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精神科医ユウの日記 <90%ノンフィクション・10%ユウの妄想>
モーニング女医。 04/16
                    ~バンドを組む女医。
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マヤ「ねぇ、私たちでバンドしない?


マヤ・リオ先生との昼食中に発された、突然の言葉。
僕は、中学生時代にタイムスリップしたのかと思いました。
ユウ「……………」
僕は深呼吸をして、もう一度確かめました。

ユウ「今、何と?」
リオ「だから、俺たちとバンドしないか?」

ユウ「……言っている意味がよく分からないんですけど…」

マヤ「だから、バンドしましょうよ」


いえ、それ語尾変えただけです。

ユウ「…なぜ、ですか…?」

マヤ「あのね、もうすぐうちの大学の、新入生歓迎の催しがあるでしょう?」
ユウ「…はい」
リオ「そこで、サークル勧誘のための音楽祭があるよな?」
ユウ「………」
マヤ「だから、私たちもバンド組むの」




今の、三段論法になってますか?




ユウ「………どうしてサークル勧誘に混じって、僕たちが出るんですか?」
リオ「何言ってるんだ!? 精神科の医局勧誘のアピールのチャンスだろう!!」
ユウ「え?」
マヤ「ねぇ、年々、精神科への入局希望者が減っているのは、どうしてだと思う?





先生たちがいるからです。


リオ「答えは一つ!」
マヤ「そう! 私たちのアピールが足りないから!」









妄想『現実から遠く離れた思い込み。決して論理的な説明では納得されない』
(精神医学用語辞典より)






精神医学知識を実感しました。



リオ「だからアピールのために、俺たちもバンド組んでそこに参加するんだ!」
マヤ「そう! ここでもし優勝でもしたら、医局の希望者続出!






脱退者が続出するかもしれません。



ユウ「………。バンド組むのって、すごく大変なことなんですよ?」

マヤ「………そうなの?」
ユウ「……。えぇ、お金だって時間だって、色々な努力や苦労だって……」



マヤ「じゃあ、ユニットにする




何ら変わってません。


ユウ「………大体先生たち、楽器なんてできるんですか?」

すると二人は、にこやかに言いました。


マヤ「タンバリン
リオ「トライアングル







音階つけましょうよ。



ユウ「ていうか、メンバーが僕たち3人じゃ、少なすぎると思いませんか?」

僕は、論理的説得がムダだと分かっていながらも、根気よく説得しようとしました。




リオ「何言ってるんだ!! ポルノグラフィティだって3人じゃないか!
マヤ「ゆずなんて2人よ!?








あぁ、やっぱりムダだった。


僕は、皮肉を言ってみることにしました。

ユウ「TMレボリューションなんて、一人でしたしね!


すると二人は、しばらく考えた後、こう言ったのです。


マヤ「そのとーり!
リオ「そう! やってやれないことはないんだ!!







うわぁ、もう何でもいいや。



そう思っていると、マヤ先生は言いました。
マヤ「……でもまぁ、もう一人くらいいたほうがいいかもね…」
リオ「…そうか?」
マヤ「ええ、責任も分散するじゃない?






そんなメンバー募集動機、聞いたことありません。



マヤ「私に心当たりがあるから…。任せておいて」
リオ「オッケー。じゃあ任せよう」
マヤ「じゃあ、今日の仕事の後、大学の正門に集合ね?」
リオ「よし! じゃあまたな、ユウ!」
マヤ「またね!」
ユウ「………はい」







ていうか。




今の会話の、どこからが僕がメンバーになった境界線なのでしょうか。



僕は、運命の歯車が、最悪のシナリオに向けて回り始めるのを感じました。


さぁ! 即席ユニットの最後のメンバーとは!?


