□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
精神科医ユウの日記 <90%ノンフィクション・10%ユウの妄想>
モーニング女医。 7/4
~ピラミッドに登る女医。1
□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
それは、あの時の夏でした。
地獄のギリシャでの学会が終わり、あとは日本に帰るだけとなった時に、マヤ先生はこう言いました。
マヤ「ねえ、帰りに時間があるから、エジプトに行かない?」
僕にそれを断る勇気はありませんでした。
エジプトの首都、カイロに到着した初日の夜。
まさに草木も眠る午前2時のことでした。
こんこん。こんこん。
僕の部屋のドアに、突然のノックの音が響きました。
僕は慌てて跳ね起きます。
ユウ「だ、誰ですか?」
マヤ「私よ…」
ユウ「え!?」
マヤ「マヤよ…。中に入れて…」
落ち着け、落ち着くんだ、ユウ。
そんなウマい話があるわけないじゃないか。
いったい今まで、何度この手に騙されてきたんだ。
あっはっはっは。
逆夜這い?
そんなのは、アダルトビデオの中だけだ。
欲求不満の女医が、若い研修医の部屋をノックする。
ユウ「せ、先生…」
マヤ「異国情緒が、私を女にしたの…」
ユウ「ぼ、ボクのアレもエキゾチックですー!」
………。
気が済んだか、ユウ。
そう。
現実的に考えたら、危険の方が高すぎる。
マヤ「あ、起きてたのねユウ先生! じゃ、ちょっとコーラとアイスココア買ってきて!」
うん。より現実っぽい。
ていうか、万が一。
マヤ先生の声を音声分析している強盗だったら、どうするんでしょうか。
ここは日本じゃありません。絶対にないとは言い切れません。
音声分析までして研修医ごときの金は狙わないだろという突っ込みも却下です。
僕は最悪の事態を想像して、絶対にドアを開けないことを誓いました。
ユウ「あの、すみませんが…」
マヤ「ねえ、キモチいいコト、したくない?」
がちゃり。
僕は次の瞬間に、ドアを全開にしていました。
10分後。
僕とマヤ先生は、カイロの路上を二人だけで歩いていました。
マヤ「ほら、こっちよ」
僕は、未だにその状況を飲み込むことができませんでした。
ユウ「せ、先生…。本当に、ピラミッドに登るんですか?」
マヤ「とーぜん! ユウ先生だって、ピラミッドに行ってみたいって言ってたじゃない?」
行くのと登るのは、全然違います。
東京タワーに初めて連れて行ってもらえると大喜びの子供が、
いきなりタワーの側面をフリークライミングさせられたら、どう思うでしょうか。
ユウ「そもそもピラミッド登るのって、法律で禁止されてるんでしょう!?
捕まったら、牢獄行きですよ!?」
するとマヤ先生は、自信満々に言いました。
マヤ「大丈夫。捕まるときは一緒よ」
何の慰めにもなってません。
ユウ「そ、それにアレ、100メートル以上あるんですよね!? 落ちたら死にますよ!」
するとマヤ先生は、やはり笑いながら言いました。
マヤ「ユウ先生…?
人は一人で生まれて、一人で死んでいくのよ」
一人で死ね、ということですね。
マヤ「まあ、心配なのは分かるわ…。私だって心配だもの」
じゃあ、やめましょうよ。
マヤ「でもね。怖いことから逃げちゃダメ。人間には2種類いるのよ。
ただ安穏な暮らしを好む人と、生死のギリギリで戦って快感を得る人と」
僕は前者ですから。
ユウ「僕は、か、帰りますよ…?」
マヤ「そう…。まぁ帰るのは自由。誰も止めないわ。自分で決めなさい」
じゃあ、僕のバッグから手を離してください。
マヤ「でもね、心配する必要はないの。今回は、特別な助っ人に一緒に行ってもらうことにしたから」
ユウ「へ?」
そんなときです。我々の前に、二人の男性が現れました。
マヤ「こんばんは! ほらユウ先生、紹介するわね。オダさんとタニさん。
二人とも、ピラミッド登頂のプロよ?」
そんなプロ、欲しくないです。
オダ「よろしく!」
タニ「よろしくね」
二人の男性は、満面の笑みで握手を求めてきます。
僕はつられて握手をしてしまいました。
マヤ「二人とも日本からのバックパッカー。すでにカイロには…」
オダ「12年いますよ」
タニ「僕は7年」
僕はもう、帰ります。
マヤ「オダさんはね、カイロのことなら何でも知ってる。
『カイロのパパ』と呼ばれてるの」
せめて、『父』にしてあげて下さい。
マヤ「タニさんは語学がペラペラ。すごいのよ!?
