「だったら、もういいや。」批判されたときの、最高の対応策。

あなたは、否定・批判されたことって、ありますでしょうか。

今年最後のセクシー心理学は、そんなときに役立つ考え方についてお教えします。

こんばんは。ゆうきゆうです。

現在、「マンガで分かる心療内科」というマンガを作っているわけですが。

http://yucl.net/manga

こちら、ヤングキングという漫画誌で連載が決定いたしました。そのため1月以降は、もしかして月イチ更新ができるかもしれません。

シメキリがあると頑張れる人間のようです。自分。

それはそれとして、なのですが。

僕、自分で考えたギャグのネタが、すでにどこかで誰かが使っていないかとか、すごく心配になっちゃうんです。

いや、自分で考えたのにパクリとか言われるのも切ないですし。
またすでに誰かが作ったネタなら、自分の思考自体が、世の中的に何の意味もないことになるわけで、それはそれで切ない気がしますし。

ほら、電話がすでに発明されているのに、新たに電話をゼロから発明するみたいな。世界への貢献的にも、何の意味もないような。

うん。
ギャグ一つで何を言ってるんだ、という話なんですが。

で、それを避けるために、何かのネタを思いついたら、ネットでとりあえず検索してみるんです。

最近考えたのが、こんなネタです。

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あすな「そんなことしても、焼け石に尿じゃないですか?」

療「水だよ! 尿だと目にムァッと来ちゃうだろ!」
-----------------------------------

………。

うん。
何て言うか、本当にこんなネタばっかりですみません。

こんなネタを電話にたとえられても、とか思うと思うんですけども。

で、かぶってないか、ネットで検索したんです。

もちろん検索ワードは「焼け石に尿」で。

こんな検索でも、優しく結果を出してくれるグーグルが本当に素晴らしいと思います。

たぶんネットのない時代だったら…

ユウ「秘書の麗子クン、僕の思案したネタが使われていなひか、帝國図書館で調べて来てくれなひかね」

秘書「よろしひですわ先生、どんなネタですか?」

ユウ「焼け石に尿」

秘書「………」

たぶん秘書、一発で辞めると思います。
本当に文明の進歩って素晴らしい。

で、まぁ。
話戻すんですけど。

とにかく「焼け石に尿」で検索したところ。

トップに、

アニメ第二弾。焼け石に●。
書籍が、さらにアニメになりました。 あなたは「焼け石に●」に入る言葉が分かりますか?
コレが出てきました。

………。

うん。
半年前に、自分で書いたネタでした。

自分で半年前に発明してた。
それを忘れてまた発明した。

何ていうか、このネタにどんなコンプレックスがあるのか。
自分で自分が分かりません。

2009年は焼け石に尿な一年だったと思って差し支えないと思います。

ちなみにネット検索してネタがかぶっていた場合、そこでの「使われ方」を見た上で、「自分の書き方のほうが面白くできそう!」と思った場合は、もちろん気にせず使います。はい。

じゃあ何のために検索するんだ、という。

いずれにしても、尿を貫き通す自分のようです。

人として間違っていることを年末になっても感じつつも、今夜もセクシー心理学の世界をお届けいたします。

さてあなたは、否定・批判されたことって、ありますでしょうか。

今夜は、そんなときに役立つ考え方についてお教えします。

◆ 否定や批判、もちろん、あります。

さて自分自身、ネットで色々と書いてから、すでにもう何年もたっているわけですけども。

それだけ書いていると、やはりというか何というか、否定・批判されてしまうこともあります。

「キズついた!」
「不愉快だ!」

とかでしょうか。

いえ、もちろん、プラスのご意見はそれ以上にいただいてはきたのですが。

それでも、時に1つでもマイナスな意見があると、たとえ10のプラスの意見をいただいていても、ついネガティブな方ばかり、記憶に残ってしまうものです。
これ、何かを書いたことがある方なら、分かっていただけるのではないでしょうか。