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精神科医ユウの日記 <90%ノンフィクション・10%ユウの妄想>
モーニング女医。 04/23
                    ~バンドを組む女医。2
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(昨日までのあらすじ)
「ねぇ、バンドしない?」
突然、精神科アピールのためにマヤとリオとバンドを組むことになったユウ。
しかし二人は音楽に関してはまったくのシロート。
果たしてユウの運命は!?



集合時刻。
僕は病院の正門前にたどりつきました。
マヤ「お、ユウ先生、やっときたわね」

そこではマヤ・リオ先生が静かに待っていました。
マヤ「ほら、紹介するわね。この人がエリ」
エリ「あ、はじめまして」

そこには、とてもキレイな目をした、ロングヘアーの女性が立っていました。

マヤ「エリは私の友達で、今はうちの病院で心理を学んでいるの。でね?
楽器の実力がスゴいのよ!? バンド経験もあるし、特にシンセサイザーの腕前は、
日本でも5本の腕に入るくらいなの!!







「指」じゃないんですか。

エリ「いえ…。そんな…」

マヤ「すごいよねぇ、ユウ先生!?」
ユウ「あ、はい…」

すると、マヤ先生はエリさんに向き直って言いました。
マヤ「というわけで、バンドやりましょう」
エリ「…………なんですって?











今頼んでるんですか。


ていうか。


今のは、おだててたんですね。


エリ「ちょっ…。困ります! そんな急に言われても…!」
マヤ「そう言わないで。お願い!」
エリ「いえ、残念ですけど…。さすがに他人のためにそこまでは







サラっとすごいこと言ってますね。


するとマヤ先生は、にこやかに言いました。

マヤ「そう…。残念…。せっかくあの合コンでのスカートの事件、忘れてあげようかと思ったのに…

エリ「………」







数分後。
意気揚々とスタジオに向かうマヤ・リオ先生の後ろを、とぼとぼとついていくエリさんの背中に、
自分と同じにおいを感じました。




そしてスタジオの中。

エリさんは、ため息をつきながら言いました。


エリ「…それではまず聞きたいんですけど…。この中で、楽器経験者の方はいるんですか?」

するとマヤ・リオ先生が即答しました。

マヤ「タンバリン
リオ「トライアングル



するとエリさんは笑顔で言いました。


エリ「この中で、音階のある楽器経験者の方はいますか?




マヤ「……………」
リオ「……………」





さすが楽器の扱いのプロ。

人間の扱いもうまいと思いました。


すると、エリさんは僕のほうを見ながら言いました。

エリ「えっと…。さきほどから地味に座っている…。とってもカゲの薄い…。
流されることばかり多いような…。伏し目がちの…」

ユウ「ユウです





早く言わないと、キズ口がどんどん広がるような気がしました。


エリ「ユウさん…。あなたは?」




よくぞ聞いてくれました。

実は僕は、コンクールで金賞になったことがあるんです。

エリ「何か、楽器をされますか?」

僕はマヤ・リオ先生の方をチラッと見ました。
二人は、「まさか!?」という面もちで僕のことを見つめています。


あぁ。
僕は今、輝いている。

あのマヤ先生たちに優越感を抱けるなんて…。

エリ「…あの…。何の楽器を?」


僕は深呼吸すると、エリさんに言いました。


ユウ「ハーモニカを


エリ「それでは、みなさんゼロからのスタートと考えます























ダメなんですか。ハーモニカ。

さぁ!
彼らのパートは一体どうなったのか!?


わかむらますみさんからいただきました。
ありがとうございます!
ユウが色々と楽しそうです。


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精神科医ユウの日記 <90%ノンフィクション・10%ユウの妄想>
モーニング女医。 04/24
                    ~バンドを組む女医。3
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(昨日までのあらすじ)
「ねぇ、バンドしない?」
突然、精神科アピールのためにマヤとリオとバンドを組むことになったユウ。
音楽のプロであるエリを強引に仲間に入れ、ついにバンドがスタートする!
果たしてユウたちの運命は!?



エリ「…でも、全員がほとんど楽器経験がないんですよね…」

マヤ「…………」

エリ「どうしてそれで、バンドなんてやろうと思ったのですか?









