精神科医ユウの日記 <70%ノンフィクション 30%ユウの妄想>
モーニング女医。 指で遊ぶ女医。11


マヤ「勝負は駅前のインターネットカフェで、12日の夜7時よ」

マヤ先生のその言葉を、僕は何度も何度もかみしめました。
それまでの毎日、ただひたすら打ち込みの練習をしました。

そして、ついに僕たちの勝負の日がやってきたのです。

泣いても笑っても、これで最後。
僕は静かに、インターネットカフェへの道を歩いていました。

そのとき、僕は思い出しました。
「待てよ…?」

心理学では、「遅れた方が、その勝負の主導権を握ることになる」と言われています。
なぜなら待ち合わせでは基本的に立場が強い方が遅れることが許されるので、その力を無意識にアピールすることになるからです。
また遅れられた方はイライラし、冷静な気持ちで勝負に臨むことができなくなります。

実際に宮本武蔵は、佐々木小次郎との決闘に2時間遅れ、勝利を収めました。
遅刻することで心理的に優位に立ったことも、勝因の一つではないでしょうか。

よし。
この作戦だ。

これで絶対に勝てる!
僕はそう思いました。

そして。

到着したのは、7時5分。



作戦はどんなに大きくても、
僕の気の小ささではこれが限界でした。

ユウ「た、たのもー!」

勇ましくカフェのドアを開ける僕。


すると、中には
マヤ先生のような形相の鬼もとい
鬼のような形相のマヤ先生がいました。


マヤ「遅かったじゃない…!?」

ユウ「…あ……」

マヤ「私を待たせるなんて、5億光年早いのよ…」

ユウ「あ、いえ、これは…みやも…」

マヤ「…なぁに?」

ユウ「……み………」

マヤ「………」

ユウ「すんません! ホントすんません!









明らかに、僕の立場が下であることを痛感しました。



マヤ「まぁ、いいわ…。さっそく始めましょう」

ユウ「は、はい…」

リオ「そうだな」

アスカ「うん」

ユウ「………」







ちょっと待ってください。

なんで先生たちもいるんですか。



さぁ! 突然の乱入に、勝負はどうなるのか!?



精神科医ユウの日記 <70%ノンフィクション 30%ユウの妄想>
モーニング女医。 指で遊ぶ女医。12


<前回までのあらすじ>

突然にタイピングで勝負することになった僕たち。
果たして勝負の行方は!?

<本編>

突然に登場した二人に呆然としていると、マヤ先生は言いました。

マヤ「さぁ、いいから、PCの前に座って」

ユウ「あ、あの…。自分のパソコンを使ってもいいんですよね?」

マヤ「もちろんよ」

その言葉に僕は胸をなで下ろしました。
この「親指シフト」の欠点は、そのソフトを導入した自分のPCでしか打てないことです。
僕は愛機、Thinkpadを取り出しました。

リオ「OK。じゃあ俺も使わせてもらう」

アスカ「やったぁ。もちろんOKだよね」

そしてリオ先生はダイナブックを、アスカ先生はバイオを持ち出しました。

リオ「君はいいのか?」

マヤ「私は、いいのよ…。どんな男でも、そしてどんなキーボードでも乗りこなしてあげるから」

ユウ「………」

その自信に僕は言葉を失いかけます。

マヤ「まぁ、ちょうどいいハンデじゃない? このカフェのサビかけたパソコンくらいが

その言葉に店長さんがピクッと反応していましたが、僕は見て見ぬふりをしました。

マヤ先生は、そのままカウンターに声をかけます。

マヤ「ねぇ、この子たちのPC、ネットにつないでもいい?」

店長「お客様、そのようなことは…」

マヤ「いーい?」

店長「………」

マヤ「………」

店長「設定、お分かりになりますか?



すげえ。

なんかこの時点で負けたような気になってきました。


そして5分後。

店長がすべての設定をしたあと、僕たちは、ネットカフェの中央にある、テーブルを囲むように座りました。

その行動に、周囲にギャラリーが集まってきます。

マヤ「ちょうどいいわね…。見られた方が燃えるわ

リオ「あぁ…。君が泣き崩れるところを見たくてしょうがないんだよ

アスカ「二人とも、他の人たちの前で負けるなんて、かわいそう…

ユウ「………」



僕はスーパー・ダイナミック・アウトオブ眼中。


その上、僕は緊張に弱いので、群衆がいない方が良かったりします。

マヤ「まず勝負前に、賭けの内容を確認するわね」

リオ「あぁ」

アスカ「いいよ」

マヤ「内容はシンプル! 『上位は、自分より下位になった人間に、何でも言うことを聞かせることができる!』」

リオ「あぁ」

ユウ「………」

マヤ「すなわち1位は2~4位の誰でも。2位は3~4位の誰でも。3位は4位を何でも言うとおりにさせることができるということね」

どこでこのルールが決まったんだろう。
僕は静かにそう思いました。

リオ「OK。構わない」

アスカ「うん、いいよ♪」


………ちょっと待ってください。

これって、万が一ビリになったら………

3人の奴隷にさせられる可能性もあるんですよね。

…絶対に負けられません。




さぁ! 勝負はどうなるのか!?

マヤが持ち出した、最悪の勝負方法とは!?

勝負編3回目に続く!




精神科医ユウの日記 <70%ノンフィクション 30%ユウの妄想>
モーニング女医。 指で遊ぶ女医。13

<本編>

でも、どうやって勝負するんだろう…。
そう思っていると、マヤ先生は言いました。

マヤ「今回の勝負は」

ユウ「………」

マヤ「ズバリ、
『もっと打ってついてきてタイピング、
チャットであーん一本勝負』よ!



なんですか、その1970年代のお色気番組みたいなネーミングは。


僕はそう思いましたが、先生は静かに画面に向かいます。

マヤ「いい? ルールはとても簡単。
今から4人が、私の用意したページでチャットをするの。

そして話す言葉は何でもアリ!」

ユウ「は? それが何で勝負に…?」

マヤ「ここからが重要よ。このチャットには時間制限がある。
前の人が話した言葉を、
その人が打った時間+3秒以内に打ち込まないと負け


ユウ「………」

マヤ「すなわち、たとえば前の人が、『いい天気ですね』と2秒で打ったら、次の人はそれを5秒以内に打たないとダメ。その時点で失格なの

ユウ「………」

マヤ「そしてもし打ち込めたら、その人が次の人にまたお題を出せるわけ。これは前の文と会話になっていなくてもいいわ。好きな文を打てばOK

リオ「なるほど。4人で行うキャッチボールみたいなもんだな。落としたら負け。取れたら投げられる」

マヤ「そう。誰にボールを投げてもいいの。そして当然だけど、コピー&ペーストはできないようになってるわ」

ユウ「………」


アスカ「分かった。始めようよ」

リオ「すべて完璧だ。やってやる」

ユウ「………」

あの、僕まだ分かったような分かってないような感じなんですけど。

マヤ先生は、そんな僕の顔を見ながらにこやかに微笑みました。

マヤ「すでに勝負は始まっているのよ。ユウ先生



なんか、すでに勝負が終わっちゃってるような気がするんですけど。

僕は無言でそう思いました。


マヤ「さぁ、開始しましょう」

リオ「いつでもいいぜ」

アスカ「いいよー♪」

ユウ「………」

そう思うまもなく、マヤ先生はさっそく打ち始めました。

マヤ「じゃあ、私から行くわね」

マヤ>今日はいい天気ね。あなたはどう思う?>リオ(6秒)

画面には、タイピングに要した時間が表示されました。

リオ「………フッ………」

するとリオ先生は、自分のPCで打ち込みを始めました。

リオ>今日はいい天気ね。あなたはどう思う?(5秒)

リオ「おいおい楽勝じゃないか?」

マヤ「ふふ…」

リオ「次は俺がお題を出すんだな。何でもいいんだよな?」

マヤ「えぇ。もちろんよ」

リオ「よし…。じゃあことわざで行こうか」

そういうとリオ先生はすばやく打ち込み始めました。

リオ>かわいい子とは、旅をさせろ。>ユウ(6秒)


………。
あ、一緒に行きたいんですね。


リオ「ほら、君だぞ?」

突っ込むまもなく、その言葉に現実に引き戻される僕。
あわててすぐに打ち込みます。

ユウ>かわいい子とは、旅をさせろ。 (8秒)


リオ「危なかったな」

マヤ「さぁ、なんでもどうぞ?」

僕はすぐに打ち込みを始めます。
何でもといっても…。

マヤ「ほら、早く!」

リオ「遅いんだ、君は!」



さぁっ! 勝負の行方は!?