あのNOVAで…」
ちょっと待て。
マヤ「8年も学んだんですって!!」
早く卒業してください。
タニ「HAHAHA! ノーノー! ナットアットオール!!」
絶対に怪しいです、この人。
オダ「あっはっは! タニくんは本当に、ジンガイみたいだなぁ」
あなたも一体、何者ですか。
マヤ「この二人に任せておけば、大丈夫! じゃあ、行くわよ?」
オダ&タニ「オー!!!!!」
ユウ「ほ、本気ですか!?」
もう抜け出せない歯車。
その瞬間、ユウの人生でもっとも危険な物語が走り始めました。
一体4人の運命は!?
待て、明日!!
□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
精神科医ユウの日記 <90%ノンフィクション・10%ユウの妄想>
モーニング女医。 7/6
~ピラミッドに登る女医。2
□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
(昨日までのあらすじ…
「ピラミッドを、素手で登ろう」 夜中に、マヤに提案されるユウ。
カイロを知り尽くした『カイロのパパ』ことオダに、NOVAで8年学んだという
語学マスター、タニという二人の助っ人とともに、ユウ・マヤは夜のカイロを出発する。
目指すはピラミッドの頂上! さあ、4人の運命は!?)
エジプトの夜は、にぎやかです。
大通りには、本当にたくさんの車が走っていました。
オダ「まずは、タクシーをつかまえなければなりません」
マヤ「そうね、オダっち」
いつのまにそんなに親しくなっちゃってるんですか。
タニ「そのためにはぁ、道路のあっち側に行かなきゃだめだよ、ダリーン♪」
まさか、『ダーリン』って言いたいんですか。
オダ「じゃあ、道路を渡ろうか」
僕はその言葉に、ハッとしました。
車は、途切れることなく続いています。
そしてそれどころか、全ての車が全速力で走っています。
ユウ「こ、こんなところ、渡ったら死んじゃいますよ…?」
マヤ「何言ってるの!? 心頭滅却! 死ぬ気で渡れば…」
精神論はいいですから。
オダ「大丈夫ですよ!! 交通量の多いエジプトでは、秘技があるんです」
ユウ&マヤ「え?」
タニ「YES、シークレット・テクニック!」
お願いだから、帰ってください。
オダ「ほら、エジプト人って、あの車の中を、すいすい渡っていますよね?」
マヤ「ええ…」
オダ「我々は、エジプト人の影に隠れて渡ればいいんです。
エジプト人は慣れてますから、ちゃんと車にぶつからずに渡ることができます。
だから自然、我々もぶつかることはないというワケですよ」
マヤ「さすが、カイロのパパねぇ…」
すると、オダさんはニコニコしながら、こう付け加えました。
オダ「それに、万が一車に衝突したとしても、エジプト人がクッションになってくれるから、影になる我々は助かるというわけです」
こんなの、絶対にパパじゃない。
僕は心の中で、そう叫んでいました。
タニ「YA-! クッション!」
それ、最初から英語だったから。
数分後、オダさんの悪魔のテクニックによって、無事道路を渡り終えた我々は、タクシーを止めました。
オダ「さあ、あとはピラミッドに向かって行くだけです。カイロからなら、30分もかからないでしょう」
マヤ「どうやってピラミッドに行って、って言うの…?」
するとオダさんは笑いながら言いました。
オダ「こんなときのために、タニくんがいるんです。頼んだぞ、タニくん」
タニ「YES!」
そして、タニさんは、僕たちの期待を一身に背負って、言いました。
タニ「ごー・とぅー・ぴらみっど!!」
あんた、帰れ。
オダ「ね?」
あなたも、
何に同意を求めてるんですか。
すると、タクシーの運転手さんは、「OK!」と叫ぶと、勢いよく走り始めました。
マヤ「あ、通じたみたい!!」
オダ「でしょ!?」
タニ「フッフーン♪」
いいのか、エジプト人。
僕は、そう突っ込みたい気持ちを、必死に抑えこみました。
10分後。
タクシーは、『ピラミッド・ホテル』という町外れの宿の前で止まりました。
呆然とするマヤ先生。
唖然とする僕。
オダさんは言いました。
オダ「こっちじゃ、よくあることなんです」
いや、ないよ。
オダ「気を取り直して、行きましょう!」
タニ「そうだねー!」
お願いですから、
あやまってください。
さあ、4人は夜が明ける前にピラミッドにたどり着けるのか!?