…………………。




マヤ「ほら、聞かれてるわよ、ユウ先生?









いえ、僕じゃないです。



エリ「…ちなみに、その発表まで、あと何ヶ月あるんですか?



その質問に、マヤ先生は即答しました。


マヤ「4日

















二人の発言に、
明らかに
単位の違いがありましたね。



エリ「……………………」

リオ「…………………………」

マヤ「………………………………」












エリ「じゃあ、またいつかどこかで







その気持ち、分かります。



マヤ「何言ってるの!? 4日しかないって言ってるでしょう!?





その説得、逆効果なんですってば。



するとエリさんは、しばらくため息をつくと、言いました。



エリ「………一つだけ方法がないこともないですけど……。危険ですよ?」

マヤ「何でもいいわ! この際ゼイタクは言わない!」



エリ「とりあえず先に、パートを決めましょうか。みなさん、自分の好きなパートを言ってください」



マヤ「ボーカル!」 リオ「ボーカル!







分かりやすいほど、気が合うんですね。




エリ「……………二人もいらないんですけど……」






色々な意味で、同感です。



マヤ「私よ!」
リオ「オレだって!」



するとエリさんは、思いついたように言いました。

エリ「そういえば、マヤ…。確かあなた、絶対音感があるとか、書いてありましたよね…」





え。


マヤ先生は、水を得た魚のように叫びました。

マヤ「そうなのよ!! よく知ってるわね!!

リオ「な、なにぃっ!!」

エリ「それが本当なら、マヤがボーカルをやってもいいと思うんですけど…。
 ちょっと試してみてもいいですか?」

マヤ「………もっちろんよ……」




さぁ、マヤの絶対音感とは本当なのか!?
そしてボーカルの行方は!?


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精神科医ユウの日記 <90%ノンフィクション・10%ユウの妄想>
モーニング女医。 04/26
                    ~バンドを組む女医。4
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(昨日までのあらすじ)
突然、精神科アピールのためにマヤとリオ、そして音楽プロのエリとバンドを組むことになったユウ。
ボーカルはいったい誰になるのか? マヤの「絶対音感」とは本当なのか!?



絶対音感(ぜったいおんかん):
耳にするすべての音を、瞬時に「ドレミ」の音階で判別することができる能力。
数万人に一人しか持っていないと言われている。 



マヤ「いよいよ、私の本気を出すときが来たようね…









今まで遊んでたんですか。



そこにいる全員が心の中でそう突っ込みましたが、誰も口には出せません。


先生は、大きく深呼吸しました。

エリ「じゃ、私が音を出しますから、すぐに当ててくださいね」

マヤ「OK」

するとエリさんは、シンセサイザーのキーを押しました。


全員、固唾を呑んだまま、マヤ先生の言葉を待ちます。

先生は、静かに言いました。



マヤ「四分休符







それ、音感じゃないです。


エリ「………マヤ?」


エリさんの笑顔が、少しずつゆがんできました。




マヤ「いや、ちょっと待って!
しばらく使ってなかったから、サビついてたの!







絶対音感って、

物置のドアみたいなんですね。


マヤ先生は、手を振り上げて深呼吸をしました。

マヤ「…ふう…。これでOK。どんな音でも言ってみて?

その言葉に、われわれ3人は不思議に思いました。

エリ「…え? 言う?」


マヤ「…ド、レド?








…………………。



エリ「………いまの、まさか…」


マヤ「……レレド、ドドレ…














すごくウソくさいんですけど。




エリ「それ、本当なんですか?」


マヤ「ドレ、ドドレレドレドレド?










