裸の文字。~コジンスキーの実験

この3つの文章を読んでみてください。

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★文章A

むかつく
むかつく
そんな
揃ってたら
一緒に
買い物
出来ないじゃん
カップルって
みんなに
見られたかったじゃん

アタシ
ちょっと
不機嫌
いや
かなり
みたいな

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★文章B

3日後の月曜日に、あたしはうなぎ屋「柳」に面接に行くことになった。

月曜日は「柳」の毎週の定休日だから、その日が都合がいいという。

「柳」の女将さんは、「ふらここ」のランコママとは遠縁だそうだ。

年は10くらい年上かしら。

ほっそりした体に着物がよく似合っている。

ランコママも「柳」の女将もすてきなオトナ。

うちのママンも美人ですてきだけど、このふたりには、ママンにはない何かがあった。

セクシーなふんいき……。

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★文章C

バカ。
すなおになれなかった私を、いつも後悔する。
とんでもなく、子供だった。

バイクが好きだったよね。
スピードを出し過ぎてしまったよね。
とどかない存在になってしまったね。

バンドを組みたいって言ってた、あなた。
すきな曲は、何だったっけ?
時はただ、過ぎ去っていく。

むりしないで、と伝えたかった。
ねぇ、その気持ち、届いてる?

バイバイ。
すぐに、また会えるから。
とおくない、未来に…。

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このうち、あなたがもっとも「いい」と思うものは、どれですか?

……そこに、人間の心の恐ろしさが隠れているのです。
 

こんばんは。ゆうきゆうです。

今夜もメルマガ「セクシー心理学」から、こんな話をお届けです。

◆ すべてを裸にしただけで。

アメリカの作家に、イエールジ・コジンスキーという人物がいます。

彼は若いとき、アメリカ図書出版賞を受賞した「STEP」という本の内容をそのままに、タイトルを変えて、また著者名を無名のペンネームにした上で、14の出版社に「出版させてください!」と持ち込みました。

ひと言で言えば、「イタズラ」です。

たとえば、大作家ゲーテの「ファウスト」という作品がありますよね。
これ、有名な本ではありますが、意外に実際に読んだ人って少ないはずです。

これを、

「無名の新人、ゴンチャロフ・ムネスキーの、「バァウスト」という作品です!」

というように、著者名と作品名だけを変えて持ち込むような感じです。

うん。名前は今、適当に考えました。
たとえのせいでイメージがかえって湧きにくくなったら申し訳ありません。

すなわち「有名作品」の「有名」部分だけを取り、再評価させたわけです。

さぁこのとき、14の出版社のうち、「いい本だね! 出版してもいいよ!」と答えたのは、いくつだと思いますか?