僕がつい打ち込んでしまった、あんな言葉とは!


勝負編4回目に続く!



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モーニング女医。 指で遊ぶ女医。14


<前回までのあらすじ>

ついに始まるタイピング勝負。
相手の出す「お題」を、相手の打ち込んだ秒数+3秒以内に打ち込まないと失格!
果たして勝者は誰なのか!?

<本編>

リオ「さぁ、君がお題を出す番だ!」

マヤ「早くしなさい、ユウ先生!」


仕方ありません。
僕はとにかく、大急ぎで思いつくまま打ち込みました。


ユウ>ばにょーん。

マヤ「………」

リオ「………」

ギャラリー「………」



周囲に沈黙が走ります。



人間は、時間制限を決めてとにかく単語を出させると、
無意識に心理傾向が出てくると言われています。




ユウ>ばにょーん。


これが僕の心理傾向。


すでに涙も枯れ果てました。


マヤ「ほら、その題を打たせる相手を指定しなさい?」


ユウ「あ………」





ユウ>ばにょーん。>マヤ (13秒)




自分の心の闇を見て愕然としていた分、タイムロスがありました。




マヤ「はいはい」


それを見てマヤ先生は打ち込みます。

マヤ>ばにょーん。(2秒)



あへぇ。




マヤ「じゃあ、そろそろ遊びましょうか」

ユウ「………え」

マヤ>昨日の友は、今日の敵。
起きて100畳、寝てクイーンベッド。
隣の客はよく拉致する客だ>ユウ (18秒)




突っ込んでるヒマはありません。
僕は大急ぎで打ち込みました。


ユウ>昨日の友は、今日の敵。
起きて100畳、寝てクイーンベッド。
隣の客はよく拉致する客だ (20秒)




マヤ「あら…。成長したじゃない…」

リオ「俺の指導が良かったからな



………。




ユウ>絶対にありません。>リオ (3秒)


リオ「………」



リオ>絶対にありません。 (3秒)

リオ先生は静かに打ちました。


………。

チャットなら突っ込める。


僕は静かにどうでもいい事実に気がつきました。

リオ「さて、そろそろ彼女も遊ばせてあげようか…」

リオ先生はそういいながら、ふとアスカ先生の方を見ました。

リオ「………!!」

マヤ「………ッ!?」

ユウ「………………!!!」


その瞬間、僕たちは信じられない光景を目にしました。








アスカ先生は、イヤホンマイクを耳に装着していました。
そのコードの先は、先生のバイオに伸びています。





なぜかサポートセンターのオペレーターさんがこの場にいる。



僕たち全員は凍り付きました。




そして同時に、


全員がある予想にたどり着きました。








まさか。




その瞬間、リオ先生は打ち込みを始めました。

リオ「か………考えててもしょうがない!



リオ>認知するより産むが易し>アスカ(6秒)



リオ先生が打ち込んだ直後、その場の全員の目がアスカ先生に注がれます。

すると全員の注目が集まる中、アスカ先生は言いました。




アスカ「にんちするよりうむがやすしー











言ったー!






アスカの恐るべき打法にリオは!?

次回、リオのとった対抗策とは!?

勝負編5回目に続く!



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モーニング女医。~指であそぶ女医。15

<前回までのあらすじ>

ついに始まるタイピング勝負。
相手の出す「お題」を、相手の打ち込んだ秒数+3秒以内に打ち込まないと失格!
そんな中アスカは、「音声認識ソフト」を使用した…。


<本編>

アスカ先生の言葉は、すべて画面上にそのまま文として打ち込まれていきます。

先生はさらに少しだけ打ち込みを加えると、ちゃんと文にしました。

アスカ>認知するより産むが易し。 (4秒)

続けてアスカ先生は言います。

アスカ「どう。くえすちょん。音声認識ソフトの力。くえすちょん」

その言葉は、そのまま打ち込まれます。
アスカ先生は最後にキーを叩きました。

アスカ>どう? 音声認識ソフトの力?>リオくん(2秒)


リオ「ぐぐ…っ」

リオ先生はあわてて打ち始めます。


リオ>どう? 音声認識ソフトの力?(5秒)


アスカ「ギリギリだね~」

リオ「くっ…」

アスカ先生は、静かに笑います。

リオ「これならどうだ!」

リオ先生はたくさんの言葉を打ち込んでいきます。

リオ>女も歩けばボーイハント。花より両手に花。俺と交われば赤くなる。>アスカ(12秒)


しかしアスカ先生はにこやかに言葉にします。

アスカ「おんなもあるけばぼーいはんとー


文で読むより、言葉にすると、なんかすごい破壊力です。


先生はにこやかに読んでいきます。


アスカ「はなよりりょうてにはなー。おれとまじわればあかくなるー

さらにキーに少し触れると、ちゃんと文は整形されました。

リオ>女も歩けばボーイハント。花より両手に花。俺と交われば赤くなる。(11秒)

リオ「くっ!」

ユウ「ア、アスカ先生…」

僕の言葉に、アスカ先生は微笑みながら言いました。

アスカ「前に言ったよね、ユウくん。
人間のカラダには、限界があるって…」

ユウ「は、はい…」

その言葉は、話されたとおりに画面上に打ち込まれていきます。
アスカ先生は音声認識しやすくするためか、やや普段よりも滑舌はっきりとしゃべっているように思えました。

アスカ「そう。人間はね、普段やってないことを短期間に習得しようとすると、つい無理が生じてしまうものなの。タイピングなんて、コンピューターの前以外で行うことはないよね」

ユウ「ま、まさか…」

アスカ「でも言葉なら、誰だって意識が芽生えるころから使い始めるでしょ。くえすちょん。そして普段も、起きているあいだはほとんど使っているよね。くえすちょん。
どう考えても、タイピングの数十倍も習熟しているのが『言葉』なの。
これを使わないなんて、損だよねぇ。くえすちょん


普段の生活で「くえすちょん」という言葉を発する機会もないとは思うんですが。

僕は静かにそう思いました。


リオ「こ、こんなのアリなのか! マヤ!」

マヤ「問題ないわ。誰もマイクを使っちゃいけないなんて言ってないもの

リオ「くぅ…っ!」



………。


その理論でいうと、

誰もテポドンを使っちゃいけないなんて言ってないから使いました



みたいな論理も成り立ちますよね。(どう使うかは別として)

ふと画面を見ると、アスカ先生が今の言葉すべてを整形していました。

リオ「え…」

アスカ>前に言ったよね、ユウくん。人間のカラダには、限界があるって。そう。人間はね、普段やってないことを短期間に習得しようとすると、つい無理が生じてしまうものなの。タイピングなんて、コンピューターの前以外で行うことはないよね。でも言葉なら、誰だって意識が芽生えるころから使い始めるでしょ? そして普段も、起きているあいだはほとんど使っているよね? どう考えても、タイピングの数十倍も習熟しているのが言葉なの。これを使わないなんて、損だよねぇ?>

リオ「ま、まさか…。今の全部を…」

するとアスカ先生は、天使のような微笑みで言いました。



アスカ「リオくん、かっこわらい




画面には、こう表記されました。

アスカ>リオくん(笑) (32秒)


リオ先生の顔が、みるみる青ざめていきました。

…さぁ、勝負の行方はいったいどうなるのか!?


精神科医ユウの日記 <70%ノンフィクション 30%ユウの妄想>
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<前回までのあらすじ>

ついに始まるタイピング勝負。
相手の出す「お題」を、相手の打ち込んだ秒数+3秒以内に打ち込まないと失格!
そんな中アスカは、「音声認識ソフト」を使用した…。

<本編>

リオ「おおおおおおおおお!」

先生は泣きそうな顔になりながら打ち込みをしています。

リオ「そんなのが…! そんなのがタイピングと呼べるかぁ!