どうして「ド」と「レ」ばっかりなんですか。




エリ「………」

マヤ「………」

エリ「ド、レ、ミ、ファー♪

マヤ「レ、レ、ド、レー♪






それ、絶対に違います。






全員のしばらくの沈黙の後、エリさんは口を開きました。


エリ「負けちゃダメ、エリ……。負けちゃダメ、エリ……







人格崩壊しかけてませんか。


エリ「社会に出れば、これ以上の困難はいっぱいいっぱいあるんだから…






いえ、マヤ先生以上のは少ないのではないかと。


エリ「……。そうよ……。どうせ残された手はアレしかないんだし……。
それだったら音感なくてもビジュアル的にハデなほうが……」


マヤ「………」

ユウ「……………」

リオ「……………………」


エリ「決めました。ボーカルはマヤ。残りのお二人は、ギターとドラムをやっていただきます








………。





マジですか。




さぁ、突然に決まったパート!

果たしてエリの真意は!?
彼らの演奏に未来はあるのか!?


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精神科医ユウの日記 <90%ノンフィクション・10%ユウの妄想>
モーニング女医。 04/29
                    ~バンドを組む女医。5
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(昨日までのあらすじ)
突然、精神科アピールのためにマヤとリオ、そして音楽プロのエリとバンドを組むことになったユウ。
ボーカルはマヤ。そしてユウとリオは突然ドラムとギターに決まる…。


リオ「で、どっちがドラムで、どっちがギターなんだい…?」

エリ「そうですね…」

エリさんは僕たちの体を上から下まで見つめると、言いました。


エリ「顔からして







ちょっと待ってください。




エリ「リオさんがギターユウさんがドラムですね」





僕、ドラム顔なんですか。



リオ「よおおおおっし!!」

ユウ「そ、それはちょっと…」

僕はあわてて異論を唱えます。
するとエリさんがにこやかに言いました。


エリ「大丈夫ですよ。ユウさんにはドラムの才能があるんですから」



え。


エリ「ドラムとは、前面に決して出ず、後ろでただリズムを叩き続けるパート。
でも、それなくしては音楽はあり得ません。先ほどから見ていると、
ユウさんの生き方にピッタリだと思うんです」


ユウ「………………」


少し納得しかけていると、マヤ先生が言いました。


マヤ「そうよ。ドラムってステキじゃない。プロにもカッコいい人って、たくさんいるでしょう?
た……

ユウ「……………」

マヤ「…………トキオの松岡くんとか







今、『たま』って言いそうになりましたね。


リオ「そうだぞ、ユウ。あとGLAYのドラムとかな








あぁ、確かに彼はカッコいいですね。





って、ドラムいません。



どうにもやりきれない気持ちを抱えていると、エリさんが話を移しました。


エリ「……で、曲目はどうするんですか?」

すると、リオ先生がにこやかに言います。


リオ「ふふふ…。そういうと思ってな」

マヤ「……え?」

リオ「すでに作ってきた









ちょっと待ってください。


エリ「ちょ……。作ったって…」

リオ「あぁ、作ったんだ。…だって精神科の宣伝をするんだろう? 
オリジナルの曲じゃなきゃ意味がないじゃないか




また、エリさんが貧血気味になったような気がしました。


エリ「………ど、どんな曲ですか?」

リオ「ふふふふ……。見てくれ」

そして先生はカバンの中から、一枚の紙を取り出しました。

エリさんは急いでそれを取り、目を通します。
僕とマヤ先生も後ろから覗き込みました。



すると、こんなタイトルが書いてありました。



サイコー! サイコLOVE









今、少し頭がクラッと来ました。




しかし、ここで読むのをやめるわけにはいきません。

僕は深呼吸をすると、再びその紙に目を通しました。





OH YES
私は精神科




いきなりですか。



OH NO
あなたは性進化?



意味が分かりません。



いつまでもLOVE YOU MYダーリン



ダーリンって誰ですか。






ルルルル…。(繰り返し)











……………。





リオ「どうだ?





終わりですか?