人間、やはりネガティブな記憶や感情の方が、ずっとインパクトが強いものです。

◆ 自分のメインの部分だけは。

こんなとき。
僕がたった一つだけ、実践してきたことがあります。

それこそが、「謝らない」ということ。

いえ、どうでもいいことには、いくらでも謝ります。
いくらでも譲ります。

それこそ表現のしかたを変えるだけで済むのなら、いくらでもやります。

たとえば少し前まで、僕はよく「さりげに」「なにげに」という言葉を使っていたんですが。

それにたいして、

「自然な日本語ではない!」
「間違った使い方だ!」

というご意見をいただいたことがありました。

個人的には、このレベルのことは別に「どーでもいい」ので、そういう気にする人がいるのなら、あえて使うこともないのかな、と思って、使わなくしたりしました。

もちろん他にも、表現において、無意味に
「イヤな気分になった!」
「キズつけられた!」
と感じる人がいるのなら、なるべくそういう表現は使わないようにしてきました。

しかし、です。
せいぜいそこで譲れるのは、細かい表現レベルです。

「話そのもの」を否定された場合は、もう「聞く耳を持たない」を貫いてきました。
子供が、耳をふさぎながら「あーあーあー」みたいな。
そんな感じです。

以前に「嚢中の錐」という話をしましたが、この「細かい表現を変える」程度は「フクロ」であると思っています。

どんなフクロに包んでも、真っ直ぐな主張さえすれば、必ずそれは人に伝わる…。僕はそう思って来ました。

ただ。
この「主張」こと、キリの部分だけは、決して変えてはいけないと思っています。

運転でたとえてもいいかもしれません。

ガードレールにぶつかりそうになるのなら、もちろん、ぶつからないようにハンドルを切ります。

こういう、「ハンドルを切る」とか、「少しだけ軌道修正」するとかなら、いくらでもしてきました。

しかし。

「目的地そのものを変えたり、車そのものを止めたりすることは、決してしない」

ということを貫いてきました。

これ、あなた自身が否定・批判された場合に、知っておくと、少しラクになるのかな、と思います。

◆ だったら、もういいや。

誰かに批判されたときの、考え方はこうです。

この人が怒るなら、多少の表現くらいは変えてあげよう。
細かい部分は、いくらでも譲ってあげよう。

しかし、それでも怒るのなら、もうその人は、何をしたとしても、絶対に許してはくれないだろう。

だったら、もういいや。

それなら徹底的に、やってしまおう。

この、切り替えた瞬間の気持ち、すごく快感なのです。
いえ、悪い意味でとらえないでほしいんですけど。

「だったら、もういいや。」

これ、この世の中を生き抜いていく上で、一番大切なことだと思います。

考え方はシンプルです。

この相手は、人の土俵に来て、これだけ

「否定したい!」
「自分の言いたいことを言いたい! 我を通したい!」

という欲求に素直に従っている。

だったら。

自分だって同じく、「自分の道を全力で進み続ける」ということを、貫いてやる…!