ギャラリーの中に「そういえばそうだ…」という声が響きます。

するとアスカ先生はにこやかに言いました。

アスカ「『類型・様式・典型・見本・模範・しるし』

ユウ「???」

アスカ「転じて『活字』…

リオ先生が必死に打ち込んでいる中、アスカ先生は言葉を続けます。

アスカ「それが英単語『type』の意味。すなわち『typeする』とは『活字にする』という意味でもあるの」

ユウ「………」

アスカ「だからこれは、『音声タイピング』

するとギャラリーが「あぁ…」という声を出しました。


リオ「『あぁ』じゃない! き、詭弁だ!! この悪魔女があ!」

アスカ「うふふ。私ってそんなに魅惑的?」

あどけない笑いを浮かべるアスカ先生。
するとマヤ先生は言いました。

マヤ「見苦しいわよ、リオ! 認めなさい!」

リオ「くっ…!」

マヤ「言うでしょう!? 女は愛嬌! 男はぞうきょ…




その瞬間、ギャラリー全員に沈黙が走りました。



マヤ「………」



ユウ「………」



ギャラリー「………………」




マヤ「男は度胸!





今、絶対に「増強」って言いかけましたよね。


その場にいた全員の気持ちが一つになりました。


言い間違いには、潜在的な願望が隠れていると言いますが、


今の言葉にはいったいどんな願望が隠れていたのか、怖くて聞くことができませんでした。



それを聞きつつも、リオ先生はついに最後まで打ち込みました。
時間は35秒。

ちょうどギリギリの時間内でした。


アスカ「あ、おめでとう~♪」

リオ「ゆ、指がつった…!」

リオ先生は、自分の手を押さえています。
マヤ先生は微笑みながら言いました。

マヤ「やるわね、アスカ」

アスカ「えっへっへ~んだ」

マヤ「でもそのタイピング方法には、致命的な弱点があるわ

アスカ「え…? 弱点?」

リオ「………」

リオ先生は、静かに言いました。

リオ「ふふふ…。その通りだ、アスカ!
俺は悪いことは言わない。 棄権しろ!


どういう意味でしょう。
僕にはその理由が分かりません。


しかし唯一分かったのは、リオ先生は

悪いことしか言ったことがない

ということでした。


アスカ先生も理解できないのは同じらしく、大声で言いました。

アスカ「な、何なの!? 何なの? き、棄権するわけないでしょ~!?
私は勝つの! 決まってるのー!



するとリオ先生は、ため息をつきながら、そして同時に嬉しそうな顔で言いました。

リオ「君がそういう気なら仕方ない…。俺は奥義を出させてもらおう!



奥義…おうぎ【奥義】

学問・技芸の最も奥深いところ。おくぎ。「―をきわめる」







リオ「名付けて…」

ギャラリー全員が固唾をのんだ瞬間、リオ先生は言いました。


リオ「奥義、おとなの会話!





それがもっとも奥深いところ。



永遠に奥深くにしまっておいて欲しいと思いました。



彼の奥義とは、いったい何なのか!?



精神科医ユウの日記 <70%ノンフィクション 30%ユウの妄想>
モーニング女医。~指であそぶ女医。17


<前回までのあらすじ>

ついに始まったタイピング勝負。
相手が打ち込んだ時間+3秒の間に、同じ言葉を打ち込まないと失格!
その中、アスカは「ボイスタイピング」を使い始める。
それにたいして不敵に笑うリオ。

彼の奥義、「おとなの会話」とはいったい何なのか!?


<本編>

リオ「英語に訳すなら、タイピング・オブ・ピンク!

訳さなくていいです。心からそう思います。


リオ「この技術で君は負ける! 絶対にだ! この、おっちょこちょい娘が!」

あの僕、「おっちょこちょい」なんて言葉、何十年ぶりに聞いただろう。
僕は静かにそう思いました。

アスカ「きーーーっ! うるさーいー! リオくんのバカー!!」

いや、めっちゃ挑発されてる。

リオ先生はアスカ先生が十分に興奮していることを確かめると、打ち込みを始めました。

リオ「いくぞ…?」

アスカ「き、来なさいよー!」


リオ>私

リオ先生は、そこまで打ち込むと手を止め、しばらく深呼吸をしました。
時間は刻々と過ぎていきます。

アスカ「何してるの~? みんなシーンとしてるよ~?」

僕たちもそう思いました。
しかし先生は、微動だにしません。

それから数秒の時間が過ぎたでしょうか。
リオ先生は突然に不敵な微笑みを浮かべ、静かに打ち込みました。

リオ>私のこと、好きにしていいのよ。リオ >アスカ (30秒)

その瞬間、周囲の人の時が止まりました。

もちろん、アスカさんの動きも止まりました。

アスカ「………わ………」

明らかに、アスカさんは言葉を失っています。

アスカ「わ、わ、わたし…」

リオ「時間はゆっくりあるぞ、アスカ」

リオ先生は、にこやかに微笑みます。


マヤ「突いてきたわね…」

え。

マヤ「タイピングなら、どんなに恥ずかしい言葉でも、無言で打ち込める。
でもボイスタイピングだと、そうはいかないわ

リオ「その通りだ。打ち込みなら、その言葉を『視覚』で味わうだけで済む。
しかしボイスタイピングだと、『視覚』にくわえて、『聴覚』でも味わいながら、
打ち込まなければいけない」


確かに。

その場にいた全員は、二人の会話を静かに聞きました。


マヤ「さらに言わせてもらうなら、心理学的には、人間には3種類のタイプがいると言われている」

リオ「あぁ」

マヤ「『視覚優位タイプ』と『聴覚優位タイプ』と『触覚優位タイプ』よ」

ユウ「え?」



マヤ「アスカは『シーンとしてる』『うるさい』という、音声に関する言葉を使っていた。
さらに何より、打つのにボイスタイピングを選ぶ人間。すなわち………」




リオ「彼女は『聴覚優位タイプ』だ


マヤ「そう。だから恥ずかしさもさらに倍よ





あの。なんていうか。


学術的な言葉にだまされそうですけど、

結局はただのセクハラですよね。


僕は静かにそう思いました。

そう言われている間も、アスカ先生は顔を真っ赤にしながら、言葉を詰まらせています。

リオ「ちなみにこれは、学生時代に、友人への電報を、電報局のお姉さんに復唱してもらっているときに思いついた奥義だ

そんな思い出話は聞いてません。

マヤ「………」

リオ「………」

マヤ「………」

リオ「………」

マヤ「ちなみにこの技、私には通用しないわよ?

リオ「うん。知ってる


どんな会話ですか。

僕は痛烈に思いました。


マヤ「さぁ、どうするの、アスカ!?」

アスカ先生は、真っ赤になってふるえています。

アスカ「わたしのこと、す、すきにし………

リオ「声が小さい!

アスカ「す、すきにして………

マヤ「声が小さいわ!


なんでしょうか。この異様な状況は。

二人の女王・大王さまにいじめられている少女。
そんな風景が展開されている気がしました。

リオ先生は、恍惚の表情で言いました。

リオ「あぁ…ッ! 時間はたっぷりある。もっと見せてくれ、その顔を…。
本当に、生まれてきて良かった…。
今の俺の満たされた想いを、なんて表現すればいいんだ…











「セクハラの快感」と表現するんではないでしょうか。

僕は心からそう思いました。


さぁ、アスカの運命は!?


精神科医ユウの日記 <70%ノンフィクション 30%ユウの妄想>
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<前回までのあらすじ>

ついに始まったタイピング勝負。
相手が打ち込んだ時間+3秒の間に、同じ言葉を打ち込まないと失格!
その中、「ボイスタイピング」を使い始めるアスカに、
リオは「熱烈な愛の言葉」を打たせる。

どうするアスカ!?


<本編>

身もだえるアスカ先生。
周囲からは、小声で「萌え~」「萌え~」という言葉が響いてきたように感じました。


画面には、すこしずつですが、言葉が打ち込まれていきます。
その間、発音のせいか、何度となく修正が行われました。

アスカ>私のこと、好きにしていいのよ。


リオ「さぁ、誰にだ!? 時間はまだある! ゆっくりと言っていいんだぞ…?」


アスカ「………………」

しばらくの沈黙が走ります。

するとアスカさんは、のどの奥から絞り出すように言いました。

アスカ「りんご!バックスペースバックスペース、
    おさる!バックスペースバックスペース!






そこまでしてまで。

それを聞いた瞬間、リンゴ+おさる先生の表情が、
明らかに落胆しているのが分かりました。



アスカ>私のこと、好きにしていいのよ。リオ(31秒)



リオ「まぁ、いい…。さぁ、次はどうする?」


アスカ先生はその言葉にたいして、体を震わせながら言いました。

アスカ「ぜんぶうそうそうそうそうそうそうそうそ!
    今のぜんぶうそうそうそうそうそうそうそうそ!