僕は恐る恐る隣のエリさんを見ました。



エリ「負けちゃダメ、負けちゃダメ、負けちゃダメ、負けちゃダメ………







やっぱり現実逃避しますよね。



リオ「どうかなぁ? ちょっと過激かな?」




こんなときって、人は何て言ったらいいのでしょう。

膨大な心理実験の中にも、こんな場合に適切な言葉はなかったような気がします。


すると、マヤ先生が言いました。


マヤ「いいじゃない! ストレートで!






ストレートすぎます。


さぁ、技術も曲も最悪ランク!
それでもまともな演奏は可能なのか!?

発表まで、あと4日…。


待て、明日!

つづく



リオ先生ファンの方は、詞の部分が10%のユウの妄想だとお思いくださると、平穏に眠れるかと思います。


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精神科医ユウの日記 <90%ノンフィクション・10%ユウの妄想>
モーニング女医。 05/05
                    ~バンドを組む女医。6
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(昨日までのあらすじ)
突然、精神科アピールのためにマヤとリオ、そして音楽プロのエリとバンドを組むことになったユウ。
演奏も曲も最低ライン。果たして、ユウはどうするのか!?



それからの4日間は、まさに地獄の日々でした。


エリ「…いいですか? それでは、一曲集中で行います」
マヤ「え?」
エリ「コードも音符も分からなくても、ただ一曲を『手順どおり』に弾けばいいわけです。
すなわちみなさんは、手術を正確に再現するように、ただそのまま動きをコピーすればいいわけです」

その言葉に、マヤ先生は言いました。

マヤ「ちょっと待ってよ! 音楽の喜びは!?







音符読めるようになってから、言ってください。


エリ「……でも、これしか方法はないんです……」

マヤ先生も、エリさんの言葉に説得されるようにうなずきました。



そして僕たちは、それから4日間、エリさんの指示通りの練習を行いました。


確かに、それは理にはかなっていましたが。

ドラムの練習を、


ゲームセンターのドラムマニア


でやらされたのは、日本中で僕一人だと思います。


毎日のように通い、ただ一曲を、
小学生たちに混じりながらひたすら叩き続ける精神科医。



すでに涙も枯れ果てました。




曲は、「夜空ノ●コウ」。

エリ「本番ではちゃんとアレンジして、みなさんらしさを出すから大丈夫ですよ」

エリさんの言葉が、妙に頭に引っかかりました。






…そして、ついに迎えた本番当日。
僕とマヤ・リオ先生、そしてエリさんの4人は、本番よりも少し早く舞台裏に集まっていました。


どうせ、うちの学園祭のバンドなんて、見に来る人はほとんどいないだろう…。

そんな僕の予想は、完全に裏切られました。



大ステージ。
1000人近くいる観客。



ユウ「マ、マヤ先生…? 聞いてなかったんですけど…」

マヤ「え? だって言ったら逃げると思って




よく見抜いてますね。


さらに驚きはそれだけではありません。

他のバンドたちの実力も、僕の予想をはるかに超えていました。



おそらくこの中に、

「シャープは『鋭く』、フラットは『平らに』って意味じゃないの!?」
って憤慨するボーカリストや、

「マイナーコード? 冗談じゃない! うちのバンドはメジャーだ!」
って叫ぶギタリストは、


いないんだろうなと思いました。


そう思っていると、マヤ先生が言いました。

マヤ「緊張しなくてもいいのよ…? うちのバンドは、トリにしてもらったから




余計、緊張するんですけど。



考えている間にも、目の前で次々と演奏が終わっていきます。

うちのバンドまで、あと4組…3組…2組…。

そんなとき、僕は思いました。

こんなのに参加するくらい、時間が余っているのって、うちの病院のうちの科くらいだろうな…。



その瞬間、ちょっとした過去の記憶がよみがえりました。











………まさか。



そう思った瞬間です。

ステージのほうから、聞き覚えのある甘ったるい声が響きました。



アスカ「みなさんこんにちは~♪ 病理のドクター、アスカちゃんで~す♪






やっぱり。



さぁ、その演奏はいったい!?
そしてマヤ先生の反応は!?


