2009/12/31 ◆ 「だったら、もういいや。」批判されたときの、最高の対応策。
あなたは、否定・批判されたことって、ありますでしょうか。
今年最後のセクシー心理学は、そんなときに役立つ考え方についてお教えします。
こんばんは。ゆうきゆうです。
現在、「マンガで分かる心療内科」というマンガを作っているわけですが。
こちら、ヤングキングという漫画誌で連載が決定いたしました。そのため1月以降は、もしかして月イチ更新ができるかもしれません。
シメキリがあると頑張れる人間のようです。自分。
それはそれとして、なのですが。
僕、自分で考えたギャグのネタが、すでにどこかで誰かが使っていないかとか、すごく心配になっちゃうんです。
いや、自分で考えたのにパクリとか言われるのも切ないですし。
またすでに誰かが作ったネタなら、自分の思考自体が、世の中的に何の意味もないことになるわけで、それはそれで切ない気がしますし。
ほら、電話がすでに発明されているのに、新たに電話をゼロから発明するみたいな。世界への貢献的にも、何の意味もないような。
うん。
ギャグ一つで何を言ってるんだ、という話なんですが。
で、それを避けるために、何かのネタを思いついたら、ネットでとりあえず検索してみるんです。
最近考えたのが、こんなネタです。
-----------------------------------
あすな「そんなことしても、焼け石に尿じゃないですか?」
療「水だよ! 尿だと目にムァッと来ちゃうだろ!」
-----------------------------------
………。
うん。
何て言うか、本当にこんなネタばっかりですみません。
こんなネタを電話にたとえられても、とか思うと思うんですけども。
で、かぶってないか、ネットで検索したんです。
もちろん検索ワードは「焼け石に尿」で。
こんな検索でも、優しく結果を出してくれるグーグルが本当に素晴らしいと思います。
たぶんネットのない時代だったら…
ユウ「秘書の麗子クン、僕の思案したネタが使われていなひか、帝國図書館で調べて来てくれなひかね」
秘書「よろしひですわ先生、どんなネタですか?」
ユウ「焼け石に尿」
秘書「………」
たぶん秘書、一発で辞めると思います。
本当に文明の進歩って素晴らしい。
で、まぁ。
話戻すんですけど。
とにかく「焼け石に尿」で検索したところ。
トップに、
http://sinri.net/comicblog/403.html
コレが出てきました。
………。
うん。
半年前に、自分で書いたネタでした。
自分で半年前に発明してた。
それを忘れてまた発明した。
何ていうか、このネタにどんなコンプレックスがあるのか。
自分で自分が分かりません。
2009年は焼け石に尿な一年だったと思って差し支えないと思います。
ちなみにネット検索してネタがかぶっていた場合、そこでの「使われ方」を見た上で、「自分の書き方のほうが面白くできそう!」と思った場合は、もちろん気にせず使います。はい。
じゃあ何のために検索するんだ、という。
いずれにしても、尿を貫き通す自分のようです。
人として間違っていることを年末になっても感じつつも、今夜もセクシー心理学の世界をお届けいたします。
さてあなたは、否定・批判されたことって、ありますでしょうか。
今夜は、そんなときに役立つ考え方についてお教えします。
◆ 否定や批判、もちろん、あります。
さて自分自身、ネットで色々と書いてから、すでにもう何年もたっているわけですけども。
それだけ書いていると、やはりというか何というか、否定・批判されてしまうこともあります。
「キズついた!」
「不愉快だ!」
とかでしょうか。
いえ、もちろん、プラスのご意見はそれ以上にいただいてはきたのですが。
それでも、時に1つでもマイナスな意見があると、たとえ10のプラスの意見をいただいていても、ついネガティブな方ばかり、記憶に残ってしまうものです。
これ、何かを書いたことがある方なら、分かっていただけるのではないでしょうか。
人間、やはりネガティブな記憶や感情の方が、ずっとインパクトが強いものです。
◆ 自分のメインの部分だけは。
こんなとき。
僕がたった一つだけ、実践してきたことがあります。
それこそが、「謝らない」ということ。
いえ、どうでもいいことには、いくらでも謝ります。
いくらでも譲ります。
それこそ表現のしかたを変えるだけで済むのなら、いくらでもやります。
たとえば少し前まで、僕はよく「さりげに」「なにげに」という言葉を使っていたんですが。
それにたいして、
「自然な日本語ではない!」
「間違った使い方だ!」
というご意見をいただいたことがありました。
個人的には、このレベルのことは別に「どーでもいい」ので、そういう気にする人がいるのなら、あえて使うこともないのかな、と思って、使わなくしたりしました。
もちろん他にも、表現において、無意味に
「イヤな気分になった!」
「キズつけられた!」
と感じる人がいるのなら、なるべくそういう表現は使わないようにしてきました。
しかし、です。
せいぜいそこで譲れるのは、細かい表現レベルです。
「話そのもの」を否定された場合は、もう「聞く耳を持たない」を貫いてきました。
子供が、耳をふさぎながら「あーあーあー」みたいな。
そんな感じです。
以前に「嚢中の錐」という話をしましたが、この「細かい表現を変える」程度は「フクロ」であると思っています。
どんなフクロに包んでも、真っ直ぐな主張さえすれば、必ずそれは人に伝わる…。僕はそう思って来ました。
ただ。
この「主張」こと、キリの部分だけは、決して変えてはいけないと思っています。
運転でたとえてもいいかもしれません。
ガードレールにぶつかりそうになるのなら、もちろん、ぶつからないようにハンドルを切ります。
こういう、「ハンドルを切る」とか、「少しだけ軌道修正」するとかなら、いくらでもしてきました。
しかし。
「目的地そのものを変えたり、車そのものを止めたりすることは、決してしない」
ということを貫いてきました。
これ、あなた自身が否定・批判された場合に、知っておくと、少しラクになるのかな、と思います。
◆ だったら、もういいや。
誰かに批判されたときの、考え方はこうです。
この人が怒るなら、多少の表現くらいは変えてあげよう。
細かい部分は、いくらでも譲ってあげよう。
しかし、それでも怒るのなら、もうその人は、何をしたとしても、絶対に許してはくれないだろう。
だったら、もういいや。
それなら徹底的に、やってしまおう。
この、切り替えた瞬間の気持ち、すごく快感なのです。
いえ、悪い意味でとらえないでほしいんですけど。
「だったら、もういいや。」
これ、この世の中を生き抜いていく上で、一番大切なことだと思います。
考え方はシンプルです。
この相手は、人の土俵に来て、これだけ
「否定したい!」
「自分の言いたいことを言いたい! 我を通したい!」
という欲求に素直に従っている。
だったら。
自分だって同じく、「自分の道を全力で進み続ける」ということを、貫いてやる…!