その通りに文字は打ち込まれていきます。
アスカ先生は顔を真っ赤にして、だだっ子のように叫んでいます。


その瞬間、周囲から「萌え~!」という声が絶叫のように聞こえてきました。


リオ先生はそれを見て、いつくしむような目で言いました。

リオ「かわいいな…。照れてるんだな




先生の目は白玉団子ですか。


アスカ「リオくん!」

画面上にはこう表示されました。

アスカ>ぜんぶうそうそうそうそうそうそうそうそ! 今のぜんぶうそうそうそうそうそうそうそうそ!>リオくん (7秒)



するとマヤ先生は、静かにつぶやきました。

マヤ「ハマったわね…」

ユウ「え?」

マヤ「完全に挑発に乗ったアスカは、ついリオに返してしまった。でもそれは、もちろん破滅への序曲。さらなるピンクの階段を上ることになるのよ」


ピンクの階段て。


ユウ「でも、でも…」

すると僕の言いたいことを察したのか、リオ先生は打ち込みながら言いました。

リオ「なぁ、アスカ」

アスカ「………」

リオ「恥ずかしければ、手で打てばいいんじゃないか?


その言葉に、体をびくっとふるわせるアスカ先生。


アスカ「う………」


その瞬間、アスカ先生の言葉を先取りするかのように、マヤ先生が言いました。


マヤ「でも、それができないのよね、アスカ










さぁっ!

いったいその理由とは何なのか!?

次号の更新を待て!

(つづく)

えー。
ここでお手紙のご紹介です。


モーニング女医は日記なのに最近日付が記載されてませんよね。
もしかして何気に更新が遅いの、ごまかしてません?
私も学校の提出物はほとんど期限までに出せてないのでもしそうだとしたら、
なんか気持ちわかりますっ。
いろいろとお忙しそうですが頑張ってください。
非力ながら遠くからパワーを送ります。 (Y.Sさんより)




………………………。


あなたは超能力者ですか。

色々な意味で、更新頑張ります。パワー、本当にありがとうございました。

そして追伸。

「リオ先生はそれを見て、いつくしむような目で言いました。」

最初「いくつしむ」と書いてました。キャー。
ご指摘くださった「あひるのある」さん、本当にありがとうございました。


精神科医ユウの日記 <70%ノンフィクション 30%ユウの妄想>
モーニング女医。~指であそぶ女医。19

<前回までのあらすじ>

ついに始まったタイピング勝負。
相手が打ち込んだ時間+3秒の間に、同じ言葉を打ち込まないと失格!

そんな中、「ボイスタイピング」を使うアスカはピンチに。

そのとき、マヤは「アスカはボイスタイピングでしか打てない」と言う…。
その理由は何なのか!?



<本編>

不思議に思う僕に、マヤ先生は、肩をすくめながら言いました。

マヤ「覚えてる? 前に私たちがライブしたとき。
アスカは『お病理天国』という歌を歌っていた」


あの、心から最悪な歌ですね。

僕はそう思いましたが、自分たちも人のことは言えないと思ったので、
その言葉を飲み込みました。

するとマヤ先生は、言葉を続けました。

マヤ「わざわざ病理の年配のドクターたちに演奏させてまでね」

ユウ「は、はい………」

マヤ「そこまでして、自分では演奏をしなかった理由…

ユウ「………」

マヤ「すなわち、アスカはね…」

ユウ「………」





マヤ「死ぬほど指先が不器用なのよ!



えー。


マヤ「せいぜいできるのは、音声タイピングの修正だけ。
すなわちひとつの文を0から打ち込むことは不可能!」

ユウ「………」


マヤ「夜中に病理学教室の前を通ると、無邪気な声で
『この患者の死因はぁ~、肝細胞におけるぅ~』
という声が聞こえるという、通称『病理学教室の小悪魔ボイス』は、
ももんが医大の七不思議のひとつにもなっているわ」



どんな不思議ですか。


そう思っていると、リオ先生はアスカ先生の文を打ち込み終え、
そして笑いながら言いました。


リオ「イエス! すなわち君にできるのは、たった2つ。
はじらいか、降伏か。
セクシー・オア・ダイだ」


カッコいいんだか、カッコ悪いんだか。


アスカ「分かんないよ…!」

リオ「…ん?」

アスカ「リオくんには、分かんないよ…!」

マヤ「あら?」


アスカ「リオくんには、絶対に分からない…。

私がボイスタイピングでタイプするために、
どれだけ苦労したかを!



いや、あの。

「不器用なのにタイピングをマスターする」という苦労を避けたからこそ、
ボイスタイピングしているわけですよね。





アスカ「私は負けられない! 全国1億人の、ボイスタイパーの名にかけて!



………………。


なんて突っ込んでいいのかぜんぜん分かりませんが、

とりあえずボイスタイピングする人は絶対に1億人いないと思います。

いたら日本のオフィスはうるさくてたまりません



リオ「そ………」


ユウ「は?」


リオ「その意気やよし!



よいんだ。


リオ「しかし衆人環視の中、これ以上無用に辱めることもない。次でトドメを刺してやろう」

アスカ「………え!?」

リオ「もうひとつの、俺様の秘技でな…








「秘技」
秘密のわざ。秘めて他に示さない技術。(goo国語辞典より)







ユウ「え!?」





リオ「いくぜ秘技、おとなの単語登録!





心から、秘めたままにしてほしかったと思いました。





さぁ、その技とはいったい何なのか!?
そしてリオの猛攻に、アスカは反撃できるのか!?


待て、次の更新!

(つづく)


本日は掲示板でのカキコからご引用させていただきます。

このシリーズの最初は貧弱な坊やのユウ先生がマヤ先生を
打ち負かす為に勝負を挑むという話だったような。(ますみさん)



あの、その流れは、たぶんもうすぐ。
更新頑張ります。そこにたどり着くまで。

みなさま、今後ともよろしくお願いいたします。



精神科医ユウの日記 <70%ノンフィクション 30%ユウの妄想>
モーニング女医。~指であそぶ女医。20

<前回までのあらすじ>

ついに始まったタイピング勝負。
相手が打ち込んだ時間+3秒の間に、同じ言葉を打ち込まないと失格!
そんな中、「ボイスタイピング」を使うアスカはピンチに。

リオが使う、「秘技 おとなの単語登録」とは何なのか!?


<本編>

リオ「アスカは、手で打つことができない」

ユウ「は、はい…」

リオ「しかし自慢じゃないが、俺だってそんなに早いワケじゃない。
そんな俺が、好きな女にメールするのに編みだした方法こそが、この方法だ」


そこまでいうと、先生はマヤ先生の方に向き直りました。

リオ「次に画面上で打ち始めるまで、時間はスタートしないんだよな」

マヤ「ええ、そうよ」

リオ「では、ちょっとしたデモンストレーションを見せてやろう」

するとリオ先生は、ワードパッドを呼び出して、その画面内にカーソルをあわせました。

リオ「見ろ! 俺の秘技、おとなの単語登録!

ユウ「………」



リオ「あ!

先生がそういいながら「あ」で変換をすると、画面には、

「愛しているよ」と出ました。


……………。

リオ「い!

先生がそう言いつつ「い」で変換すると、

「いつまでも大切にする」と出ました。




………………。


打ち方からして、大切さを感じません。

リオ「う!


画面には、「ウソなんかつかない」と出ます。



リオ「え!



「永遠に大好きなんだ」





リオ「お!


「俺の気持ちを、分かってほしい」



………………。



十分すぎるほどに分かりました。
(別の意味で)




リオ「はっはっは! 見たか!? 俺の必殺の単語登録を!!」


単語登録というより、あいうえお作文という気がします。

それに「必殺」されちゃうのは、自分だと思います。


するとマヤ先生は静かに言いました。

マヤ「やるわね…

やっちゃいました。




リオ「そしてここからが応用だ。いくぜアスカ!?」

その瞬間、アスカさんの体がビクッとこわばります。

リオ「おらあああああ!」


リオ先生が打ち込み始めた瞬間、周囲の表情が、
みるみる真っ赤になっていきました。


さぁ、リオが打ち込んだ文とは!?
そしてアスカのリアクションとは!?



精神科医ユウの日記 <70%ノンフィクション 30%ユウの妄想>
モーニング女医。~指であそぶ女医。21

<前回までのあらすじ>

ついに始まったタイピング勝負。
相手が打ち込んだ時間+3秒の間に、同じ言葉を打ち込まないと失格!