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精神科医ユウの日記 <90%ノンフィクション・10%ユウの妄想>
モーニング女医。 05/06
                    ~バンドを組む女医。7
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(昨日までのあらすじ)
突然、精神科アピールのためにマヤとリオ、そして音楽プロのエリとバンドを組むことになったユウ。
ついに本番当日。別のバンドとして、病理の女医、アスカが歌い始めた!


これは現実です。

アスカさんが、どう考えても強引に引っ張ってきただろと思えるほどの年配のドクターたちを従えて、ステージで叫んでいました。

アスカ「病理では、死因究明をメインにしています。興味のある方は、入ってくださいね」

限りなく勧誘に近いMCを終えて、アスカさんは言いました。

アスカ「それでは聞いてください! 『お病理天国』!






何ですかそれは。



僕は不安で胸を高まらせていると、あの「おさか○天国」のメロディーで、まわり中にアスカさんの歌声が響きました。



アスカ「びょうりびょうりびょうり~、びょうりを食べると~



食べられるんですか。


アスカ「あたまあたまあたま~、あたまがよくなる~♪




アスカさんが言っても、すごく説得力ないです。


アスカ「びょうりびょうりびょうり~、びょうりにかかると~




…………。



アスカ「からだからだからだ~、からだにいいのさ~♪





いえ、すでに死んでます。




数々のやりきれない突込みを抱えながら、アスカさんの演奏は終了しました。


アスカ「みんなありがと~♪ これからもよろしくねー!」

意外なほどの盛況ぶり。
マヤ先生は、唇をかみ締めながら言いました。


マヤ「……負けてたまるもんですか……」




負けても、構いません。


そしてついに我々の番です。

僕は、あらためて見る1000人近くのお客さん、そしてはじめて目にする本物のドラムを前にして、静かに息を整えました。

ステージ中央に僕のドラム。
そして向かって左側でリオ先生がギターを構えています。

右側では、エリさんがシンセサイザーのキーを調整していました。

そして僕の真正面で、ミニスカートとジージャンを着たマヤ先生が、マイクを調整していました。




一度きり。失敗はできません。
緊張している僕に、マヤ先生はウィンクをしてきました。

そして先生は、リオ先生・エリさんとアイコンタクトをすると、お客さんのほうに向かいました。


その表情を見ると、今の自分の不安が吹き飛ぶような気持ちになりました。


そうだ。
僕たちは、今、4人でひとつなんだ。

心配することなんて何もないんだ。
だって、このバンドの中ではみんな一緒。みんな同じなんだから…。

そう思っていると、マヤ先生は観衆に向かって、にこやかに言いました。

マヤ「みなさん、はじめまして。私たち、精神科のドクターだけで構成されたバンド、
マヤと愉快な仲間たちです」








明らかにこのバンドの中で、みんな同じじゃなさそうだと思いました。




エリさんもリオ先生も同じような表情をしていました。



マヤ「それではみなさん…」

マヤ先生のその言葉に、僕はスティックを構えます。

曲は、「夜空ノム●ウ」のアレンジ。
リズムは原曲と同じですが、ただ、詞だけは当日までにマヤ先生が考えると言っていました。

でも、詞が何であろうと、ドラムである僕には関係ありません。
僕はマヤ先生のスタートを待ちました。


マヤ「聞いてください。夜空ノ不幸

















ちょっと待ってください。



さぁ、その歌詞とは!?
演奏は無事に終わるのか!?