□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
精神科医ユウの日記 <90%ノンフィクション・10%ユウの妄想>
モーニング女医。 7/10
~ピラミッドに登る女医。3
□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
(昨日までのあらすじ…
「ピラミッドを、素手で登ろう」 夜中に、マヤに提案されるユウ。
オダ・タニという二人の助っ人とともに、ユウ・マヤは夜のカイロを出発する。
目指すはピラミッドの頂上! しかし4人は『ピラミッド・ホテル』に到着する…)
オダ「今度こそ、大丈夫です」
オダさんは、運転手さんに行き先を示しながら、言いました。
オダ「ほら、見えてきたでしょう? ピラミッドが」
彼の指し示した方向に、暗闇にそびえる大きな3つのピラミッドが現れました。
幼い頃から、写真で見てきた、憧れのピラミッド。
父「すごいだろう? エジプトの王様のお墓なんだぞ」
ユウ「へえー♪」
考古学を熱心に語る、父の姿。
夢中で聞き入る、幼い僕。
じっと眺めていると、その頃の思い出が鮮明に蘇ります。
夢だったピラミッドに、僕はついに到着したんだ。
僕の目頭が、熱くなってくるのを感じました。
ユウ「マヤ先生、僕…!!」
オダ「しーっ!! ここからは大声を出さないで…。
警察に見つかってしまうから」
できることなら、
もっと堂々と来たかったんですけど。
タニ「ビー・サイレントだよ、ベイビーたち♪」
こういう変なオプションも、
ない方が良かったんですけど。
マヤ先生は、自分の胸を抑えながら言いました。
マヤ「気持ちが高ぶってきたわ……」
しぼんできたのは、僕だけですか。
オダ「OK!! ここで止めてくれ! これ以上タクシーで近付くと、警察に見つかってしまう!」
オダさんはそう言って、タクシーを止めようとしました。
しかし、運転手は、走りつづけます。
運転手「ノーノー! ベストプレイス イズ オーバー ゼア!」
我々4人の動きが止まります。
タニ「あっちに行った方がベストだよ、と言ってますね」
分かってるから。
悩んでる場所が違うから。
オダ「ヘイ! ストップ!!」
運転手「イッツ オーライ!」
タクシーはさらに加速します。
オダ「マズいですね…。恐らく運転手は、より料金を取ろうとしているのでしょう。
もしくはわざと警察に捕まえさせ、分け前をもらおうとしているのかもしれません…」
ユウ「ど、ど、どうすればいいんですか!?」
すると、オダさんは渋い表情で言いました。
オダ「人間、あきらめが肝心です」
肝心どころか、
まだ何も始まってないし。
隣では、タニさんが慌てながら叫びます。
タニ「どんと!! どんと すとーっぷ!!」
いや、それ逆です。
我々のほとんどがパニックになった、そんな時です。
マヤ「スターップ?」
身も心も凍りつくような冷たい声で、マヤ先生が喋りました。
その瞬間、すさまじい音を立てながら、運転手はタクシーを止めました。
マヤ「サンキュー」
ユウ&オダ&タニ「………………………………………」
なんていうか。
『恐怖』は、世界共通言語なんだな、と思いました。
震えるようにタクシーが走り去ると、我々はピラミッドを目指して歩き始めました。
オダ「すぐですからね」
しかし、10分ほど歩いても、まだピラミッドははるか遠くに見えます。
マヤ「ねえ…。まだなの…?」
マヤ先生も、少しずつあせり始めます。
タニさんも、たまらず言葉を発します。
タニ「まだデースカー!?」
「なぜ日本語覚えたての外人みたいなんですか。」
と突っ込む気力もないほど、僕も疲れていました。
ユウ「オダさん…? 遠すぎません?」
するとオダさんは、照れくさそうに笑いながら言いました。
オダ「ちょっと、手前過ぎたみたいです」
………………。
運転手さん、ごめんなさい。
あなたが正しくて、間違っていたのは、
この人の存在全てでした。
すると、タニさんが言いました。
タニ「まあ、エジプトじゃあ、よくあることですよね」
オダ「そう!」
もう、エジプト関係ないから。
オダ「まあ、気落ちしてもしょうがありません! がんばって歩きましょう!」
タニ「そうですねー!!」
やっぱり、お願いですから。
一言でいいので、謝ってください。
さあ、果たしてピラミッドにたどり着けるのか!?