そんな中、「ボイスタイピング」を使うアスカに、リオは
「秘技 おとなの単語登録」を使い始めた。どうするアスカ!?


<本編>

リオ「辞書とは、不便なもんだ」

ユウ「…は?」

リオ「俺の使う言葉と、日常的な言葉には、大きな隔たりがある。
俺が本当に使いたい言葉は、決してスムーズに打つことはできないのさ」

ユウ「……」

リオ「しかしこのカスタマイズした辞書は、そんな俺の能力をフルに使うことができる!


先生はそう叫びながら、片っ端から言葉を打ち込んでいきます。

内容は…。

もう何て言いますか、色々な意味でここには書けません。

ただあえて言うなら、

「や」で変換した瞬間に「柔肌が出たり、
「ほ」で変換した瞬間に「火照るが出るような辞書は、

リオ先生しか持っていないと思いました。


画面上には、見ているだけで顔が真っ赤になるような、
大人の言葉が並んでいきます。


リオ「はっはっは! 普通のパソコンなら決して一発では変換できないような単語も、ほとんどが変換できるように登録されている! これでどんな女を口説くときも一発だ!」

いや少なくとも、「火照る」を使って口説ける状況というのは、かなりまれなのではないでしょうか。

その場にいた全員がそう思いましたが、あえてその言葉を飲み込みました。

リオ「俺の辞書に不能の文字はない!

不可能です。


画面に並ぶ、官能小説もびっくりの言葉の数々。
ギャラリーの中からも、湯気が上がってきます。

そして全員が、生唾を飲み込みながら、アスカ先生の表情を見ました。


しかし。

先生は、きょとんとした顔で、画面を見つめていました。

リオ「………??」

しばらくの沈黙の後、アスカさんは言いました。

アスカ「ねー、マヤちゃん?」

マヤ「なぁに?」







ひてる』って、
どういう意味?













それはね、
ほてる』って
読むのよ。





アスカ「じゃあ、この、ふたごの、おかって書いてあるのは?」

マヤ「それは、『そうきゅう』


全員「………………」






大人の言葉過ぎて、意味が分かってない。



リオ「な、なにぃっ!?

アスカ「なぁんだ~。どんなにスゴいことを言わせられるのかと思ったら、
単に読みにくい言葉ってだけなんだね



なんか、すべてが逆効果。

アスカ「これは、これは?」

マヤ「3行目は、『きつりつ』。4行目は『じゅうよく』って読むのよ」

アスカ「へぇ。じゃあ5行目のコレは?」

マヤ「それは何? ユウ先生」

その言葉に、僕も反射的に読みました。



それは、
しぎゃく
ですよ。


アスカ「ありがと~♪」


何で僕は、こんな言葉を読めるのか。
心から自分が情けなくなりました。


リオ「り、理解できていないのか!?」

マヤ「ふ…。策が裏目に出たわね、リオ!」

リオ「し、しまったぁ!」

マヤ「さぁ、誰に打たせるの!?」

リオ「い、今さら引けるか!」

先生は、最後にアスカ先生の名前を打ち込みました。


アスカ「読みさえ分かれば、簡単! いくよ~!」

その瞬間です。

マヤ「待つのよアスカ! これを使いなさい!

アスカ「えっ!?」



さぁっ! マヤがアスカに渡したものとは!?
アスカとリオ、倒れるのはどちらなのか!?

次号を待て!

<次号予告>


や、やめろお
おおおおお!



なにこのフキダシの存在意義。


精神科医ユウの日記 <70%ノンフィクション 30%ユウの妄想>
モーニング女医。~指であそぶ女医。22
これは、4人のドクターたちの日常を描いた愛と情熱の日記です。

<前回までのあらすじ>

ついに始まったタイピング勝負。
相手が打ち込んだ時間+3秒の間に、同じ言葉を打ち込まないと失格!

そんな中、「ボイスタイピング」を使うアスカは、リオの打ち込んだ言葉によりピンチに。
しかしマヤはアスカに、ある道具を投げ渡す…。

<本編>

マヤ先生は、アスカさんに向けて、小さな装置を投げました。

アスカ「な、なにこれ?」

マヤ「いいから、あなたのマイクに装着するのよ!」

アスカさんは、言われたとおりにします。

マヤ「さぁ、その文を読みなさい!」



わ、わがっだ!






聞き違いでしょうか。

その瞬間、時が止まります。

今まで、甘露のようにキュートに響いていたアスカさんの声が、
突然に野太く茶色い声に変わったのです。



ユウ「………」

群衆「………」

リオ「………」


全員、あまりのことに一歩も動くことはできません。

そしてその沈黙を破ったのは、リオ先生でした。



や、やめろ!
やめるんだ!









アスカ「亜希子は、ぞの甘美な双丘を揺らじながら、リオのもどに歩み寄っだ」(濁点は、音声のイメージです)



スイカと天ぷら。
ウナギと梅干し。

食べ合わせの悪い組み合わせは、いくつもあると言われています。

しかし。

野太い声による、官能的な文の朗読。

それ以上に禁忌の組み合わせは、この世に存在しないのではないか。


僕は、そう痛感しました。


また、おそらくリオ先生の煩悩から、自分の名前を登場キャラクタの名前にしているのが、さらにその破壊力に拍車をかけていました。


アスカ「彼女の白魚のように長い指先は、リオのもっども敏感な


リオ「やめろ、やめろおおおおおお!」


阿鼻叫喚。

そんな言葉が一番ふさわしいでしょうか。
リオ先生は、ムンクの「叫び」と同じポーズ、同じ表情をしながら、大声で叫びました。

それにたいして、マヤ先生は言い放ちます。


策士、
策におぼれたわね、
リオ!





いやもう、泥沼におぼれているような気がします。

マヤ「アスカに官能的な文を読ませて、それによって興奮しようとしていた」

ユウ「………」

マヤ「何のこともない。リオ、あなた自身も聴覚優位型な人間だったのよ


聴覚優位型。

数ヶ月前にその話が出てきたのを、このシリーズを読んでいる人が覚えているんだろうか。
僕はふと現実に引き戻されつつ、そんなことを考えます。


マヤ「そしてどう!? マヤ特製のボイスチェンジャー、名付けて『オヤジくん2号』の威力は?

1号もあったんだ。

ていうか、何でそんなものを開発しているんですか。


僕は心からそう思いました。

マヤ「これでどんなストーカーの無言電話も、一撃よ!

そんな命知らずが、いるんですか。
僕はそう思いましたが、その言葉を飲み込みました。

マヤ「無言電話があったら、野太い声で、逆に言ってやるの。
『げっへっへぇ…。兄ちゃん。兄ちゃんの下着は、何色かのう?』ってね」


逆に、ストーカーさんがかわいそう。

そう思っている間にも、アスカ先生の死の朗読は続いています。

アスカ「亜希子は吐息を漏らじながら、獣欲を高ぶらぜるリオの耳につぶやいだ

リオ「やめろ、その先は絶対に読むなぁ!

しかしアスカ先生の耳には入っていないようです。
彼女は言葉を続けます。

アスカ「『わだじ、リオの瞳を見づめでいるだけで、嗜虐的になっでぐるの』」

リオ「ひぎゃあああああ!

アスカ「『あなだのごど考えるだけで、歓喜で涙が出でぎぢゃうの

リオ「はっぎゃあああああああああ!


なんかもう、見ている僕たちが涙出てきちゃいます。

アスカ「『ねぇ、言っでもいい?』」

リオ「い、言っちゃダメだあああああ!


しかしアスカさんの耳には入っていません。



マヤ「さぁ、とどめよ、アスカ!」


するとアスカさんは、ひといき息を吸い込むと、大きな声で言いました。

アスカ「『わだじ…』」

リオ「…や…」




アスカ「『リオの全部、食べぢゃう』」


リオ「…………………!!!


その瞬間、リオ先生の目は虚空を見つめました。

そしてしばらくの沈黙の後、リオ先生は唇をふるわせてつぶやきました。




リオ「男はいやだ男はいやだ男はいやだ男はいやだ男は


なんか、ものすごいトラウマを呼び起こしちゃったみたいです。

画面上の文は一言一句、リオ先生の書いたとおりに打ち込まれていました。
制限時間にも、ちゃんと間に合っていました。



マヤ「それじゃアスカ、何か打てば?」

アスカ「あ、ぞうだった

そしてアスカさんは、画面に打ち込みました。


アスカ「リオぐん、大丈夫?