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精神科医ユウの日記 <90%ノンフィクション・10%ユウの妄想>
モーニング女医。 05/10
                    ~バンドを組む女医。8
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(昨日までのあらすじ)
突然、精神科アピールのためにマヤとリオ、そして音楽プロのエリとバンドを組むことになったユウ。
ついに本番! マヤが放った歌のタイトルは、『夜空ノム○ウ』ではなく『夜空ノ不幸』だった…。



マヤ先生は、僕の方に目で合図します。

マヤ「いきまーす!!」

その合図とともに、僕たち4人は、同時にジャケットを脱ぎました。

下には、全員が白衣を着ていたのです。

狙いは、「演奏以外のところに気を引くこと」。

マヤ先生の提案したこのパフォーマンスに、観客全員は歓声(?)をあげました。


さぁ、もう戻れません。
どんな詞なのか不安でたまりませんでしたが、僕はドラムを鳴らし始めました。
同時に、エリさんはシンセサイザー、リオ先生はギターに手をかけます。


タンタラタラララ…。タララララ…。タララララ…。


マヤ「あれから この僕は 何かを信じてこれたかな


マヤ先生の包み込むような優しい声が、静かな聴衆の耳に響きます。

これはもしかして、イケるんじゃないか?

僕がそう思った瞬間です。

マヤ「夜空の不幸こと ある医者の 物語


なんですか、それは。

僕は、一瞬自分の耳を疑いました。
しかし無情にも、歌は続きます。

マヤ「教授の声に気づき 僕らは 身をひそめた






後ろめたいところがあるんですか。


マヤ「病院のフェンス越しに 夜に風邪をひいた







一晩中逃げてたんですか。


マヤ「患者さんが何か伝えようと 握り返した その手は



………。

マヤ「僕の首の やらかい場所を 今でもまだしめつける



首、しめられちゃってるんですか。



マヤ「あれから この僕は 何かを信じてこれたかな





深くしみ入る歌詞ですね。



マヤ「窓をそっと あけてみる



……。


マヤ「あけなきゃ良かったと後悔した





何がいたんですか。



その歌は延々と続きます。

先輩にいじめられ、教授に使われ…。
そんな研修医の悲哀を描いた歌でした。


ていうか明らかにモデル、僕ですね。



しかし歌のほうはなぜか盛況。
観客の中には医学生も多いらしく、妙な感情移入や連帯感が感じられました。


それを見ながら、僕は夢にあふれていた医学生のときを思い出しました。

歌は、まさに最後のサビに来ています。





マヤ「あのころの未来に 僕らは立っているのかな




明らかに違う場所に立ってます。




マヤ「夜空の不幸には もう明日が待っている






来てほしくないような気がします。



マヤ先生はそこまで歌うとマイクを下ろしました。
エリさんのシンセサイザーが、最後のメロディを奏で、そしてすべての演奏が終わりました。






静まる会場。


しかしその後に、会場中から万雷の拍手が起こりました。



喜べるような、喜べないような。



複雑な思いを抱えながら、僕はドラムのスティックを下ろそうとした、そのときです。

マヤ「みんなありがとー!! じゃあ、メンバーの紹介をしますねー!」




え。

そんな段取り、初めて聞いたんですけど。


しかしマヤ先生は言葉を続けます。

マヤ「まずはエリー! シンセサイザーの名手さんですー!!」


突然に紹介されたエリさんは、仕方なく手を振ると……。

いつものクセなのか、シンセサイザーのキーを叩き、軽やかなメロディを流したのです。












……………。





ちょっと、待ってください。



僕がそんな表情をエリさんに向けると、エリさんもそれに気がついたように
「しまった」という顔をしました。


そうです。
この後当然、僕やリオ先生も紹介されることになるでしょう。

しかし、エリさんが楽器を弾いてしまった流れでは、同じように僕たちも何かを弾かなきゃいけません。

でも。
僕たちは、この曲しか弾けないのです。



しかしマヤ先生はまったく気がつくこともなく、さらに言いました。

マヤ「そしてリオー! ギターの腕前は超一流!!



リオ先生は、明らかに動きが止まっていました。




さぁ、どうするリオ!? そしてユウ!!
次回、最終話! 長いステージに、ついに最後の決着がつく!