夜が明けるまで、あと2時間!!
□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
精神科医ユウの日記 <90%ノンフィクション・10%ユウの妄想>
モーニング女医。 7/11
~ピラミッドに登る女医。4
□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
(昨日までのあらすじ…
「ピラミッドを、素手で登ろう」 夜中に、マヤに提案されるユウ。
オダ・タニという二人の助っ人とともに、ユウ・マヤは夜のカイロを出発する。
夜明けまで、あと2時間…)
それからさらに20分後。
我々4人は、必死の思いでピラミッドのそばまでたどり着きました。
オダ「あと100メートルくらいです…。いいですか? ここからがポイントです。
この先は、何も障害物がありません。すなわち裏を返せば、それだけ見つかりやすいということです」
マヤ「…ええ…」
オダ「ほら、見てください」
僕は、オダさんの指し示す方向を見ました。
するとそこには、警察の制服を着た男たちが巡回していました。
オダ「だから、決して後ろを振り返らずに、ダッシュしてください。警察に捕まったら、おしまいですよ」
ぞくり。
僕の背筋に、寒気が走ります。
オダ「万が一、誰かが捕まったとしても、決して残りのメンバーは止まってはいけません。
つらいです。でも、目的のためには、犠牲にしなければいけないんです。
私たちの友情を」
いつの間に友達にされちゃったんですか。
オダ「じゃあ、行きますよ、準備はいいですか?」
マヤ「…いいわよ…」
ユウ「お、オッケーです…」
僕の心臓の鼓動が高まります。
タニ「スリー・ツー……」
誰があんたにカウント頼んだよ。
タニ「………………」
オダ「………」
マヤ「………」
タニ「スリー・トゥー…」
発音なんて、どっちでもいいですから。
タニ「ワン………ゼロ!!」
その声と同時に、全員が走り始めます。
ピラミッドまで、あと70メートル…50メートル…。
少しずつ距離が縮まります。
その瞬間です。
タニ「ノー!!!!」
一番後ろを走っていたタニさんが、周りから飛び掛ってきた警察官に捕まりました。
オダ「た、タニくん!!」
マヤ「タニさん!!」
タニさんは、逃げようともがきます。
しかし、抜け出すことはできません。
頭を押さえつけられ、腕を掴まれ、僕たちに向かって叫びました。
タニ「ぼ、ボクには構わず、行ってくれー!!」
言われなくても、そうします。
タニ「ボクには、構わずー!!」
ユウ「………」
マヤ「…………」
オダ「…………………」
タニ「構わずー!!!!!」
構って、ほしいんですね。
すると、マヤ先生は走りながら言いました。
マヤ「ユウ先生…。心をオニにしなきゃ、ダメよ」
あれを見捨てたくらいで、オニになっちゃうんですか。
オダさんは、涙ながらに言いました。
オダ「タニくんは、今回もダメだったなぁ…」
ちょっと待って下さい。
あの人、成功したことないんですか。
僕はそう思いながらも、必死に走りつづけました。
タニさんの影が、少しずつ小さくなっていきます。
タニさんの声が、断末魔のように聞こえてきました。
タニ「し、シーユー アゲーン!!」
また会うのかよ。
僕とマヤ先生は、極力聞こえないフリをしながら、走りました。
あと3メートル…2メートル…1メートル…。
ピラミッドが、目の前に近付いた、その時です。
そんな、バカな。
目の前に詰まれた、ピラミッドの石。
その一つ一つが、僕たちの背と同じ高さだったのです。
僕ははるか頂上を見ました。
真下から見ると、まさに壁のようにそそりたつ、ピラミッド。
頂上が、遥か彼方で見えません。
これを、登ると言うのでしょうか。
マヤ「ねえ、どうしてピラミッドを登るのが、違法になったか、知ってる?」
ユウ「…え?」
マヤ「昔は登るのが自由だったけど、落ちて死んだ人がいたから、禁止にされたのよ」
今、言わないで下さい。
マヤ「でも、やるしかないわね…。ユウ先生、もし怖かったら、帰ってもいいのよ?」
今、言わないで下さいってば。
後ろから、警察の男たちが走ってきます。
すでに選択の余地はありません。
僕は石に手をかけると、力いっぱい体を持ち上げました。
その時です。
オダさんが、静かにつぶやきました。
オダ「しまった…」
いったい何が起こったのか!?