それこそが、最大の礼儀なのではないでしょうか。

逆に相手が本気を出しているのに、自分だけが本気を出さず、相手に追従するのは、かえって失礼だと思います。

実際。

これをやってみると、実のところ、相手というのはそこまで「本気」ではないので、あなたの本気を目にして、恐れてもしくは飽きて去っていきます。

逆にあなたが弱腰になると、かえって調子に乗ることもあるでしょう。

◆ スルーだけでもOKです。

もちろん、「否定されたのに、さらに頑張るなんて、できないよ…!」と思うこともあるかもしれません。

そんなときは、「スルーする」だけでもいいのです。

いえ、人の意見を無視しろとか、そういうことを言うわけではありません。

ただ、

「マイナスの意見すべてを受け入れる必要はない」
「特にたまには、『だったら、もういいや』と考えてもいい」。

この考え方を、あなたにも知ってほしいのです。

人間、世界中に60億人もいれば、完全にわかり合えない人がいたっていいのです。
全員、話せばわかり合えるなんて錯覚です。

もちろん一部一部、共感できる部分はありますが、「完全理解」「完全共感」なんて不可能です。

ですのでとにかく「無視してもいい」と考えることが大切なのです。

言ってみれば、たとえばこういう主張にたいして、

「マイナスの意見を黙殺してもいいって言うのか!」

と怒ってくる人がいたら、やはりそれに関しても、

「そういう意図がメインではないのに、そこだけを切り取って否定してくるのなら、もうこの意見は、いいや」

と考えることが大切なわけです。

全部の人にあますところなく理解してもらうことは「無理」です。
また、全員一人残らず共感してもらうことも「不可能」です。

その一つの意見に、あまりにとらわれて、あなたの人生を削るのは何の意味もありません。

街中にあるすべての募金箱にお金を入れられないのと同じように、
「僕の批判を聞いてほしい!」
「私に構ってほしい!」
という、すべての人やすべての意見を、100%受け入れることはできないのです。

自分自身、メンタルクリニックをやっているわけですが。

もちろん、自分のクリニックに来た患者さんなら、全力で話を聞きます。
しかし街を歩いて、すべての人の話を聞くことはできません。

無限のボランティアは、仕事そのものをおろそかにすることにつながります。

あなたも何かを表現するのなら、それを喜んでくれている人にたいして、もっと喜ばせるためにさらに表現を続けることこそが「仕事」です。

一つや二つの否定や批判の相手をするのは、「ボランティア」です。

決して、ボランティアで仕事を忘れることがないようにしてください。

繰り返します。

マイナスの意見、マイナスのできごとに当たったのなら…。
まず一段階は、譲歩したり、軌道修正をするのもいいでしょう。

しかしそれ以上に関しては「もう、いいや」と考えることです。

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◆ 今回のまとめ。
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○ マイナスな意見やできごとを前にしたとき、「軌道修正」くらいなら、してもいい。

○ しかし、進むことをやめては絶対にダメ。

○ 軌道修正でも相手が批判や否定を変えないなら、
「だったらもう、いいや」と考えること。

◆ さいごに。

かの哲学者プラトンは、こんな言葉を残しました。

「自分は、確実に成功するための方法は知らない。
しかし、確実に失敗する方法なら知っている。
それは、すべての人に好かれようとすることだ。」

否定や批判を受け入れることが大切…。

それは綺麗ごとです。
それができるなら、最初から誰も悩みません。

僕はあえて言います。

あなたが全力を尽くして、それでも分かってくれない人がいるのなら。
それでも伝わらないことがあるのなら。

「もう、いいや」と思って、先を見ることです。

いい意味で、あきらめてください。

マイナスな情報、マイナスな意見に、振り回される必要はないんです。

あなたのことを、楽しみにしている人や、待っている人のことを、忘れないでくださいね。

(完)

ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました。

いや、別に最近、否定的な意見が届いたとか、それでショックを受けてるとか、そういうのではまったくないのでご安心ください。

純粋に、今までずーっと感じてきたことを述べただけですので。はい。

ちなみにバスト方面に関しては突き進みすぎてる気がします。
もうどこにたどり着くのか。

いずれにしても、今年もここまで読んでくださって、本当にありがとうございました。


コメント

  1. 匿名 より:

    自分が絶対に正しいのなら、いいですが。
    うん。

    そういうときは本当に役立つ知識ですね。

  2. 匿名 より:

    >>50さん
    「人の土俵」という言葉を、先生はお使いですから、これは実社会での事ではなくて、自分のサイトを持っている場合のお話だと思います。現実においては、自分の土俵というものはなかなか持てないものですものね。