アスカ>リオくん、大丈夫?>リオ(3秒)



その声にリオ先生はピクッと体を揺らせ、動かなくなりました。

時間はすぐに、6秒を刻みます。
そのまま、リオ先生の画面は、強制的にシャットダウンされました。




マヤ「さようなら、リオ」


マヤ先生の声が、リオ先生の動かなくなった体の上に、響きました。


<男子 出席番号1番 織江リオ> 死亡  残り生徒 3名


精神科医ユウの日記 <70%ノンフィクション 30%ユウの妄想>
モーニング女医。~指であそぶ女医。23
これは、4人のドクターたちの日常を描いた愛と情熱の日記です。

<前回までのあらすじ>

ついに始まったタイピング勝負。
相手が打ち込んだ時間+3秒の間に、同じ言葉を打ち込まないと失格!
そんな中、「ボイスタイピング」を使うアスカは、マヤの助けでリオを倒す。

<本編>

マヤ先生は大きく手をあげて、店長に言いました。

マヤ「ホットココアひとつ。シナモンを添えてね」

店長「はっ! ただいま!」


このインターネットカフェはセルフサービスなのにもかかわらず、
普通にオーダーが通用している現実。

僕はこんな人に勝てるんだろうか。
あらためて、今回の勝負の無謀さを痛感しました。

するとマヤ先生は運ばれてきたココアを飲みながら、静かにつぶやきました。

マヤ「これで、保険が一人か…」

ユウ「は?」


アスカ「あれれ? なんだがよく分がんないうぢに、勝っぢゃっだの?

マヤ「あなたの話し方があまりにセクシーだったから、放心しちゃったみたいよ」

あながち間違ってもいない説明です。

アスカ「やっだぁ! 私、やっだよ~!

マヤ「うん。その前に、オヤジくん2号、返してくれるかな?」

同感です。

アスカ「あ、うん。………はい♪」

アスカ先生の声は、また普段通りのハチミツのような声に戻りました。

アスカ「でも、さっき読んだむずかしい言葉、どんな意味だったんだろう…」

マヤ「ふふふ。アスカが、大人になったときにね

アスカ「ふーん…。で、次は誰からはじめるの?」

マヤ「そうね…。勝ったんだから、アスカからはじめてもいいわよ」

アスカ「わーい!」

そしてアスカさんはにこやかに言葉で打ち込みました。
アスカ「じゃあこのまま一気に、優勝狙っちゃおうかなぁ? 奴隷にしてあげるね、マヤちゃん?」


アスカ>じゃあこのまま一気に、優勝狙っちゃおうかなぁ?
奴隷にしてあげるね、マヤちゃん?>マヤ(9秒)



マヤ「うふふふ。そうねぇ」

マヤ先生はすぐにその言葉を打ち込みました。

マヤ>じゃあこのまま一気に、優勝狙っちゃおうかなぁ?
奴隷にしてあげるね、マヤちゃん?(9秒)



う。

今さらに気がつきましたが、やはりボイスタイピングは早いです。
かなり早く打っているマヤ先生と、ほとんど変わりがありません。

僕はアスカ先生の脅威を、強く強く感じました。

そのときです。




甘いわ




アスカ「え?」

ユウ「は?」

するとマヤ先生はニコッと微笑むと、カタカタと指を鳴らします。

マヤ>火照る。

アスカ「……あ、これ、さっきリオくんが打った言葉だよね。
読み方はもう分かってるもん!」

マヤ先生は、さらに打ち込み続けていきます。


マヤ>火照る。体が性的な気持ちになり、体温が上がること。

アスカ「………」

ユウ「………」

観衆「………」




マヤ先生は、無表情のまま、さらに言葉を打ち込んでいきます。


マヤ>獣欲。


ユウ「………」

アスカ「………」


マヤ>主に男性が女性にたいして向ける、強い性的な欲求のこと。

アスカ「………」


あの。
まさか。


そう思うまもなく、マヤ先生は打ち込みを続けます。

マヤ>嗜虐。



間違いない。

絶対にそうだ。


マヤ>残虐なことを好むこと。主に満足感を得るために、相手を責めること。


それって、この行動そのものですよね。


アスカ先生の顔が、こんな色になっていきます。


アスカ「………」

ユウ「………」

観衆「………」

全員、無言で画面を見つめています。

マヤ先生は、さきほどアスカ先生が意味を知らなかった単語を、すべて解説し始めました。
そして全部の単語をあますところなく説明すると、最後にアスカ先生の名前を打ち込みました。



マヤ>…興奮することを指す。>アスカ(31秒)


マヤ先生は、アスカさんに向かって、にっこりと微笑みながら言いました。


マヤ「今が、大人になる時間よ?



もう、来ちゃったんですか。

マヤ「ほら、お読み?

これが本物のS。

さきほどのリオ先生とやっていることは表面的には同じですが、
本質的にすべてが違うような気がしました。


アスカ先生は、それを見ながら微動だにしません。

アスカ「ほ、ほ……。ほて………」

マヤ「教室のよい子のみんな、さぁ、私に続いて! ほてる!

アスカ「ほてる…」

マヤ「からだが!

アスカ「か、からだが…」

マヤ「せいてきな!

アスカ「せ、せいて………」

マヤ「聞こえないよ~!?」


あの、いや、もう。
なんていうかホントに、カンベンしてあげてください。

見ていると、アスカさんの体の色が、どんどん桃色からサーモンピンク、さらに真っ赤に変わっていきました。

アスカ「わた…。わたし…。さっき、こ、こんな文を…。読んだ…の…!?

マヤ「そうねぇ。すごく大きな声で読んでたわねぇ

アスカさんは真っ赤な顔を少しずつ上に向け、天井を見つめます。


アスカ「わたし………。わた………」

そしてそのまま、動かなくなりました。

マヤ「アスカ?

アスカ「………」

返答はありません。


そのまま制限時間は過ぎ、アスカ先生の画面には、大きな爆弾が表示されました。

マヤ「ふぅ…」

マヤ先生は、少し残念そうに、ココアを口にしました。

マヤ「これに耐えたら、その上でさっきの文章をもう一度読んでもらおうと思ったのに…

あんた、鬼だ。


マヤ「あなたの敵は討ったわよ。リオ


絶対にそんな気持ちとか、ないですよね。

思いっきり、個人的な動機で倒してますよね。


僕は静かにそう痛感しながら、マヤ先生の顔を見たのでした。




<女子 出席番号2番 春日アスカ> 死亡 残り生徒 2名


精神科医ユウの日記 <70%ノンフィクション 30%ユウの妄想>
モーニング女医。~指であそぶ女医。24


<前回までのあらすじ>

ついに始まったタイピング勝負。
相手が打ち込んだ時間+3秒の間に、同じ言葉を打ち込まないと失格!
そんな中、アスカもリオも敗退する。
残ったのはマヤとユウだけ! どうなる勝負!?


<本編>

リオ先生は、テーブルに突っ伏したまま、動きません。
アスカ先生は、惚けた顔で天井を見つめたままです。

僕は思いました。

この時点で、2位確定。

確か。

確か、勝負前のルールでは。

上位の人間は、自分より下位の人間に、何でもいいから一つ言うことを聞かせることができる。

すなわち、ここで万が一。

いや万がいくらかは、全然断言できないんですけど。

もし、マヤ先生に負けたとしても。
リオ先生、アスカ先生に何でも言うことを聞かせることができるんだ。

リオ先生に食事をおごらせることも可能だし。
アスカ先生に、手作りのお弁当を作らせることも可能だ。

いやいやいやっ!
何でもいいんだ。

どうせなら、あの。もっとすごい。
僕の頭の中に、激しいもん想(もんもんとした妄想のこと)が湧き上がりました。


マヤ「勝負が終わったら、あなたはどうなると思う?

ユウ「…は?」

その瞬間、僕はあわててマヤ先生の方を見ました。

マヤ「当たり前だけど、勝負が終わる=あなたが負けるという意味で
使っているんだけど


ユウ「………」

マヤ「とにかく、その場合にどうなると思う?

ユウ「………………………」



マヤ「自分から勝負を挑んで!」

うっ。

マヤ「それも私を待たせて!」

ううっ。


マヤ「ここまで手間ヒマかけたぶん、もんんんんんのすごいことさせてあげるわ!」


ううううっ。

マヤ「精神崩壊おこして、誰かを奴隷にしようなんて考えた瞬間に体がネズミのように縮こまるくらいにねぇ!