それこそが、最大の礼儀なのではないでしょうか。
逆に相手が本気を出しているのに、自分だけが本気を出さず、相手に追従するのは、かえって失礼だと思います。
実際。
これをやってみると、実のところ、相手というのはそこまで「本気」ではないので、あなたの本気を目にして、恐れてもしくは飽きて去っていきます。
逆にあなたが弱腰になると、かえって調子に乗ることもあるでしょう。
◆ スルーだけでもOKです。
もちろん、「否定されたのに、さらに頑張るなんて、できないよ…!」と思うこともあるかもしれません。
そんなときは、「スルーする」だけでもいいのです。
いえ、人の意見を無視しろとか、そういうことを言うわけではありません。
ただ、
「マイナスの意見すべてを受け入れる必要はない」
「特にたまには、『だったら、もういいや』と考えてもいい」。
この考え方を、あなたにも知ってほしいのです。
人間、世界中に60億人もいれば、完全にわかり合えない人がいたっていいのです。
全員、話せばわかり合えるなんて錯覚です。
もちろん一部一部、共感できる部分はありますが、「完全理解」「完全共感」なんて不可能です。
ですのでとにかく「無視してもいい」と考えることが大切なのです。
言ってみれば、たとえばこういう主張にたいして、
「マイナスの意見を黙殺してもいいって言うのか!」
と怒ってくる人がいたら、やはりそれに関しても、
「そういう意図がメインではないのに、そこだけを切り取って否定してくるのなら、もうこの意見は、いいや」
と考えることが大切なわけです。
全部の人にあますところなく理解してもらうことは「無理」です。
また、全員一人残らず共感してもらうことも「不可能」です。
その一つの意見に、あまりにとらわれて、あなたの人生を削るのは何の意味もありません。
街中にあるすべての募金箱にお金を入れられないのと同じように、
「僕の批判を聞いてほしい!」
「私に構ってほしい!」
という、すべての人やすべての意見を、100%受け入れることはできないのです。
自分自身、メンタルクリニックをやっているわけですが。
もちろん、自分のクリニックに来た患者さんなら、全力で話を聞きます。
しかし街を歩いて、すべての人の話を聞くことはできません。
無限のボランティアは、仕事そのものをおろそかにすることにつながります。
あなたも何かを表現するのなら、それを喜んでくれている人にたいして、もっと喜ばせるためにさらに表現を続けることこそが「仕事」です。
一つや二つの否定や批判の相手をするのは、「ボランティア」です。
決して、ボランティアで仕事を忘れることがないようにしてください。
繰り返します。
マイナスの意見、マイナスのできごとに当たったのなら…。
まず一段階は、譲歩したり、軌道修正をするのもいいでしょう。
しかしそれ以上に関しては「もう、いいや」と考えることです。
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◆ 今回のまとめ。
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○ マイナスな意見やできごとを前にしたとき、「軌道修正」くらいなら、してもいい。
○ しかし、進むことをやめては絶対にダメ。
○ 軌道修正でも相手が批判や否定を変えないなら、
「だったらもう、いいや」と考えること。
◆ さいごに。
かの哲学者プラトンは、こんな言葉を残しました。
「自分は、確実に成功するための方法は知らない。
しかし、確実に失敗する方法なら知っている。
それは、すべての人に好かれようとすることだ。」
否定や批判を受け入れることが大切…。
それは綺麗ごとです。
それができるなら、最初から誰も悩みません。
僕はあえて言います。
あなたが全力を尽くして、それでも分かってくれない人がいるのなら。
それでも伝わらないことがあるのなら。
「もう、いいや」と思って、先を見ることです。
いい意味で、あきらめてください。
マイナスな情報、マイナスな意見に、振り回される必要はないんです。
あなたのことを、楽しみにしている人や、待っている人のことを、忘れないでくださいね。
(完)
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました。
いや、別に最近、否定的な意見が届いたとか、それでショックを受けてるとか、そういうのではまったくないのでご安心ください。
純粋に、今までずーっと感じてきたことを述べただけですので。はい。
ちなみにバスト方面に関しては突き進みすぎてる気がします。
もうどこにたどり着くのか。
いずれにしても、今年もここまで読んでくださって、本当にありがとうございました。
2009/12/31 by ゆうきゆう 心理学 | 85 コメントあります。 »





















09/12/31 at 10:42:47
喝采!
09/12/31 at 11:03:05
ゆう先生のお話にはいつも元気もらっています。
否定的な意見の中には、自分のためになるものと、あまりに理不尽なもの両方があるから、そこは自分で取捨選択していかないといけませんよね。
来年もよろしくお願いします。お体に気をつけて。
09/12/31 at 11:12:24
好きな人にふられてもアタックすることにも応用できるのかな
09/12/31 at 11:38:13
すごく共感しました。先日ちょっと落ち込んでいて、悩んでいましたが、なるべく気にしないようにしていてでもひっかかっていて、いろいろと苦しんでいました。でも、自分を応援してくれる人はみんな応援してくれるし、私は先生のファンとしてこれからもメルマガも読み続けます。そして今この先どうすべきか考えていることがあり、それは年明けに具体的に考えようと思っています。
いろいろ励みになりました!!ありがとうございます。来年もよろしくお願いします。
09/12/31 at 11:43:53
本人は否定的と思っていないけど私へのメールは否定的。
私が彼の意見を否定的ととるならそれは「否定的な意見」でしょ!