    焼け石に~のネタにしても何にしても、先生は頭の中に、物凄い数のネタをストックされてらして、なかなか、どれを使ったのか、整理しきれないのかもしれませんね。ネタが一つや二つの人間なら、一度使ったかどうかもすぐに判ります(しかも、分かっていても、それを何度も使うしかない)。ネタを繰り返しそうになるのは、先生がネタの宝庫である証拠だと思いますよ。

  3. p2247-ipbf35osakakita.osaka.ocn.ne.jp より:

     そういえば以前に

  4. 匿名 より:

    いまだに過去を引きずっている、自分の考えだけが正しいと思ってる人がまだいますねぇ。

    いつも楽しく拝見してます。
    今年も頑張ってください!

  5. 匿名 より:

    最近のゆう先生は、何だか違いますね。
    揺るがない芯、それがさらに強くなったような雰囲気がおありです。
    守るべきものが見つかったのでしょうか。

    さらなるご活躍を心よりお祈り申し上げます。

  6. nao より:

    とりあえず、月イチ連載が
    すごくたのしみです!

  7. さあか より:

    深いです
    私も似たような経験が多々ありました
    なるほどもういいやですか・・・
    確かにそうですね
    そういう人はどうせいくら言っても理解する気はないでしょうし
    なら諦めも大事ですね
    すごい参考になりました
    ありがとうございました

  8. より:

    つい数日前に似たような経験をして落ち込んでいましたが、先生の言葉で前向きに生きていけそうな気がします。
    ありがとうございました。

  9. そふぃ より:

    バストバスト言ってたっていいじゃない。
    愛染明王様も遠い空の上からきっと見てくださっていることでしょう。
    お正月っぽいコメントをしてみました。
    今年もよろしくお願いします。

  10. 匿名 より:

    自分の考えや生き方を否定されたときは自分自身を全否定されたようで悲しい気持ちになりましたが、こんな風に考えればいいんだ・・と気持ちが軽くなりました。
    マイナスな意見が怖くて、人とぶつかるのが怖くて、いつもまわりに合わせてばかり。相手に理解されようとして力尽きていました。

    ゆう先生のお話を聞いて、締め付けられていた心が楽になりました。^^

    ありがとうございました。

  11. 匿名 より:

    43さん、いいこと言うね!

    批判や非難をする人は、結局のところ、
    相手が自分の思い通りになっていないのが気に入らないだけです。
    ↑自分の意思と違うものが現れたら、脳は自分の意思を守ろうとしてそれを排除したくなる、又は、その違うものを自分と同じものに訂正して仲間にしたくなる。

    相手のためを思って、より良い方向へのための助言なら、
    素直に聞ける状況で、言い方で話すべきです。
    ↑コミュニケーションや教育等で、とても重要な心がけですよね。同意です。

    そうでないものは単なる非難として、
    聞き流せばよいと思います。
    もし何からでも学ぼうと考えるならば、
    そういう見方をする人もいるのだな
    くらいに自分の経験に生かせばよいと考えています。
    ↑自分の意思とは違うものであっても、
    それが『興味の湧くもの』として脳が捉えれば、
    『批判・非難』とは感じられない。
    脳は新しい仲間として迎え入れられる。

    43さんに、まるっと共感いたしました。

  12. ビストロウシカ より:

    なんだか涙がうるるんでした。

    「否定や批判を受け入れることが大切…。それは綺麗ごとです。」

    言いきってくださってありがとう。

  13. まり より:

    ゆうきゆうさん

    いつも

  14. みや より:

    私は批判されたら

    ・批判する人は、私に嫉妬しているだけだ
    ・批判するだけで、行動しない評論家だ
    ・この人は、何をやっても批判するのが癖なんだな

    と思うようにしています。

  15. 教育者 より:

    なんだか気分が楽になりました。
    そして、力が湧いてきました!
    ゆう先生、ありがとうございます!!