ううううううううううっ。


………って現在この時点で、すでにその傾向はあるんですけど。

僕はそう思いましたが、マヤ先生の迫力に口をつぐみました。


マヤ「さぁ、心と指の準備はできてる?」

ユウ「………」


そういえば。

僕って今まで、ほとんど何もしていない。


今までにやったことといえば、最初にちょっと打った以外は、

『しぎゃくですよ』って言ったくらいです。


何もしていないのに、あっというまに決勝戦。

これってもしかして、高校野球のシード校みたいな扱いなのでは。

そう思った瞬間、マヤ先生は心を読んだかのように言いました。


マヤ「あなたがシード校なら、私はサド校


あっちの勝ちだー。


マヤ「ここまでほっとんど何もしなくて。そして万が一、いえ億が一、いえ兆が一、いえ


もういいですから。

マヤ「もしそれでユウ先生が私に勝ったら」

ユウ「はい」

マヤ「それこそ、トンビに油揚げ、よねぇ」

ユウ「………」

マヤ「漁夫の利、とも言うかしら」

ユウ「………」

マヤ「そんなんで、勝っても誇れるの?

ユウ「うううっ!


来ました。

さっそくの精神攻撃です。
これに負けていたら、決して勝つことはできません。

マヤ「ねぇ、気がついた? そもそも私がどうしてリオとアスカをこの勝負に呼んだのか

ユウ「…そういえば…」

僕はそう思いながら、リオ先生とアスカ先生の方を見ました。

二人は相変わらず、茫然自失の状態です。



正直に言います。


このとき、実はですね。


僕は少し前から、アスカさんの胸元が気になってしょうがありませんでした。
アスカ先生はただでさえグラマーなのですが、今日のブラウスは胸元が大きく
開いているため、かなり目線が引かれてしまうのです。


マヤ「どんな勝負でもね、大切なのは精神。
タイピングであっても、それは同じことよ」

ユウ「…は、はいっ!」

今この瞬間、アスカさんの服にとても精神的に乱されてるわけですけど。


マヤ「ひとつの目的はね、あなたの精神的な実力を見極めるため。
二人の変則的なタイピングを見ても、あなたはほとんど動揺しなかった。
その点は合格よ」

ユウ「………」

まぁ、あの。
呆然として、何もできなかったという方が正しいと思います。

マヤ「そしてね、もうひとつの目的こそが」

ユウ「は、はい…」


マヤ「リオとアスカはね、保険だったのよ


いや、その保険、自分で倒しちゃってますよね。


そう思うまもなく、マヤ先生は微笑みました。

マヤ「この世の中に、意味のないものなんかないの

ユウ「…は?」

マヤ「そう。すべては伏線なのよ。大事なのは、あなたが気がつくかどうか


ユウ「……?」

僕は、きょとんとした顔でマヤ先生の顔を見つめます。

すると先生は、にこやかに微笑みながら言いました。

マヤ「うふふふ」

ユウ「………??」












だから、あなたは
負けたのよ。















………は?









僕が画面上を見つめると。

すでに画面いっぱいに文が打ち込まれていました。


言うまでもありません。

ただでさえ音の少ないマヤ先生の打ち込み。
さらにアスカ先生の胸に気を取られていた僕は、画面上の変化に気がつかなかったのです。


マヤ「これが、銀座の夜に極めた
  指づかいよ?


精神科医ユウの日記 <70%ノンフィクション 30%ユウの妄想>
モーニング女医。~指であそぶ女医。25
これは、4人のドクターたちの日常を描いた愛と情熱の日記です。


<前回までのあらすじ>

ついに始まったタイピング勝負。
相手が打ち込んだ時間+3秒の間に、同じ言葉を打ち込まないと失格!
そんな中、アスカもリオも敗退する。
残ったのはマヤとユウだけ!

しかしユウはアスカに見とれて、マヤの文を打ち込みを見逃す…。

どうなる勝負!?


<本編>

マヤ「リオは、『おとなの会話』と『おとなの単語登録』。
アスカは、『ボイス・タイピング』と、その応用技『おやじ・ボイス』」
それぞれがタイピングの必殺スキルを使ったわね」

最後のひとつは、マヤ先生が強制的に使わせたと思うんですけど。
その上「必殺」といいつつも、死んだのは本人たちだと思うんですけど。

僕は心の中で、律儀にそう突っ込みました。

マヤ「だから私も、必殺スキルを使おうと思うの」

ユウ「………」

マヤ「私のスキルは、なんだと思う?



僕はただ、画面を見つめます。

画面いっぱいに打ち込まれた文字。

そこには、こんな文が書いてありました。


マヤ>僕は負ける。僕は負ける。僕は負ける。僕は負ける。僕は負ける。僕は負ける。僕は負ける。僕は負ける。僕は負ける。僕は負ける。僕は負ける。僕は負ける。僕は負ける。僕は負ける。僕は負ける。僕は負ける。僕は負ける。僕は負ける。僕は負ける。僕は負ける。僕は負ける。僕は負ける。僕は負ける。僕は負ける。僕は負ける。僕は負ける。僕は負ける。僕は負ける。僕は負ける。僕は負ける。僕は負ける。僕は負ける。>ユウ(50秒)




何ですか、この電波系な言葉の繰り返しは。

しかしそう思っているヒマはありません。

本来なら50秒+3秒の53秒で打てばいいわけですが、僕が気づかなかった10秒弱の分があります。
すなわち40秒強で、これらを打ち込まないといけないわけです。

僕はただ必死に、キーを叩き始めました。


マヤ「あらあら? さながら、夏休み最後の日ってとこかしら?」

マヤ先生は、にこやかに言います。

マヤ「『今日のユニフォームは、セクシーな格好だから』。
   アスカにはそう言っておいたの」

ユウ「……」

マヤ「僕は負ける。これが全部で32個。そして時間を使ってしまったでしょう? すなわち1個につき1.5秒弱で打ち込まないといけないのよ。無理でしょ?」

ユウ「…………」

マヤ「もちろん、コピー&ペーストは使えないわよ?」

ユウ「………」

僕はただ打ち込みます。

僕は負ける。僕は負ける。

マヤ「まぁ、勝負にすら、ならなかったわねぇ」

どんなに挑発されても、答える時間はありません。


僕はただただ打ち込み続けます。

僕は負ける。僕は負ける。僕は負ける。僕は負ける。


マヤ「……うふふ……」

ユウ「………………………」

僕は負ける。僕は負ける。僕は負ける。
僕は負ける。僕は負ける。僕は負ける。



マヤ「………」

ユウ「………………………………………」

僕は負ける。僕は負ける。僕は負ける。
僕は負ける。僕は負ける。僕は負ける。
僕は負ける。僕は負ける。僕は負ける。





僕は、負ける。



ユウ「……僕は、負ける……」


タン。

リターンキーを押すと、画面上には、こう表示されました。


ユウ>僕は負ける。僕は負ける。僕は負ける。僕は負ける。
僕は負ける。僕は負ける。僕は負ける。僕は負ける。僕は負ける。
僕は負ける。僕は負ける。僕は負ける。僕は負ける。僕は負ける。
僕は負ける。僕は負ける。僕は負ける。僕は負ける。僕は負ける。
僕は負ける。僕は負ける。僕は負ける。僕は負ける。僕は負ける。
僕は負ける。僕は負ける。僕は負ける。僕は負ける。僕は負ける。
僕は負ける。僕は負ける。僕は負ける。(52秒)




マヤ「あら? 間に合っちゃった。なかなか、やるわね、ユウ先生」

ユウ「………………」


僕はしばらく、言葉を発することができませんでした。


ほとんどの方がご存知だと思います。

心理学には「自己暗示」というものがあります。
一定のキーワードを語りかけることで、無意識に気持ちをそちらに誘導することです。

さらに暗示には、一定の条件が必要です。

ただ単に言葉を語りかけただけでは、理性の壁がジャマをして、潜在意識にまで届きません。

その壁を破るのは…。


マヤ「壁を破るのは」

マヤ先生の声が響きます。

マヤ「『驚き』。そして『繰り返し』よね?