だから・・・「否定的ですね」とお返事すると怒って逆上!
う~んほっておいたほうが良いのか、する~が良いのか?
迷うところでもあります。
09/12/31 at 11:46:52
題名だけを見たとき、それだと人間ちょっと終わるじゃん、と思いました。
内容を読んで、それはゆう先生のように、大勢に読まれる文章を書く人なら、とらざるを得ない態度だなと思いました。
ネットだと、いくらでも攻撃できるし、いくらでも黙殺できるので、これが顕著にあてはまるのだと思います。
でも日常生活では、
「しかし、それでも怒るのなら、もうその人は、何をしたとしても、絶対に許してはくれないだろう。
だったら、もういいや。
それなら徹底的に、やってしまおう。」
というのは、なかなかできない(したくない)ものかもしれません。人が怒るのをみるのは嬉しくないですものね。怖いのではなく、悲しくて。相手が暇つぶしに怒っているならまだしも、こちらが本当に何か重要なことを忘れているのかもしれませんし。例えば、こちらが、無意識に差別的なことを言ったとして、相手がそれに怒ったら、それがこちらに通じない場合、「相手は些細なことで怒って見せている。でも俺はますます突き進んでやるぜ!」。これでは相手も自分も不幸な気がします。
結局、批判について思いをめぐらす余地があるうちは、もしかしたら、批判をまだ気にしているのかもしれません。そんなことを全く考える必要がなくなったとき、自分のための表現、および自分だけがとれる責任というものが生まれるような気がします。
来年も、楽しみに読ませていただきます。おからだをお大事に。
09/12/31 at 11:51:53
最後まで深いですね
今度こういう機会があれば実践してみます
09/12/31 at 11:55:38
焼け石に小便、
焼け石におしっこ
はヒットしましたよ。
でもおしっこはアダルトなサイトのなのでお勧めしませんが。
09/12/31 at 12:03:23
最近、私はまさにこんな状況に陥って居ました。
人の土俵に上がってきて、自分の我を通したいだけで、意図とは違うところでケチを付けて悦に入ってる、まさにそんな人。
そんな人のために辛い気持ちのまま、従って、気に入るように頑張りすぎていましたが、もうギリギリの所まで精神的に追い詰められていたような気がします。
今日のゆう先生のメルマガを読んで、少し気が楽になりました。
来年はそんな人に振り回されないように、「だったら、いいや」を心の隅に留めておこうと思います。 ありがとうございます^^
良い年をお迎えくださいね^^
09/12/31 at 13:16:30
きゃっw
ゆう先生ってやっぱイケテルwww
人間あきらめが肝心なんですね~
あきらめは「明らめ」って書くらしいですし、わかってもらえない事は、あっそう!って、笑い飛ばしてやればいいわけですね^^
おれっちも、仕事上やたら謝りますけど、時々凹む事もある訳で・・・
今日のメールはとっても嬉しかったですw(応援してもらったみたいで)
ちなみに、おれっちのBサイズF75ですw
是非妄想してください。
今年一年、有難うございました。
来年も、Bの妄想が飛躍する一年である事を、心よりお祈り申し上げますm(_ _)m
09/12/31 at 13:23:44
つい最近、仕事上で激しいクレーマーにあいました。
上司もそれについては
クレーマーを恐れて?助けてくれず
さらにその上の上司もクレーマーの方を持って、私は上司と上司の上司とクレーマーに理不尽に叱責されました。
悔しかったです。
クレーマーの言う事が理不尽だ、と上司も最初は言っていました。
今回の内容に勇気づけられました。
クレーマーの言っていることは、所詮クレーマーなので流して聞けていたのです。
でも、一番悔しかったのは身内のはずの上司たち。
部下を守るはずの上司たちが手のひらを返したこと。
それでも、自分は自分で守らないと、と物事を淡々と処理しました。
ゆう先生の言っている、キリノ部分は守れたと自分では思っています。
長いコメですみませんでした。
今年最後に、自分は間違っていないと思えました。
本当にありがとうございました。
来年もゆう先生、バスト方面等、あらゆるとことでの御活躍を期待しています☆
09/12/31 at 14:27:03
も~すごく同感して嬉しくなりました。
私もいつもどうでもいいことには簡単に折れて謝って譲って・・・きました。
でもどうしても譲れないことには断固として闘ってきました。そのせいで孤立無援になることも鉄の女と陰口されることも多々。でも仕事だもん、立場があるもん、と思いつつどこかで自分は大人気ないのかなぁ我が儘なのかなぁと内省したりしていました。でも今日のメルマガを読み、そうだよねっ!それでいいんだよねっ!と思わずコメント書かせていただきました。とてもいい1年の締めくくりでした。ありがとうございました。
ゆうきさんも良いお年をお迎えください。
09/12/31 at 14:45:50
なるほどー。
同じ土俵に立っていない人との議論にアツくなる人、いますよねー。
そういう私(男)はゆう先生のバストの話題に関しては、同じ土俵に立てないのですが。
先生の主張を補強する記事を発見しました。
http://www.wholefitness.com/looking-breasts.html
要約:巨乳(Dカップ以上を推奨)を見続けた男性の寿命は5年延びる。
最低血圧を下げ、不整脈を減らし、冠動脈疾患を減らす。
来年は、ゆう先生のようにバストで頭の中を埋め尽くせるように、精進していきます(`・ω・´)
09/12/31 at 14:48:19
「これをやってみると、実のところ、相手というのはそこまで「本気」ではないので、あなたの本気を目にして、恐れてもしくは飽きて去っていきます。」
これって、相手から見て、今日のゆう先生のおっしゃる事そのものなのかも。
「批判に耳を貸さないんだね。だったら、もういいや。」および「僕の本気の批判を恐れて、去っていくんだね」となるものですからね。お互いさまですから、お互いに無闇に闘わないでいたいものです。
私はつい闘ってしまいますが・・・。まあ、それが好きであるうちは、いいかなと。
それよりも、前半のお話に何度も吹き出しましたw
09/12/31 at 15:26:38
バストの話をやめてください!!