  16. マンゴー より:

    今回の記事、なんだかとっても救われました。「嚢中の錐」とプラトンの言葉、いいですね。今一番欲しかった言葉です。ありがとうございました。(*^_^*)

  17. 匿名 より:

    >6
    同意。難しいです。
    いい人になりたいわけではなく、家族や同僚、恋人、自分の身近の人であればあるほど悩みます。
    通りすがり?や会社などにくるクレームなどの近親者でない関わりの薄い人たちなら事務的に処理できます。
    身近な人に「もういいや」と言えてしまうなら縁も切れるのでは?
    「もういいや」と会社を辞めたり離婚したり、恋人と別れたり、家族を捨てたりする、というのは肯定しにくいですね。。。(汗)
    悩みたくはないけど、苦しさに対峙して、否定に対峙して考えが深くなったり、違う問題の原因に気付いたりすると思うのですが、
    落としどころが見つからない問題なんてあるのでしょうか。
    もしあるとするなら、そこには人間の欲が絡んでいたりして純粋なものではないからなのではないでしょうか。
    でも、コメント読んでいる限り、みなさん悩んでおられるから、先生は気持ちを楽にしてあげるつもりで書いたのでしょうか。
    これを実践してしまったら人の気持ちが解からない人間になってしまいそうです。
    。。。って、これも否定や批判になりますね。
    すみません。

  18. 匿名 より:

    68さん、大丈夫、
    悩みたい時は、悩んだらいいんじゃないですか。

    そして、答えが見つかる場合もあるし。

    でも、悩むだけ悩んで、軌道修正もしてみたけど、
    それでもどうにもこうにも、
    今の自分にはこれ以上無理そう!
    もうお手上げ!!
    自分のほうがおかしくなっちゃう~!!!
    の限界に達するようなら、
    「もういいや」で、もういいんじゃないでしょうか。

    自分か、相手か、どちらかを犠牲にしないとならない場面で、
    「もういいや」はある意味、相手の意見をそれ以上には攻撃せず、なおかつ自分の意見を守る方法になると思います。

    6さんは、『徹底的にやってしまおう』がなんとなくインパクト強くて、その辺を気にされたのかもしれませんね。

    あと68さんの
    「これを実践してしまったら人の気持ちが解からない人間になってしまいそうです。」
    と心配されている点ですが、
    「もうういいや」は『人の気持ちが解からない時の最終兵器』と考えて、
    最終兵器を持ち出すまでは、あれこれ思考錯誤の余地があると思うので、
    悩んだらいいと思います。

    あなたは、ゆう先生の話の疑問に思ったことに対して、自分の意見を述べただけ。
    これも否定・批判だと、思い悩むことはありません。
    謝らなくて大丈夫ですよ。

  19. アキアヤまま より:

    いつも深夜に卒倒体制で笑い転げて読ませていただいてます。が、だいじょうぶですか?お雑煮食べ過ぎで胸焼け?または、新年の親戚の集まりでなんか言われた?とか。。。なんか、いつもと違う節回しだったので。いえ、批判ではないです。ただ、ちょっといつもとなぁ~んかトーンが違うかな?と。トピックとしては非常に興味深かったですよ!これからもためになるおもしろいエピソードを期待しています。

  20. ilovehouston より:

    読んでいて涙がでそうになりました。いますよね、自分が一番大事にしていることをずけずけと批判する人。それも、「あなたのためを思って言っているのよ」みたいな雰囲気を出しながら言う人。10年以上たった今でもそれを言われたときの状況をはっきり思い出すことが出来ますし、今でもはらわたが煮えくり返るほど腹が立ちます。

    「この人と私は絶対分かり合えない」「嫉妬しているだけだ」「いつか見返してやる」そう自分に言い聞かせましたが当時本当に傷つきました。こういう人って、がんばっている相手を 低い自分の次元まで落としたいんです。自分が出来ないから相手ががんばっていることに耐えられないんです。