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精神科医ユウの日記 <90%ノンフィクション・10%ユウの妄想>
モーニング女医。 05/16
                    ~バンドを組む女医。最終話
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(昨日までのあらすじ)
突然、精神科アピールのためにマヤとリオ、そして音楽プロのエリとバンドを組むことになったユウ。
演奏は無事に終わるかと思いきや、その曲しか弾けないユウとリオは、最大のピンチに立たされた…。
長かったステージに、ついに終幕が!




「ギターの腕は超一流!」
そんな紹介をされたリオ先生は、明らかに困惑していました。

無理もありません。
コードも音階も分からず、ただ「動かし方」だけでやっと一曲だけ弾けるようになったのですから。

それ以外の曲はもちろん、アドリブなんて夢のまた夢です。

リオ先生は、ひきつった笑いで観客の方に手を振りながら、意を決したようにギターに手をかけました。
すると。




キュイーーーーーン。



先生のギターのシャープな旋律が、あたりに響きました。

まさか?

僕がそう思ってリオ先生の顔を見ました。
するとリオ先生も、「信じられない」という顔をしていました。


横を見ると、エリさんがポーカーフェイスのまま、シンセサイザーに手をかけていました。

そうです。
エリさんがこっそりと音を重ねてくれたのです。

観客は、誰一人として気づいていません。


リオ先生は、分かりやすいほどに表情を明るくすると、突然大きなモーションで、ギターを弾き始めました。
いえ、弾くフリをし始めました。



まさに、壮絶の一言でした。

リオ先生の手の動きに重ねながら、エリさんはギターの音を乗せていきます。
何も知らない人が聞いていると、リオ先生は天才ギタリストに見えました。

調子を良くしたリオ先生のパフォーマンスは、少しずつ強烈なものになっていきます。
床を転げ周り、アンプを蹴飛ばしたり。
まさに、バック・トゥ・ザ・フューチャーのマイケル・J・フォックスばりのアクション。


そこに問題は、何一つとしてありませんでした。


そう。


曲が「イエスタディ」だった以外は。



さらに調子に乗ったリオ先生は、腰を振り、ギターを上に振り上げたまま踊り始めました。
まさに、リンゴから出てきたサザエさんのタマ状態です。




そして。



その状態でもギターの音が聞こえていました。





なんていうか。



観客、別の意味で大ウケ。



異常なギターパフォーマンスが終わると、拍手が鳴り響きました。
リオ先生はにこやかに、僕に向かって言いました。

リオ「俺って、スーパーギタリストだと思われてるんだな!




いえ、ミスターマリックだと思われてます。


あたりは妙な熱狂に包まれていました。

マヤ先生は何事もなかったかのように、次の紹介に移ります。


マヤ「そしてユウ! 今世紀最後のドラマーです!」



僕はエリさんの方を見ました。
すると、彼女は僕にウィンクをしてくれました。

よし……。
僕も助けてもらえる!

僕は意を決すると、大きくスティックを振り上げ、ドラムに向かって振り下ろしました。




すると。




ちーん。





あたりに、静かな静かな金属音が響きました。
…たとえるなら。

ドリフターズのコントで、何かが志村けんの股間に当たったときのような。

もしくは、お坊さんが念仏を唱え終わったときの鐘の音のような。





………。


呆然としている僕の耳に、マヤ先生の声が響きました。

マヤ「そして最後に私がマヤですー!!」 






僕、これで終わりですか。




マヤ「みなさん、どうもありがとうございました! ももんが医科大学付属病院、精神科をよろしくお願いいたしまーす!!」


観客が、歓声をあげます。


僕はさっきの念仏のような音と一緒に、
自分の魂も成仏したような気持ちがしました。





そして、次の日。



マヤ先生は、食事をしている僕の前で、嬉しそうに言いました。


マヤ「音楽って、本当に楽しいのねー!!」

ユウ「…………」


マヤ「ねえ、今度はハモネプに







僕がすぐに逃げたのは、言うまでもありません。




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