ユウ「………」

マヤ「まさか私の作戦が、アスカの洋服だけだなんて、思わないよね?」

ユウ「………………」


アスカ先生に気を取られ、そして突然に画面を見て気がついた、文字群。
これは十分な驚きに値します。

そして限られた時間の中のタイピング。
理性がどうのこうの言ってる場合ではありません。
ただ単に、何も考えず言葉を打ち込むしかない、その状況。

暗示にかかるのに、十分すぎるほどの条件がそろっていました。



マヤ「これこそが私の必殺スキル、『洗脳・タイピング』よ」




今回のタイピング勝負、まともなタイピング方法が出たことがない。


僕は心からそう思いました。



マヤ「ご気分は、どうかしら?」

ユウ「………………………」

僕は頭を横に振ります。


マヤ「一度インプットされた暗示は、そう簡単には消せないわ





そ、そんなこと、
ありません!




僕は思わず、そうつぶやきました。




するとその瞬間、マヤ先生は笑いながら言ったのです。





僕は!
























負ける。


頭の中に、その言葉が瞬時にこだましました。


(つづく)


精神科医ユウの日記 <70%ノンフィクション 30%ユウの妄想>
モーニング女医。~指であそぶ女医。26/30
これは、4人のドクターたちの日常を描いた愛と情熱の日記です。

<本編>

僕は負ける。

この言葉が、頭の中で何度も回転していました。

マヤ「打ち込めたのは、誉めてあげるわ」

ユウ「………」

マヤ「その打ち込み、親指シフトよね?」

ユウ「は、はい…」

マヤ「確かにその打ち込み方法がなければ、それだけの早さは、無理よねぇ」

ユウ「………」

誉めてくれているんでしょうか。
そう思う僕に、マヤ先生は言いました。

マヤ「でもね。それはあなたの首を絞めることになるの

ユウ「……」

マヤ「ローマ字入力は、1文字に、1打鍵か2打鍵

ユウ「……?」

マヤ「かな入力も、濁点などに1打鍵使うから、やはり1文字に、1~2打鍵

ユウ「は、はい…。でも…」

マヤ「でも、親指シフトは、どの入力であっても、完全に1打鍵

ユウ「………」

マヤ先生は何が言いたいのか。
しかし同時に、僕の心臓が、強く強くリズムを刻み始めました。


マヤ「……まだ分からないの?」

ユウ「………」

マヤ「暗示は、言葉を刻み込む。全部が完全に1打鍵の場合、
言葉で発するリズムと、打ち込むリズムが、完全に一緒になる

ユウ「………」

マヤ「リズムに乗って、語呂合わせを覚える学習法と一緒。
その暗示は、それだけ心の奥底に、深く深く染み入っていくわ

ユウ「………!!」

マヤ「いいわよ? 今からローマ字入力とかに切り替えても。
『僕は負ける』なら、『BOKUHAMAKERU』。
親指シフトで『ぼ・く・は・ま・け・る』と、打ち込むほどは強く心に刻まれないんじゃないかしら」

ユウ「………」

マヤ「もっとも、今でさえギリギリなのに、それをしたら確実に負けると思うけど




まさに、抜け出せない袋小路。
僕はその状態に気がつき、愕然としました。


マヤ「決まったかな…?」

先生は静かにつぶやきます。

ユウ「ま………」

マヤ「え?」





ま、負ける
もんかぁ!!!




僕は叫びます。



マヤ「へぇ…」

僕はとにかく、頭の中の言葉を追い払おうとしました。

マヤ「さぁっ! 早くあなたのお題を打ちなさい! 負けるユウ先生!?

マヤ先生の言葉が、僕の心に染み入ります。っていうか、えぐります。

その瞬間、僕は思いました。

そうだ。
方法は、ひとつしかない。

僕はすぐに画面に向かいました。

ユウ>僕は負けない。

マヤ「あら…?」

ユウ>僕は負けない。僕は負けない。僕は負けない。僕は負けない。
僕は負けない。僕は負けない。僕は負けない。僕は負けない。
僕は負けない。僕は負けない。僕は負けない。僕は負けない。
僕は負けない。僕は負けない。僕は負けない。>マヤ(45秒)


そうです。
もう、これしかありません。


まさに自己暗示。それも逆の暗示です。

自分の打ち込みを、同時に自分への暗示に使ったのです。


僕はそのまま、マヤ先生の顔を見ました。

マヤ「うふふふふふ

ユウ「…!?」

マヤ「忘れてるの?」

ユウ「は?」

マヤ「暗示は、単語で刻み込まれる。たとえ『負けない』と否定文にしても、
『負け』という言葉は、あなたの心の中に深く深くしみこんでいくのよ


ユウ「………!!」

そのときの僕は、それに気がつきませんでした。

で、でも!

そうです。
これは同時に、攻撃にもなっているはずです。


マヤ先生にだって、この言葉の打ち込みは、どんなに少なくても、暗示になるはず。

確かに先生の一人称は、「僕」ではありません。

しかしたとえどうであっても、一人称としての文を書く限り、
無意識に自分のことを重ねてしまう可能性も、なきにしもあらず…




そう思った瞬間です。

マヤ先生は、こんな風に打ち込んでいました。

マヤ>しもべは



変換



マヤ>僕は




「しもべ」で変換してる。



しもべは、まけない。

しもべ」と「負け」という単語がリンクしてイメージされても、

マヤ先生自身には痛くもかゆくもありません。






あなたは、
私には勝てないわ。




なんか今、僕も心からそう思っちゃいました。



どうなるユウ!?


精神科医ユウの日記 <70%ノンフィクション 30%ユウの妄想>
モーニング女医。~指であそぶ女医。27/30
これは、4人のドクターたちの日常を描いた愛と情熱の日記です。


<前回までのあらすじ>

ついに始まったタイピング勝負。
相手が打ち込んだ時間+3秒の間に、同じ言葉を打ち込まないと失格!

そんな中、マヤは「僕は負ける」という言葉を何度もタイピングさせる
「暗示タイピング」を使用。

ユウはどうする!?

<本編>

その後。

「僕は負ける」
「ユウは負ける」
「ユウは敗者決定。一生マヤの奴隷」
など、かなりハードな言葉をさんざん打つことになりました。

マヤ「さぁっ! ネガティブなイメージに押しつぶされなさい!

ユウ「ああああっ!」

僕の気持ちは、崩壊寸前です。




その瞬間、僕は思いました。

そうだ。

なんで僕は気がつかなかったんだ。



アスカ先生の、精神に響く、ボイスタイピング。
リオ先生の、脳髄を溶かす、お色気タイピング。
そしてマヤ先生の、心を凍らせる、暗示タイピング。

全員が、何らかのスキル使っていた。





こうなったら、僕も、やるしかない。

僕は前の晩に、徹夜で考えたスキルを、ついに使うことに決めました。





ユウ「ひ、秘技!」

マヤ「?」

ユウ「秘技、読めない漢字!

マヤ「………………」

ユウ「………………」



マヤ「なんだか、秘技の名前だけで全貌が判明してるわね




心から同感です。


マヤ「いいわ。じゃあハンデ。あなたの打ち込みの時、私は画面を見ない

ユウ「………」

何て屈辱。

微妙に快感ではありましたが、それについてどうこう言う余裕はありません。

僕は急いで打ち込みます。




ユウ>不倶戴天魑魅魍魎紺碧霹靂跋扈>マヤ(16秒)


しかし先生は、ただにこやかに笑うと、打ち込みを始めました。

マヤ>ふぐたいてんちみもうりょうこんぺきへきれきばっこ

変換

マヤ>不倶戴天魑魅魍魎紺碧霹靂跋扈>ユウ(15秒)


マヤ「これでいいの?







あっという間に、破られました。

マヤ「………」

ユウ「………」

先生は静かに打ち込みました。


マヤ>まさかこれで終わり?>ユウ(4秒)


何も言い返せない。

ユウ「ままま、まだあります!」

マヤ「じゃあ、どうぞ」

僕はマヤ先生の文を打ち込むと、あらためて言いました。


ユウ「秘ぎ…」

マヤ「早くしなさいよ


技の名前すら言わせてもらえません。

僕はすぐに打ち込みました。






ユウ>本曰の牛後ハ時から、しんゅじく駅で侍ち合わせしたよね?
それなのに、どうして遅亥リするの? 何なのその熊度は?>マヤ(30秒)








ユウ「ひ、秘技、『文脈効果、乱れうち』!




その瞬間、その場所にいた全員の時間が、凍ったように感じました。

つづく


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