    自分ががんばればいつかはいいことがあるかもしれません。相手には達成できないようないいことが。私は10年以上もかかってしまいましたが彼女が出来ないことを達成することが出来ました。あの時彼女の「忠告」に惑わされず自分の意志を通してよかったです。そしてこのことを彼女が知ることが、私の彼女へのリベンジです。まあまた10年後彼女にリベンジされるかもしれませんがね。

  21. 0川 より:

    ゆう先生、皆様 今年もよろしくおねがいします

    どなたかも指摘されてましたが、このお話で忘れてならない条件は「人の土俵に来て〜」。

    自己表現した領域に立ち入って来てネガティブなことを言ってくる時にこのお話当てはまるのね。普段のたわいのない会話も自己表現の一部と言えなくもないけれど、主に文章や芸術、パフォーマンスなど形が残って不特定多数に表現するときのお話かな〜って感じました。

    それにしても「人の土俵に来て〜」っていう言葉、太ったお相撲さん想像させますね。あは。

  22. 前半の電話のエピソードや焼け石に尿の話を
    読んでいる間,FMで流れてた
    木村カエラの『butterfly』がBGMに
    なっていて妙に嵌ってしまいました。

    本編に関しては…まあ相手と同レベル・同じ土俵に上がってしまったら頑張れば頑張るほど事態は深刻になってしまいがちですが,ちょっと相手から離れて俯瞰してみると笑っちゃうようなしょうもない話だったという事はよくありますよね。

  23. 匿名 より:

    >ilovehouston さんへ
    んー。私は、そういうリベンジというのが苦手なんです。
    読んでいて胸が苦しくなります。
    だから成長がないのかもしれません。

  24. まりも より:

    えと。
    批判意見に納得するという選択肢は完全に想定外なのでしょうか。
    相手が反対しているのは、自分の意見が理解されてない時だけ?
    人間不信がちょっと悪化するような話だぞ。

  25. まりも より:

    「逆に徹底的にやる」とか
    「見返し・リベンジ」とか、
    そういうことを思っている間は、
    相手の批判を断ち切れず、
    振り回されている状態なのだと思います。

    批判されても褒められても、
    普通に流せるようになれば、
    まあ孤高の境地に達することが出来るのかもしれませんね。
    それがいいことなのかどうかは別として。

  26. ペテルセン より:

    ゆう先生の言葉が身にしみました・・・。
    『色々いわれたけれど、まあいいや☆』

    ゆう先生はバストについて色々いわれても、絶対に意思を貫きそうですね。

  27. 匿名 より:

    ネット上ではこの「もういいや」精神は大切ですね。
    某掲示板なんかではバカの一つ覚えみたいに同じことしか言わない人間がたくさんいますし。
    そんな人をいちいち相手していたらきりが無いですし、そういうネガティブな言葉を聴き続けて精神を病んだこともありました。
    反論しないと「言い負かしたしw」とか相手は喜んでいるんでしょうが、最近は別にどうでもいいやと思うようになりました。
    気持ちに余裕がないとついムキになって相手を論破したくなりますが、そんなことは無駄なのだと思うようになりました。

  28. ロナウド より:

    こんばんは。はじめてメールします。今回の否定、批判されたときにどうするのか?のセクシー心理学とても良かったです。ためになりました。私はゆうきゆうさんのメールマガジンしか見ないのですが、これからも楽しみにしています。今年もよろしくお願いします~ 私はこのメルマガを使って彼女と付き合い、結婚しました。私にとってセクシー心理学は恋愛虎の巻です!