□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
精神科医ユウの日記 <90%ノンフィクション・10%ユウの妄想>
モーニング女医。 7/18
~ピラミッドに登る女医。5
□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
(昨日までのあらすじ…
ついにピラミッドにたどり着く、ユウ・マヤ・オダの3人。
しかしその瞬間、オダは「しまった…」とつぶやく。
果たして何が起こったのか!?)
ユウ「な、何なんですか、オダさん!?」
僕は大声で聞きます。
マヤ先生も、固唾を飲んで返事を待ちます。
オダ「ここじゃ、なかったんです…」
時が、止まります。
ここじゃ、なかった。
それってもしかして、
「本当はパリのエッフェル塔に登ろうとしていた」
とか、そんなことを言い出すんじゃありませんよね。
…あっはっは。
我ながらつまらない読みだなぁ。
…っていうか、
この人なら、ありえます。
マヤ「どういう意味なんですか、オダさん!!」
すると、オダさんは言いました。
オダ「今我々がいるのは、ピラミッドの底辺の真ん中のあたりですよね?」
マヤ「え、ええ…」
オダ「ピラミッドは、四角錐の形をしています。断面図を切ったら分かることなのですが、今いる底辺の真ん中から登るよりも、四すみから登る方が、傾斜は緩いんです」
僕の背中に、冷感が走ります。
ユウ「ってことは…」
オダ「はい、落ちたら確実に、死にます」
ユウ「……………」
オダ「わ、私がバカだったんです!」
そんな今さら。
マヤ先生は、すぐになだめます。
マヤ「そんなに自分を責めないで…」
オダ「そうですね」
お願いだから、もっと責めて下さい。
そうこうしているうちに、警官が迫ってきます。
マヤ「もう、今からはじっこに移動する時間なんてないわ! しょうがないから、登らないと!!」
オダ「そ、そうですね! 捕まるくらいなら、死んだ方がマシですね!」
いや、捕まる方がマシです。
マヤ「何してるのユウ先生!? 早くー!!」
上からマヤ先生が叫びます。
後ろを見ると、警官たちが全速で走りよってきます。
僕は、あらためてピラミッドを見つめます。
はるか上まで続く、広大な壁。
僕はこの壁が、今までの人生を象徴しているような気がしました。
受験…。
恋愛…。
そして、仕事…。
僕は今まで、ずっと壁から逃げて来ました。
ここで、登らないと。
僕はいつまでも、逃げているばかりだ。
マヤ「ユウ先生!!」
警官「ヘイ! ストーップ!!」
僕は、気づくとピラミッドを登り始めていました。
はるか頂上からは、一体何が見えるんだろう。
僕は、どうしてもそれが知りたい。
僕の目には、迷いが消えていました。
マヤ先生は上から僕の顔を見ると、にこやかな笑顔で言いました。
マヤ「ふふ…。ユウ先生を見てたら、思い出しちゃった…」
ユウ「え…?」
マヤ「電流に追われて壁を登る、マウスの実験」
やっぱり、降りようかな。
さあ、3人を待つのは、栄光の頂上か! それとも冷たい地面か!?
緊迫の明日を待て!!
□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
精神科医ユウの日記 <90%ノンフィクション・10%ユウの妄想>
モーニング女医。 7/24
ピラミッドに登る女医。6
□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
(昨日…もとい前回までのあらすじ)
ついにピラミッドを登り始めるユウ・マヤ・オダ。
果たして3人は頂上にたどり着けるのか!?