が、ゆう先生の「だったら、もういいや」のラインですね。わかります。
09/12/31 at 15:30:41
今年も一年前向きになれる話を有難う御座いました。
今回の「だったら、もういいや。」
今年に入って悩んでいた事の1つを
解決できそうです。
ゆう先生
クリニックを開かれてからお忙しい日が続いていらっしゃると思いますが、お体を大切にして来年も楽しいメルマガ読ませて下さい。
良いお年を
09/12/31 at 15:32:54
焼け石にウ○コの場合は、なんだかとんでもないことになりそうなニオイが。というか、ニオイも。
今年もいろいろとありがとうございました。来年が先生によい年でありますように。
09/12/31 at 15:38:20
私は、自分でもどうでもいいと思う事をいつまでも気にする性格なので、今回のお話でとても楽になりました。
今年も為になるお話をありがとうございました☆
来年も、頑張って下さいね
応援しています♪
09/12/31 at 15:55:07
ポジティブっていうか、そんな感じで過ごすってことですよね。
まあ、批判というか、注意レベルだったらまだ治しようがあるんでしょうが……
ただの批判って、きついですよね。
09/12/31 at 16:00:24
今まで読んだ中でもトップクラスのいい話だと思います。
しかし6さんのコメントを読んで、確かに日常生活では難しいと思いました。
けれど、ネットで役立つのも確か。ネットマナーの勉強になりました。
09/12/31 at 16:09:21
今回のメールマガジンの内容は、今の自分にとってドンピシャでした。
ありがとうございました。
来年もがんばってください!
09/12/31 at 16:33:12
今回のお話、
すごくうなずいて
読みました!
「だったらいいや。」
これ、私の今までの人生で
かなり多用してきた気がします(^.^)
これからも使おう・・☆
09/12/31 at 17:59:01
あまりにもタイムリーで、ちょっとドッキリでした。
でも、最終的に私の気持ちがたどり着いた場所を、そのまま書いてあった感じです。
これで善かったんだ、と思いました。
ありがとうございます。元気が出ました(^^)
09/12/31 at 17:59:48
なんだか、ちょうど今年一年で体験して来たこととか、その前からずっと感じて来たこととかが、うまくひとまとめにされた様でなんとなくホッとしました。
ネット上にはありふれてるんですね。
プラトンさんの言葉も、そうそうそうだよねえと共感。
以前ご紹介されていたメンデルさんの言葉も、自分が考えていたこととあまりにぴったり同じだったので驚きました。
いつの時代もどこのどんな人でも同じだなあと思うと、理解者が途端に増えた様で安心します。
09/12/31 at 18:42:28
私は批判されるのは嫌いでは無いです。
いろいろな主張は人間らしくて素晴らしいと思います。
最近は批判される事が無くなり、寂しいくらいです…^_^;
確かに万人に受け入れられようとは思いませんし無理ですね。自分の親しい人でさえ完全には行きませんよね。
ただ、私は、その時に批判されても、何時かは私の主張が理解される、と信じてはいます。理解させてみせるとさえ思うぐらいです。だから続けられるという部分があります。私は諦めたりしません。
諦めと言うのは仏教的考えだそうです。
仏教は哲学なので、こういうものだと諦める、悟る宗教だそうです。だから嫌いなんですけどね。
09/12/31 at 18:46:47
わたしも今ネットで誹謗中傷されてる最中で、どうしようかと思っていました。。
既成の概念だけに捉われてモノを言う・・批評、批判だけの種族になりたくないですね。
出来上がった権威に媚びるだけで、目新しいことをやる人に対して言うだけは言って妨害してくる。
自分で行動していく人間になりたいですね。
ぐだぐだ嫌がらせするぐらいなら。。
だったら自分で行動してみろよ、表現してみろよ・・ってカンジで。
この世はやったもん勝ち☆
焼け石に尿・・または英語のSHIT。
焼け石にクソ野郎!でがんばります☆
ありがとうございました~♪
09/12/31 at 18:53:59
私は批判されるのは結構好きです。人間のいろいろな意見が聞けるのは貴重だと思います。最近は批判される事が無くなり、寂しいぐらいです^_^;
確かに近しい人でも理解しあえない部分がありますから、理解できる範囲で付き合うと言うのがマナーですよね。批判されたからその人との付き合いも出来ないという事ではないですし。偶々その意見で合わなかっただけ、極一部の話ですからね。
全体的に、なんとなく良い人という評価が付けば良いと思います。
ただ、諦めるというのは、仏教的な考えですね。仏教は哲学なので、世の中はこういうものだと悟る、諦めることらしいです。だからちょっと嫌いなんですけど…。
私は成長し続けますから、出発時点の全体のイメージが悪くても、そのうち良いに変わる、相手の私に対する見方が変わると神様に在って信じています。イメージを変えてみせるぐらいの強い思いがあります。
諦めないで、信じられたら良いですよね。
09/12/31 at 20:45:58
読み終えて同感でした。
良いお話をありがとうございます。
09/12/31 at 21:14:27
良い言葉ですね。
09/12/31 at 21:24:10
私も文章をよく書くので色々と否定された経験があります。
その時に私が思うことは
「1つ否定の意見が上がったということは、言わないだけでそう思った人はその10倍はいるだろう」
ということです。
だからと言って私も目的地を変えたりはしないんですが、肯定的な意見より否定的な意見を伝えるのは心苦しいものです。
だからこそ実際に言ってきた人がいるということは、言わずにそう思って去っていく人はもっといるのだろうな、と感じるのです。
だからと言って、合わない人に無理に合わせたり謝罪したりもしませんけれど。
そういうことを考えると何も書けなくなるので、やっぱり「もう、いいや」という方向に行きますよね。
気軽に自分の意思を伝えられる時代だからこそ色々なことに気を遣わねばならなくて大変ですが、それ以上に得られるものもたくさんあるので、書くという行為はなかなかやめられませんね。
今回も私の心を軽くしてくださってありがとうございました。
09/12/31 at 22:11:29
ありがとうございました!!