  29. 十把 より:

    言いたいことは他の人が言ってくれているので……

    気持がすっとしました。このお話を知れてホントによかったです。

  30. makeyミ☆ より:

    年末は少し忙しかったものですからカキコが遅くなりました。
     今年もよろしくお願いします。

     さて、標記の考え方でまたひとつ開眼した気がします。
    そうかーって、心が軽くなりました。
     これまで、こういうシチュではうつむいてばかりの人生であったので、少し前を見られるような気がします。

     批判が寄せられることが多いのですが、一所懸命にですね。
     いつもありがとうございます。

  31. 小野路子 より:

     ゆうき先生お久しぶりです。次元大介の書き込みからですので、何年ぶりになるのやら。

     今回のテーマについて、TA(交流分析)では、「ストローク経済」の5つの法則のひとつとして取り上げています。これは、アルコール依存症患者が両親からどのような家庭環境で育ったかを考察したものです。
     アルコール依存症患者の親は、子どもをコントロールするためにストローク(あなたがそこにいることを私は知っていますよ、ということを相手に知らしめる、存在認知刺激の1単位:ポジティブなものもネガティブなものもある)を制約的に使うのです。
     交流分析の考え方から言うと、ゆうき先生が主張されているのは、5つの法則のうちの第4の法則、「欲しくないストロークであっても、それを拒否してはいけない。」を否定しなさい(「ストローク経済の打破」と呼びます。)というものです。
     交流分析では、もしも与えられたストロークが気に入らなかったら、私たちはそれを率直に拒むことができる(してよい)と習います。一言でいうと、断り上手になろう、ということです。

     先生はお優しいですね。先生のは、伝わるように努力したあげくの「だったら、もういいや」ですが、私は(なかなか実際には口に出せませんが)、「So  what?」(それがどうした!)と内心つぶやいています。

     serendipityを私は信じているのですが、今夜溜まりに溜まったセクシー心理学を読んで、今日3つ目の、削るかそぎ落とす、巻き込まれないように無視する、枝葉は遮断する系統の話を読み、聞きました。
     すべては本質を守るため。資源は有限ですからね。優先順位を間違えずに、物事はなんでも選び抜かなければならないということなんでしょう。

     気質的に、私にはそれが大変難しいのですが。

     すみません、まとまりませんで。 

  32. たまみん より:

    あまりにすばらしい内容なので思わずコメします。私は20年以上前に実の親に「だったらもういいや」と娘であることを降りてしまった人間です。そのことでいつも自分をどこかで責めていました。現在、私は生きています。親元に残った弟は26歳でアルコール中毒で亡くなりました。ゆう先生の言葉は世間にどこか引け目を感じている私を肯定してくださったようで救われました。ありがとうございます。

  33. 学生 より:

    この記事の内容と今までの私の考え方があまりにも同一であったので少々驚きました、
    私が言いたいことはコメントで言ってくれていたので省略させてもらいm(ry

  34. sprout より:

    今回のお話、とてもとても考えさせられました。
    そして記事を見つけて1時間近く、ずっと考えていました。
    その結果、迷っていた答えはこのお話の通りだったのだと自信を持てました。
    考え続けても答えが出ない問題だと思っていたので、答えを教えていただいたようですごくうれしかったです。
    本当に本当にありがとうございました。

    私は初対面や付き合いの浅いある特定の方達によく理解されませんでした。
    大切にしてきた事は2つ。
    でもどちらも自分が間違っているのだろうかと悩み続けてきました。
    ひとつは自分に自信を持てるようになってきた事で軌道修正できました。
    でももうひとつは、どうしても変えてはいけない道だと確信しました。
    長い事悩んでいましたが、「もういいや」やっと本当に思えました。
    ゆう先生のおかげです。
    人生が変わりそうです。たぶん180度。
    その方達と離れる事になりますが、たぶん一生後悔しないと思います。
    笑顔で生きていこうと思います。

  35. tomo より:

    最近サークルの友人から自分にはどうしても納得できない批判をされ、どうして良いかよく分からず行き詰まっていましたが、ゆうきゆうさんの考えを聞いて少し、楽になれました。

    これからはもう少し上手くやっていけそうな気がします。

    ありがとうございます。