人は、何のために登るのでしょうか。
英国の登山家ジョージ・マロニーは、言いました。
「そこに、山があるからだ。」
ピラミッド、その高さ100メートル以上。
当然、命綱も何もありません。
今の僕は、どうして命の危険を侵してまで、ピラミッドに登っているのでしょうか。
マヤ「あぁ…。やっぱり短パンで来て、正解だったわ…」
僕は、迷わずこう答えるでしょう。
「そこに、フトモモがあるからだ。」
体の奥底から湧き上がってくる、死の恐怖。
僕は目の前のフトモモを見つめ、夢中になっている間は、その恐怖を忘れることができました。
上から順に、マヤ先生、オダさん、僕が登っています。
オダさんの声が響きます。
オダ「そんなに震えなくても大丈夫ですよ、ユウさん。
落ちても、まれに死なない人もいるんですから」
99%、死ぬってことですね。
オダさんは笑いながら言います。
オダ「まぁ、心配しないで。この高さなら、まだ大丈夫ですよ。落ちてもカスリ傷くらいで済みます」
がらっ。
ユウ「うわっ!!!」
その瞬間、僕の足元の石が崩れました。
僕の視界が、すべてスローモーションになります。
マヤ「ユウ先生!?」
ユウ「あぁっ!!」
必死に周りの石をつかみます。
僕は何とか体を支え、幸いにも落ちる直前に踏みとどまりました。
足元の石はすごい音を立てて下まで転がり落ちていき…。
はるか下の方で、コナゴナになりました。
マヤ「………………………」
オダ「………………………」
ユウ「………………………」
オダ「………ねっ?」
何がだよ。
僕の首筋に、ドライアイスを当てたような戦慄が走りました。
マヤ先生は、僕の方に向き直ると、静かに言います。
マヤ「…ユウ先生?」
ユウ「は、はい…」
マヤ「お願い。もっと、大切にして」
どきっ。
マヤ「ピラミッドは、歴史財産なんだから」
そっちの話ですか。
マヤ「この石段一つを作るのに、
何人の人たちが命を落としたか、考えるのよ」
ここで、もう一人分落っこちそうなんですけど。
僕は、突っ込む気力もなく、必死に石にしがみついていました。
それを見たオダさんは、マヤ先生に言いました。
オダ「まあまあ、マヤさん。彼も反省してることだし」
反省だけは、してません。
僕は、息も絶え絶えになりながら登ります。
するとマヤ先生は、心配そうな顔をして言いました。
マヤ「ユウ先生…。命綱つけたげよっか?」
ユウ「え?」
マヤ「オダさんと」
自分は、イヤなんですね。
オダさんは、すぐに言いました。
オダ「あ、おかまいなく」
ていうか、俺にかまえ。
さあ、命の危険にさらされている3人!
そして、精神的な危機にもさらされている、ユウ!!
頂上まで、あと半分!! 果たしてたどり着くことはできるのか!?
わかむらますみさんから頂きました。ありがとうございます!
この直後蹴り落とされそうです。
□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
精神科医ユウの日記 <90%ノンフィクション・10%ユウの妄想>
モーニング女医。8/10
ピラミッドに登る女医。7
□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
(前回までのあらすじ…
ピラミッドを素手で登る、マヤ・ユウそして案内人のオダ。
果たして3人は頂上までたどり着くことができるのか?
そして、物理的にも精神的にも落下直前なユウの運命は!?)
落ちる。落ちる。落ちる。落ちる。
その言葉が、頭の中を回り始めます。
今、もしここから落ちたら。
『ばっこ~~ん』という効果音と共に、
地面に人の形に穴があいて、
『いたたた…』と言いながら、
頭にタンコブ作って穴から出てくるのでしょうか。
少年ジャンプのマンガみたいに。
……………
明らかに思考能力がマヒしているのを感じながら、僕は登り続けていました。
本当に大丈夫なのか、ユウ!
待て、明日!!
□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
精神科医ユウの日記 <90%ノンフィクション・10%ユウの妄想>
モーニング女医。8/21
ピラミッドに登る女医。最終話
□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
(前回までのあらすじ…
ピラミッドを素手で登る、マヤ・ユウ・オダの3人。
果たして3人は頂上にたどり着けるのか!?
7月4日から1ヵ月半に渡ってつづられた物語に、ついに結末が!)