私もつい最近、会社で全否定されるようなことを言われました。
「言い方が気に入らない」
「口を聞きたくないから、用事はメールのみにしろ」
っと、一方的に言われ
怒り狂う思いでした。
しかし、今回のメルマガで「もう、いいや」という境地にいたるための方法等を教えいただき
心がすごくすっきりし、楽になりました。
いくら仕事上とはいえ、わかりあえない人なら「無視」「無関心」という選択肢もありなんだと。
09/12/31 at 22:20:49
今年たまたまこのサイトを見つけて、すっかりはまってしまいました。
毎回ためになるお話を、どうもありがとうございます。
よいお年を。
09/12/31 at 23:05:35
先生からのメルマガを受け取ってもう10年くらいになります。
2009年最後の日を過ごしているのですが、2010年は私にとって30歳になる年、そして大きな仕事、それによって私自身がどれだけ成長できるか、大切な一年になりそうな そんな年を迎える1時間前です。
月に数回。結構心待ちにメルマガを待ってます。でも、待って期待を膨らますのも嫌なので、いつ配信されるか調べぬまま10年です。なので、私にはいつも突然届くメルマガが楽しみで やったー って思うのが毎回です。
そして、いつもいつも励みになると言うか・・・
不安になったり、自分の道がわからなくなったりしたとき、先生からのメッセージを読むと何故か自信が沸いてきます。
私はまだ大丈夫。とんでもなく間違ってはいない。
そう、励まされる そんな感じです。
なので、2009年最後の日に、お礼を言いたくて初めてコメントを入れました。
ありがとうございます。
そして、これからも楽しみにしています。
09/12/31 at 23:23:40
このサイトを知りましたのは、7年位前入院中のことでした。ものすごく肩の荷が下りた気がしました。しかし、退院後、入院中以上のストレスが私を待っていました。そうして新たに発見される病気と手術の連続。この7年間はまるでドラマを見ているようでした。しかし、今もこうしてパソコンに向かいながら先生にお便りできるのは、先生のおかげの部分があるからと正直に思います。(今年の年末にあたり)
人とはものすごくすばらしい存在である反面、個々のストレスを弱いものに向けることによって生きている気がします。多分100%の人がそうであるので、自分自身も、その中にある限り、それを否定することは出来ません。それでも生きて行かなければいけない時、先生の「テイスト」が必要になると思っております。来年もよろしくお願いいたします。
10/01/01 at 0:22:15
あけましておめでとうございます。
ゆく年くる年見ながら、お蕎麦食べつつ、こちらのサイトも見ていたら・・。
カウントダウンせずに年明けてしまいました(笑)。
蕎麦も食べてる途中で・・。年越し蕎麦ならぬ『年明け蕎麦』になってしまいました(笑)。
今回のお話、
「もういいや」の前に、ちゃんと軌道修正をしてみるところが、
ゆう先生らしくてステキだなと思いました。
今年もまた、サイトを楽しませてもらいますので、よろしくお願いいたします。
10/01/01 at 6:03:48
昨年からメルマガ等を知り、何度も笑い、感動し、前向きになれました。
ゆう先生はあったかい人ですね。
今年も楽しみにしてます!
楽しいお正月をおすごしください。
10/01/01 at 7:02:16
自分は将来表現者として生活する夢を持っています。
独特な世界観…というか確実に賛否両論の世界観故、否定される事もしばしば。
特に私は、それに関わらず全般においての否定的な意見や、反論に過敏に反応してしまい嫌気がさしていました。
直さなくてはと思えば思うほど受け入れるのが苦しくて。
でも今回のセクシー心理学のおかげで
考え方を変えようと思えました。
ありがとうございます。
先生がバストの道を突き抜けるように。
自分も自分の道を突き抜けたいと思います。
10/01/01 at 12:13:40
6の意見が
「そういう意図がメインではないのに、そこだけを切り取って否定してくるのなら、もうこの意見は、いいや」
のいい例になっていますね。
本日のお話はとても好きです。
どうしても分かりあえない人もいますよね。
主張の内容にもよりますが、基本的に「言わせておけばいいや」って思ってます。
10/01/01 at 15:25:34
>38
同意です
10/01/01 at 16:30:40
新年から素晴らしく共感できる言葉に、じーんといたしました。
自分も物を作る人間として、今年もそういう心で、自分を貫きながら頑張っていきたいなぁと思います。ありがとうございます!今年も楽しくサイト見させていただきます!
10/01/01 at 17:03:24
ゆう先生,いつも面白いお話をありがとうございます。
新年早々凹むことがあって,そんな時にMMを拝読しました。
意見が違うのは当たり前。
だったらお互いに意見を尊重しあって,背景となる考え方を語り合って理解していきたい・・・そう思って接していた人に「話すのが面倒くさい」と言われてしまったんです。「話せば話すほど頭にくるのなら話さない方がましだ」とも・・・。
前は「ごまかされたり嘘をつかれたりすることがいちばん嫌い。どんなことも受け止めるから話して」って言ってくれてたのになぁ。
私がそうさせたのかな,と思ったり
言葉尻でなく思いを聴いてほしいと思ったり・・・いずれにしても凹んで哀しくなり,投げやりな意味での「だったら、もういいや」になっていました。
何も解決していないけど,MMを読んで,なんだか気持ちが楽になりました。
ありがとございます。
今年もご活躍をお祈りしております。
10/01/01 at 20:01:54
あけましておめでとうございます!
