1/3で話して。 「モテロボ」
僕は、女性経験がない。
今は24才。社会人になって2年目だ。
つとめている会社のランクにしても年収にしても、決して悪いとは思えない。
しかし、恋愛がうまくいった試しがない。
好きなコを前にすると、緊張して思ったように話せないのだ。
そんな僕の家に、こんなチラシが入っていた。
「モテモテ研究所、受講生募集! ~ロボットで安心!」
僕は、あらためてチラシを見つめる。
意味がまったく分からない。
そもそも、モテモテ研究所というネーミングのセンスのなさ。
くわえて「ロボット」という組み合わせ。
「安心」とあるが、安心のカケラも感じられない。
しかしどことなく、興味が惹かれる広告だ。
僕は好奇心がおさえきれず、ついその研究所に向かってしまった。
「あの…」
中に入った瞬間、受付嬢と思われる女性が、こう言った。
「いらっしゃいませ! モテモテ希望のお客様でしょうか?」
ここは、もう少しオブラートに包むことを学んだ方がいいと思う。
「………」
「モテモテ希望ですよね?」
「あ、あぁ、はい、まぁ…」
「モテモテ一丁、入りましたー!」
何なんだその案内は。
僕は心から切なくなった。
彼女は言葉を続ける。
「お客様は、なんと記念すべき1000人目のお客様!」
「え、ええっ!?」
「…の、999人前のお客様です」
うん。
それ、一番目の客ということだよね。
一人しか来てないんだよね。
僕はそう思ったが、ツッこむ間もなく、彼女は言葉を続けた。
「記念に当研究所のコース、何と10%増しでご案内いたします!」
それ、値上げだよね。
明らかに記念されない方がいいよね。
しかし彼女はさらに言葉を続ける。
「お客が少ないもので、あえて薄利多売の逆で行こうかと」
「それ、こなれた日本語で、ボッタクリって言うんだよ」
「それでお客様、コースのご案内なんですけど」
人の話を聞いていない。
「い、いや、悪いけど、ちょっと帰ろうと…」
その言葉に、彼女は慌てて言った。
「ま、待ってください! うちの研究所で講習を受けて失敗した人は、今までに一人もいないんですよ!?」
「え!? そうなの!?」
「はいっ!」
「………」
「………」
「いま、一瞬ダマされそうになったんだけど、それは僕が最初だからだよね?」
「あ、気づきましたか?」
「………」
「で、コースのご案内なんですけど」
ここまで相手の都合を考えないのも、スゴイと思う。
「コースは、松竹梅の一種類となっております」
「え? 三種類じゃなくて!?」
「『松竹梅コース』の一種類です」
「それ、コース名、変えた方がいいと思うよ」
「貴重なご意見、参考にさせていただきます」
「それ、スルーするときの定番文句だよね」
「このコースでは、ロボットを使用します」
「ロ…ロボット?」
「えぇ。お客様、好きな人を前にして、緊張してしまうことって、ないですか?」
「あ、あぁ…。ある…。それで何も言えなくなって…」
「そんなお客様にピッタリです。お客様には、当研究所で作成したロボットを前にして、会話をしていただきます。それに慣れることで緊張をなくし、同時にロボットの誘導によって、自然な会話を学んでいただくという…」
「………は!? ロボット相手に会話をするの?」
「その通りです」
「い、いやっ! でも、ロボットなんて相手にしたって、ぜんぜん現実感ないよ!? 緊張を減らす訓練になんてならないだろうし、ロボットの誘導なんて言ったって…」
「それが、そうでもないんです」
その声は、僕の後ろの方から聞こえてきた。
目の前の受付嬢は、何も話していない。
「え?」
僕は慌ててその方向を振り向く。
そこには、今、目の前で話している受付嬢と、まったく同じ顔をした女性が立っていた。
「え、ええ!?」
「驚かれましたか?」
「…ふ、双子ですか?」
僕は必死に考え、言葉を絞り出す。
しかし後ろの女性は、にこやかに笑いながら、首を振った。
「実は、お客様が今まで話していたそのコ、ロボットなんです」
「………」
彼女がそう言うと、さきほどまで会話をしていた受付嬢は、静かにうなずく。
同時に顔に手を掛けると、キイという音ともに、「顔」をはずした。
「…!?」
顔の下から、無機質なパーツと、電気配線が現れる。
この驚きをあらわす言葉が見つからない。
「このように、当研究所では、限りなく人間と区別がつかないロボットを作ることができます。そして同時に、高度な人工知能により、自然な会話を行うことができるのです」
「…す、スゴイんだね…」
「ですのでこちらでロボットを相手にして話し続ければ、いくらでも会話に慣れ、同時に会話力を鍛えることができます」
「き、鍛えるというと…?」
「ある調査では、人間は会話の総時間のうち、ちょうど1/3こと、33%の時間だけ話した場合に、もっとも好感度を得ることが分かっています。逆に言えば2/3は、『聞く』ことに徹することが大切なんです」
「し、知りませんでした…」
「今、ロボットの彼女は、ほとんど一人で話してましたでしょ? あまりお客様の話を聞いてませんでしたでしょ?」
「………は、はい。そういえば」
「微妙にイヤな感じだったんじゃありませんか?」
「思い切り同意します」
「このように人は、話しすぎると印象が悪化するんです。ある意味、そのデモンストレーションでもあったんです」
「は、はぁ…」
「そして同時に、お客様の『聞く』ことを鍛える意味もあったんですよ」
「!? そ、そうだったんですか…!?」
「えぇ。お客様、鍛えられたからなのか、さきほどよりも、魅力的な感じに見えますよ」
「………」
これはセールストークなんだろう。
そう思いつつも、そう言われてみたら、イヤな気持ちはしない。
「どうでしょうか、お客様。受講されてみますか?」
「う、うーん…」
「ちなみにロボットは、どんな顔にでもすることが可能です。お客様の好きな相手と同じ顔でも。またロボットの体型もあらゆるパターンを用意していますので、どんな女性でも再現することができます」
「…えっ!?」
「また男性タイプも用意してありますので、お客様がそういうご趣味でしたら、どんなタイプの男性にでも」
「いや、それはさすがに結構です」
「そうですか…。それで、どうされます? こちらで半年も学んでいただければ、どんな女性も高確率で落とせる人間に…」
「は、半年もかかるんですか!?」
「そうですよ? 千里の道も一歩からと言いますよね?」
半年。
半年なんて、待ってられない。
僕は今すぐに、人間の彼女が欲しいんだ。
そして彼女と、あんなことや、そんなことを…。
そのときだ。
僕の心の中に、あるアイディアが浮かんだ。
「………」
「どうされますか?」
「…たとえば、なんですけど」
僕はそう言いながら、静かに自分の勝利を確信した。
半年も、待つ必要はない。
(つづく)
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◆ 今回のまとめ。
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○ 話す時間は1/3くらいにしましょう。
というわけで、今夜の更新は小説です。
たまにはこんなのもアリということでお願いできれば幸いです。
この男が考えたアイディアとは!?
そしてこの話の結末とは!?
次号「都合のいい男」をお待ち下さい!
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