落下の恐怖。
そして精神的な孤独感。
頭の中に浮かんでは消える感情と戦いながら、僕はひたすら登り続けます。
もし、万が一ここで死んだら、悲しんでくれる人はいるのでしょうか。
ユウ「あああっ! 落ちるー!!」
マヤ「あ、危ない、ユウ先生!!」
手を伸ばし、僕の手をつかむマヤ先生。
ユウ「マ、マヤ先生! いけない…。このままじゃ、マヤ先生も落ちてしまいます…!」
マヤ「何言ってるの、ユウ先生…。この手は死んでも離さないわよ…」
その言葉を聞いた僕は、ニコッと微笑みながら手を離します。
ユウ「…ありがとう…」
マヤ「い、いやああああ!! ユウ先生ー!!!」
………。
現実逃避は、楽しいか?
僕は、
自分の命を犠牲にしてまで、妄想を楽しむところでした。
でも、その時の僕は思いもしませんでした。
その妄想が、実現してしまうなんて。
ユウ「え……」
一瞬の油断。
僕の足が、石の上から滑り落ちてしまったのです。
ユウ「あああああ!!」
オダ「あ、危ない、ユウさん!」
叫ぶだけで、
決して手を伸ばすことのないオダさん。
僕はとっさに、オダさんのリュックをつかみました。
オダ「あばっ!」
つぶされたハエのような声を出しながら、
オダさんはピラミッドの壁にしがみつきます。
オダ「ユ、ユウさん! いけない…。このままじゃ、僕も落ちてしまいます」
さっきの妄想と、微妙に違う気がしました。
僕は、自信満々に断言できます。
この手は、
死んでも離しません。
人間の醜さを露呈したドラマが行われている中、
上からマヤ先生の声が聞こえました。
マヤ「着いた、着いたよ、頂上にー!!」
え。
ふと上を見ると、すでに頂上は目前でした。
マヤ先生は、そこから手を振っています。
僕の目に、ハッキリとゴールが映りました。
僕は必死に体勢を立て直すと、石にしっかりと足をかけ、登り始めました。
オダ「ちょ、ちょっとユウさん!?」
後ろからの雑音は、すでに耳に入りません。
夢にまで見た、ピラミッド。
その頂上に僕は今、やっとたどり着くことができるのです。
あと4段。
あと3段。
僕の胸が、破裂しそうなほど脈打っています。
あと2段。
いったい頂上には、どんな景色が広がっているのでしょうか。
あと1段。
あと…
「ロン。タンヤオ」
はい?
僕は一瞬、夢を見ているのかと思いました。
静かに深呼吸すると、目をこすり、もう一度周りを見回します。
数平方メートルの広さがある、ピラミッドの頂上。
そしてそこに立ち尽くす、マヤ先生。
ここまでは無問題です。
問題は、床で座り込んで、
マージャンをしている四人組でした。
オダ「あ、みなさんー!」
後ろから登ってきたオダさんが、4人に向かって話しました。
「あ、オダさん! こんばんは!」
「オダさんが登るって言うから、先回りしてました!」
オダさんは、笑いながら会話します。
オダ「またやってるんだな、ピラミッドマージャン」
それって、世界最高の場所で行われる、
世界最低の遊びですね。
オダ「あ、マヤさんにユウさん、紹介します。
彼らはバックパッカー仲間です。こいつらは、
万里の長城でもマージャンをやってて…」
他にやること、ないんですか。
呆然とするマヤ先生に僕。
すると、彼らのうち一人はオダさんに言いました。
「聞いてくださいよ、オダさん!
今、僕の満貫が、タンヤオで流されちゃったんですよー!」
我々の感動の瞬間も、タンヤオで流されました。
マヤ「ちょっと、私も入れてくれるかしら…」
そこには、ゾッとするほどの冷たい声を発する、マヤ先生がいました。
ピラミッドを降りると、下には大勢の警察官がいました。
彼らは当然のごとくワイロを要求してきましたが、
妙に潤ったマヤ先生が要求の倍額を払うと、
彼らは丁寧にも街まで送ってくれました。
そして次の日。
クタクタに疲れきった僕の部屋に、再びマヤ先生が入ってきました。
マヤ「ねえ、エジプトにピラミッドって、40個もあるんだって!!」
その日の晩に僕が荷物をまとめたのは、言うまでもありません。
完