力強くて素敵なメルマガで、元気が出ました。
今年もここにくるのを楽しみにしてます☆
10/01/01 at 21:27:46
批判や非難をする人は、結局のところ、
相手が自分の思い通りになっていないのが気に入らないだけです。
そういう人の思い通りになる必要は全くないと思います。
相手のためを思って、より良い方向へのための助言なら、
素直に聞ける状況で、言い方で話すべきです。
そうでないものは単なる非難として、
聞き流せばよいと思います。
もし何からでも学ぼうと考えるならば、
そういう見方をする人もいるのだな
くらいに自分の経験に生かせばよいと考えています。
心の処方箋って大切ですね。
10/01/01 at 22:07:11
あけましておめでとうございます
今年も楽しみにしています
10/01/01 at 23:05:27
あけましておめでとうございます!
このサイトに出会ってから、物事の見方が変わりました。
もっと気楽に生きたほうが楽しい!っておもえるようになりました。
ありがとうございます!
今年も楽しみにしてます^^
頑張ってください。
10/01/02 at 1:06:09
焼け石に尿って、もうチャレンジのマンガで使ってませんでした?
まあ、使っていても面白ければ・・
10/01/02 at 9:39:20
あけましておめでとうございます。
自分の中で燻っていた悩みの種を一つ取り除いて頂けました。本当に為になるお話をありがとうございます。
精神科医であり、大手サイト管理人でいらっしゃる先生が仰るからこその説得力があります。
理不尽な言い掛かりをつけるクレーマー然り、明らかに相手の方が間違った主張をしていたとしても「全て受け入れなければ…」という強迫観念に囚われて、自分自身を蔑ろにしてきてしまった事が悔やまれますが、これからは少し強気になれそうです。
極僅かなアンチがいようとも、私含め沢山の人がゆう先生を応援しています。
今年も先生の益々のご活躍をお祈り申し上げます。
10/01/02 at 16:24:01
あけましておめでとうございます
いつも楽しく拝見の致しております
楽しいですね☆
べき~ねばならない~などこだわらないことにこだわる禅問答・・・なんてことに陥ってしまいます・・・
それもいいよね~ なんて気楽にチョイスすればきっと素敵は広がるんですよね
なんておめでたく感じています
いつもありがとうございます
10/01/02 at 17:03:52
先生はどMだから、
批判されると
身悶えて悦ぶものとばかり思ってました。
10/01/02 at 17:19:42
読むまでは、人間関係がうまくいかず相手に 「だったら、もういいや。」と愛想付かされたときの対応法だとおもいました。
仕事だと簡単に見切れず、いかに軌道修正していくかのほうが難しいです。
此処数年の新人さんは軌道修正さえせずに、「だったら、もういいや。」と仕事と人間関係に見切りをつけるのが多いみたいですし。
10/01/02 at 18:35:08
自分が絶対に正しいのなら、いいですが。
うん。
そういうときは本当に役立つ知識ですね。
10/01/02 at 19:09:25
>>50さん
「人の土俵」という言葉を、先生はお使いですから、これは実社会での事ではなくて、自分のサイトを持っている場合のお話だと思います。現実においては、自分の土俵というものはなかなか持てないものですものね。
焼け石に~のネタにしても何にしても、先生は頭の中に、物凄い数のネタをストックされてらして、なかなか、どれを使ったのか、整理しきれないのかもしれませんね。ネタが一つや二つの人間なら、一度使ったかどうかもすぐに判ります(しかも、分かっていても、それを何度も使うしかない)。ネタを繰り返しそうになるのは、先生がネタの宝庫である証拠だと思いますよ。
10/01/02 at 19:53:17
そういえば以前に
10/01/02 at 21:07:46
いまだに過去を引きずっている、自分の考えだけが正しいと思ってる人がまだいますねぇ。
いつも楽しく拝見してます。
今年も頑張ってください!
10/01/02 at 22:12:13
最近のゆう先生は、何だか違いますね。
揺るがない芯、それがさらに強くなったような雰囲気がおありです。
守るべきものが見つかったのでしょうか。
さらなるご活躍を心よりお祈り申し上げます。
10/01/02 at 22:53:27
とりあえず、月イチ連載が
すごくたのしみです!
10/01/03 at 11:03:30
深いです
私も似たような経験が多々ありました
なるほどもういいやですか・・・
確かにそうですね
そういう人はどうせいくら言っても理解する気はないでしょうし
なら諦めも大事ですね
すごい参考になりました
ありがとうございました
10/01/03 at 13:24:08
つい数日前に似たような経験をして落ち込んでいましたが、先生の言葉で前向きに生きていけそうな気がします。
ありがとうございました。
10/01/03 at 20:04:01
バストバスト言ってたっていいじゃない。
愛染明王様も遠い空の上からきっと見てくださっていることでしょう。
お正月っぽいコメントをしてみました。
今年もよろしくお願いします。
10/01/04 at 0:10:41
自分の考えや生き方を否定されたときは自分自身を全否定されたようで悲しい気持ちになりましたが、こんな風に考えればいいんだ・・と気持ちが軽くなりました。
マイナスな意見が怖くて、人とぶつかるのが怖くて、いつもまわりに合わせてばかり。相手に理解されようとして力尽きていました。
ゆう先生のお話を聞いて、締め付けられていた心が楽になりました。^^
ありがとうございました。
10/01/04 at 0:52:19
43さん、いいこと言うね!
批判や非難をする人は、結局のところ、
相手が自分の思い通りになっていないのが気に入らないだけです。
↑自分の意思と違うものが現れたら、脳は自分の意思を守ろうとしてそれを排除したくなる、又は、その違うものを自分と同じものに訂正して仲間にしたくなる。
相手のためを思って、より良い方向へのための助言なら、
素直に聞ける状況で、言い方で話すべきです。
↑コミュニケーションや教育等で、とても重要な心がけですよね。同意です。
そうでないものは単なる非難として、
聞き流せばよいと思います。
もし何からでも学ぼうと考えるならば、
そういう見方をする人もいるのだな
くらいに自分の経験に生かせばよいと考えています。
↑自分の意思とは違うものであっても、
それが『興味の湧くもの』として脳が捉えれば、
『批判・非難』とは感じられない。
脳は新しい仲間として迎え入れられる。
43さんに、まるっと共感いたしました。
10/01/04 at 2:22:38
なんだか涙がうるるんでした。
「否定や批判を受け入れることが大切…。それは綺麗ごとです。」
言いきってくださってありがとう。
10/01/04 at 7:19:21
[...] [...]