答えは、「0」でした。

「すべて」の出版社が持ち込みを拒否したのです。

そして同時に、「盗作だ」と気づいたところはありませんでした。
ゼロから読んだ上で、「これはダメだ」と判断したのです。

◆ 後光が、なくなるだけで。

そして何と、その「STEP」を出した出版社ですら、同じく拒否したのです。理由は他の出版社と、まったく変わりません。

ていうか出したところなら盗作だと気づけ、と言いたいんですが、一つの出版社からはたくさんの本が出ているわけで、すべてを把握しているわけではないのかもしれません。

いずれにしても、「賞を受賞した作品であっても、タイトルと名前を変えて紛れ込ませてしまったら、なかなかそれを評価できる人は少ない」ということです。

流れとしては、こうでしょう。

「ものすごく権力のある人」か「ものすごく見る目がある人」が、その作品を「いい」と判断。

⇒ さらに、すごい賞を与える。

⇒「よく分からない」という人も、「そんなにスゴイなら…」と、色眼鏡で見てしまう。

実際、心理学では「後光効果」というものがあります。
一つの優れた面やネームバリューなどで、すべてを良く見てしまう心理のことを言います。

逆に言えば、「後光」を失い、「そのもの」で判断したら、それを判断できる人はすごく減るわけです。

◆ それぞれの、正体は。

さて、さきほどのAとBとCの文。
いかがでしたでしょうか。

まず、A。

これは「第3回日本ケータイ小説大賞」で、「大賞」を受賞した作品「あたし彼女」です。

この文だけで、その「大賞」っぽさを感じとれた人は、すごい批評眼を持っている方かもしれません。

さらに、B。

これを書いた作家の名前は、「瀬戸内寂聴」。

名前をご存じの方も多いのではないでしょうか。

『夏の終わり』で女流文学賞を受賞、以降、数々の文学賞を受賞した大作家です。特に『現代語訳・源氏物語』は、200万部を超えています。

まさに超・大御所です。

そして寂聴先生、名前を隠して、「ぱーぷる」というペンネームで、この小説をケータイ小説として発表したそうです。
86才なのに激しいバイタリティです。

ちなみに「ケータイ小説大賞」は、連載されている小説すべてから投票が行われ、受賞作品を決めるようです。

そう考えると、彼女の作品は、切ないことに賞に選ばれなかったわけで、やはり彼女ですらも、名前を隠してしまうと、なかなか評価されにくい…ということに。

ただ当然ですが、ケータイ小説という慣れないジャンルなわけで、間違ってもそのままの実力ではないわけですが。

いずれにしてもこの文も、同じく寂聴先生が書いたものだと知らずに読んで、「これ、いいなぁ」と思った人も、豊かな文学センスを持っている人だと思います。

◆ みんなの結果は…?

ちなみにミクシィの「セクシー心理学」コミュニティで、320名の方にアンケートをとったところ、

Aが一番いい … 7%
Bが一番いい … 36%
Cが一番いい … 43%

となりました。

切ないことに、大賞の作品が一番、人気がなかったようです。

この流れで言いにくいんですが、Cは自分が書きました。

一番左にある文字をタテに読むと、僕の世の中に当ててのメッセージが隠されています。菅原道真もビックリだと思います(ネガティブな意味で)。

まぁ、AとBに関しては、単なる「抜粋」ですので、もちろんのごとく、「小説」としての作品そのものの価値とは関係ないと思います。

ただ、「人間は後光によって強く影響されやすい可能性がある」ということを、心にとどめ置いていただければ幸いです。

◆ 応用して、裸にして。

これって、色々な場面でも同じかもしれません。

「スゴイ」と言われている人の前で恐縮しそうなときは、その「後光」を取り除いた想像をしてみてください。

「この人、金を持ってなかったら、どうなんだろう…」
「もしこの人が部長じゃなかったら…?」
「このコ、もし19才じゃなくて、もっとずっと上だったら…」
「この人が権力を持ってなくて、ただのおじさんだったら…」

そんな風に「裸」にしてみると、意外にたいしたことがないかもしれません。

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◆ 今回のまとめ。
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○ 人間は、後光に強く左右されやすい。

○ 恐縮しそうなときは、あえて「裸」にしてみることが大切。

◆ さいごに。

そして、逆に考えてみることもできます。

「このコが、もし綺麗じゃなかったら…」
「カレがもしお金を持っていなかったら…」
「彼女が30年たったとして…」

あえて、相手の一番の魅力を「なくして」考えてみてください。

「だったら、少し気持ちが冷めるかも」なら、その相手との関係は長続きしない可能性があります。

でも、「それでも、関係ない」と思えるのなら…。

その相手はもしかして、今後もずーっと大切な人なのかもしれません。

(完)

ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました。

ぜんぜん関係ないんですが、そのケータイ小説のサイトでは、寂聴先生が「これ自分の作品」と発表した直後、こんな文が掲載されています。

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超巨匠の作品をココで読めちゃうなんてラッキー!
作家仲間になれたらもっとドキドキしちゃうよね!
皆も巨匠目指して!ガンバロー!!!
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………。

「巨匠がケータイ小説を書いた」ことがポイントなわけで、「ケータイ小説を書いたから巨匠になれる」わけではないと思いましたが、その言葉は胸の奥にしまいました。

ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました。