

僕はため息をつきながら、口座の額を見た。

5000円ほど、増えていた。

 

(つづく)