10/01/04 at 10:04:58
ゆうきゆうさん
いつも
10/01/04 at 11:27:13
私は批判されたら
・批判する人は、私に嫉妬しているだけだ
・批判するだけで、行動しない評論家だ
・この人は、何をやっても批判するのが癖なんだな
と思うようにしています。
10/01/04 at 13:25:20
なんだか気分が楽になりました。
そして、力が湧いてきました!
ゆう先生、ありがとうございます!!
10/01/04 at 22:38:48
今回の記事、なんだかとっても救われました。「嚢中の錐」とプラトンの言葉、いいですね。今一番欲しかった言葉です。ありがとうございました。(*^_^*)
10/01/04 at 23:12:53
>6
同意。難しいです。
いい人になりたいわけではなく、家族や同僚、恋人、自分の身近の人であればあるほど悩みます。
通りすがり?や会社などにくるクレームなどの近親者でない関わりの薄い人たちなら事務的に処理できます。
身近な人に「もういいや」と言えてしまうなら縁も切れるのでは?
「もういいや」と会社を辞めたり離婚したり、恋人と別れたり、家族を捨てたりする、というのは肯定しにくいですね。。。(汗)
悩みたくはないけど、苦しさに対峙して、否定に対峙して考えが深くなったり、違う問題の原因に気付いたりすると思うのですが、
落としどころが見つからない問題なんてあるのでしょうか。
もしあるとするなら、そこには人間の欲が絡んでいたりして純粋なものではないからなのではないでしょうか。
でも、コメント読んでいる限り、みなさん悩んでおられるから、先生は気持ちを楽にしてあげるつもりで書いたのでしょうか。
これを実践してしまったら人の気持ちが解からない人間になってしまいそうです。
。。。って、これも否定や批判になりますね。
すみません。
10/01/05 at 1:33:20
68さん、大丈夫、
悩みたい時は、悩んだらいいんじゃないですか。
そして、答えが見つかる場合もあるし。
でも、悩むだけ悩んで、軌道修正もしてみたけど、
それでもどうにもこうにも、
今の自分にはこれ以上無理そう!
もうお手上げ!!
自分のほうがおかしくなっちゃう~!!!
の限界に達するようなら、
「もういいや」で、もういいんじゃないでしょうか。
自分か、相手か、どちらかを犠牲にしないとならない場面で、
「もういいや」はある意味、相手の意見をそれ以上には攻撃せず、なおかつ自分の意見を守る方法になると思います。
6さんは、『徹底的にやってしまおう』がなんとなくインパクト強くて、その辺を気にされたのかもしれませんね。
あと68さんの
「これを実践してしまったら人の気持ちが解からない人間になってしまいそうです。」
と心配されている点ですが、
「もうういいや」は『人の気持ちが解からない時の最終兵器』と考えて、
最終兵器を持ち出すまでは、あれこれ思考錯誤の余地があると思うので、
悩んだらいいと思います。
あなたは、ゆう先生の話の疑問に思ったことに対して、自分の意見を述べただけ。
これも否定・批判だと、思い悩むことはありません。
謝らなくて大丈夫ですよ。
10/01/05 at 2:14:39
いつも深夜に卒倒体制で笑い転げて読ませていただいてます。が、だいじょうぶですか?お雑煮食べ過ぎで胸焼け?または、新年の親戚の集まりでなんか言われた?とか。。。なんか、いつもと違う節回しだったので。いえ、批判ではないです。ただ、ちょっといつもとなぁ~んかトーンが違うかな?と。トピックとしては非常に興味深かったですよ!これからもためになるおもしろいエピソードを期待しています。
10/01/05 at 7:09:35
読んでいて涙がでそうになりました。いますよね、自分が一番大事にしていることをずけずけと批判する人。それも、「あなたのためを思って言っているのよ」みたいな雰囲気を出しながら言う人。10年以上たった今でもそれを言われたときの状況をはっきり思い出すことが出来ますし、今でもはらわたが煮えくり返るほど腹が立ちます。
「この人と私は絶対分かり合えない」「嫉妬しているだけだ」「いつか見返してやる」そう自分に言い聞かせましたが当時本当に傷つきました。こういう人って、がんばっている相手を 低い自分の次元まで落としたいんです。自分が出来ないから相手ががんばっていることに耐えられないんです。
自分ががんばればいつかはいいことがあるかもしれません。相手には達成できないようないいことが。私は10年以上もかかってしまいましたが彼女が出来ないことを達成することが出来ました。あの時彼女の「忠告」に惑わされず自分の意志を通してよかったです。そしてこのことを彼女が知ることが、私の彼女へのリベンジです。まあまた10年後彼女にリベンジされるかもしれませんがね。
10/01/05 at 7:12:30
ゆう先生、皆様 今年もよろしくおねがいします
どなたかも指摘されてましたが、このお話で忘れてならない条件は「人の土俵に来て〜」。
自己表現した領域に立ち入って来てネガティブなことを言ってくる時にこのお話当てはまるのね。普段のたわいのない会話も自己表現の一部と言えなくもないけれど、主に文章や芸術、パフォーマンスなど形が残って不特定多数に表現するときのお話かな〜って感じました。
それにしても「人の土俵に来て〜」っていう言葉、太ったお相撲さん想像させますね。あは。
10/01/05 at 13:11:46
前半の電話のエピソードや焼け石に尿の話を
読んでいる間,FMで流れてた
木村カエラの『butterfly』がBGMに
なっていて妙に嵌ってしまいました。
本編に関しては…まあ相手と同レベル・同じ土俵に上がってしまったら頑張れば頑張るほど事態は深刻になってしまいがちですが,ちょっと相手から離れて俯瞰してみると笑っちゃうようなしょうもない話だったという事はよくありますよね。
10/01/05 at 20:10:41
>ilovehouston さんへ
んー。私は、そういうリベンジというのが苦手なんです。
読んでいて胸が苦しくなります。
だから成長がないのかもしれません。
10/01/05 at 21:12:15
えと。
批判意見に納得するという選択肢は完全に想定外なのでしょうか。
相手が反対しているのは、自分の意見が理解されてない時だけ?
人間不信がちょっと悪化するような話だぞ。
10/01/05 at 21:21:21
「逆に徹底的にやる」とか
「見返し・リベンジ」とか、
そういうことを思っている間は、
相手の批判を断ち切れず、
振り回されている状態なのだと思います。
批判されても褒められても、
普通に流せるようになれば、
まあ孤高の境地に達することが出来るのかもしれませんね。
それがいいことなのかどうかは別として。
10/01/06 at 20:21:14
ゆう先生の言葉が身にしみました・・・。
『色々いわれたけれど、まあいいや☆』
ゆう先生はバストについて色々いわれても、絶対に意思を貫きそうですね。
10/01/09 at 11:17:35
ネット上ではこの「もういいや」精神は大切ですね。
某掲示板なんかではバカの一つ覚えみたいに同じことしか言わない人間がたくさんいますし。
そんな人をいちいち相手していたらきりが無いですし、そういうネガティブな言葉を聴き続けて精神を病んだこともありました。
反論しないと「言い負かしたしw」とか相手は喜んでいるんでしょうが、最近は別にどうでもいいやと思うようになりました。
気持ちに余裕がないとついムキになって相手を論破したくなりますが、そんなことは無駄なのだと思うようになりました。
10/01/10 at 18:02:54
こんばんは。はじめてメールします。今回の否定、批判されたときにどうするのか?のセクシー心理学とても良かったです。ためになりました。私はゆうきゆうさんのメールマガジンしか見ないのですが、これからも楽しみにしています。今年もよろしくお願いします~ 私はこのメルマガを使って彼女と付き合い、結婚しました。私にとってセクシー心理学は恋愛虎の巻です!
10/01/10 at 23:58:29
言いたいことは他の人が言ってくれているので……
気持がすっとしました。このお話を知れてホントによかったです。
10/01/12 at 12:46:55
年末は少し忙しかったものですからカキコが遅くなりました。
今年もよろしくお願いします。
さて、標記の考え方でまたひとつ開眼した気がします。
そうかーって、心が軽くなりました。
これまで、こういうシチュではうつむいてばかりの人生であったので、少し前を見られるような気がします。
批判が寄せられることが多いのですが、一所懸命にですね。
いつもありがとうございます。
10/01/19 at 22:20:35
ゆうき先生お久しぶりです。次元大介の書き込みからですので、何年ぶりになるのやら。
今回のテーマについて、TA(交流分析)では、「ストローク経済」の5つの法則のひとつとして取り上げています。これは、アルコール依存症患者が両親からどのような家庭環境で育ったかを考察したものです。
アルコール依存症患者の親は、子どもをコントロールするためにストローク(あなたがそこにいることを私は知っていますよ、ということを相手に知らしめる、存在認知刺激の1単位:ポジティブなものもネガティブなものもある)を制約的に使うのです。
交流分析の考え方から言うと、ゆうき先生が主張されているのは、5つの法則のうちの第4の法則、「欲しくないストロークであっても、それを拒否してはいけない。」を否定しなさい(「ストローク経済の打破」と呼びます。)というものです。
交流分析では、もしも与えられたストロークが気に入らなかったら、私たちはそれを率直に拒むことができる(してよい)と習います。一言でいうと、断り上手になろう、ということです。
先生はお優しいですね。先生のは、伝わるように努力したあげくの「だったら、もういいや」ですが、私は(なかなか実際には口に出せませんが)、「So what?」(それがどうした!)と内心つぶやいています。
serendipityを私は信じているのですが、今夜溜まりに溜まったセクシー心理学を読んで、今日3つ目の、削るかそぎ落とす、巻き込まれないように無視する、枝葉は遮断する系統の話を読み、聞きました。
すべては本質を守るため。資源は有限ですからね。優先順位を間違えずに、物事はなんでも選び抜かなければならないということなんでしょう。
気質的に、私にはそれが大変難しいのですが。
すみません、まとまりませんで。
10/01/27 at 11:58:31
あまりにすばらしい内容なので思わずコメします。私は20年以上前に実の親に「だったらもういいや」と娘であることを降りてしまった人間です。そのことでいつも自分をどこかで責めていました。現在、私は生きています。親元に残った弟は26歳でアルコール中毒で亡くなりました。ゆう先生の言葉は世間にどこか引け目を感じている私を肯定してくださったようで救われました。ありがとうございます。
10/02/01 at 23:27:41
この記事の内容と今までの私の考え方があまりにも同一であったので少々驚きました、
私が言いたいことはコメントで言ってくれていたので省略させてもらいm(ry
10/05/09 at 2:58:25
今回のお話、とてもとても考えさせられました。
そして記事を見つけて1時間近く、ずっと考えていました。
その結果、迷っていた答えはこのお話の通りだったのだと自信を持てました。
考え続けても答えが出ない問題だと思っていたので、答えを教えていただいたようですごくうれしかったです。
本当に本当にありがとうございました。
私は初対面や付き合いの浅いある特定の方達によく理解されませんでした。
大切にしてきた事は2つ。
でもどちらも自分が間違っているのだろうかと悩み続けてきました。
ひとつは自分に自信を持てるようになってきた事で軌道修正できました。
でももうひとつは、どうしても変えてはいけない道だと確信しました。
長い事悩んでいましたが、「もういいや」やっと本当に思えました。
ゆう先生のおかげです。
人生が変わりそうです。たぶん180度。
その方達と離れる事になりますが、たぶん一生後悔しないと思います。
笑顔で生きていこうと思います。