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精神科医ユウの日記 <90%ノンフィクション・10%ユウの妄想>
モーニング女医。 特別編
                         ~ビデオを運ぶ女医。
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<登場人物紹介>
◆マヤ◆天下無敵の精神科女医。どんな人の心も思いのままに操る「セクシー心理学」を
自在に使う。しかしなぜかオトコはできない。
◆リオ◆分析心理学を極めた、流浪の精神科医。会話を一言交わすたびに、相手の秘密を
3つは覗けるほどの分析力。女性に目がない。
◆ユウ◆虐げられるために生まれたような男。丁寧だが内気で弱気。
特技なし、趣味盆栽。好きな言葉、「生真面目」。
(このドラマは、実体験をもとにアレンジを加えた、フィクションだと思われます。
名称の酷似した実在の精神科医たちには、たぶんほとんど一切関係がありません)

<第1夜> ナリタをビデオがツウカする!? (キャスト…ユウ、マヤ)

…マジ?

その時、僕は思いました。
1週間のアメリカ旅行。やっとの思いで成田に帰り、入国審査の順番を
待っていたとき…。
同行したマヤ先生の手には、自慢げに2本のビデオが握られていました。
マヤ「へっへー。いいでしょー? …って、ナニ驚いてるの?」
ユウ「そ、それって…まさか…?」

誤解であってほしい! 誤解であってほしい! 僕は、必死に神に祈っていました。
マヤ「うん! 裏ビデ…!」
ユウ「わーーーっ!!!」
あたりの目が、一斉にこっちを向きます。
ユウ「ちょ、ちょっとこっちに来て下さいね、マヤ先生?」
マヤ「え、何で? 急がないと今夜のドラマ見れなくなっちゃうでしょ?」

ドラマどころか、外の風景すら見えなくなるっちゅうねん!
僕はそう思いながら、マヤ先生を脇に連れ込みました。
ユウ「ちょっと! 何で、そんなの持ってきてるんですか!!」
マヤ「ええ? だって、医局の人たちが、買ってきてって言うんだもん。
1本10万円で買うって言うのよ? 2本で20万よ? すでに、ユウ先生の
研修医の給料より高いのよ?」

それは関係ないだろ。
僕はそう思いましたが、口には出せません。
ユウ「だって、税関で見つかったら、どうするつもりなんですか? 違法ですよ!」
マヤ「え?」
ユウ「違法! 違法なんですよ!!」
マヤ「……」
ユウ「……」
するとマヤ先生は、唇に2本の指をあてると、タバコをふかす仕草をしました。
マヤ「…マジ?」
ユウ「……はい」
マヤ「違法だったのー!?」

知らなかったんかあ!!
ユウ「だって、そんなの常識でしょうが! 日本のはちゃんとモザイクがかかってる
でしょーが!?」
するとマヤ先生は、不思議な目をして言いました。
マヤ「え? 私が今まで見てきたのって、モザイクなんか、かかってなかったわよ?」

あんた、どういう人生送ってきたんだ。
そう思っても、もちろん言葉にはできません。
ユウ「とにかく! これはトイレにでも捨てましょう!」
マヤ「はぁ!? そんなコトできるわけないでしょ? 20万円捨てていくような
モンよ!?」
ユウ「捕まったら前歴になるんですよ!? ご自分のこれからの人生と、20万円と、
どっちが大切なんですか!?」
マヤ「…………。人生かな?」

何だ、その「間」とクエスチョンマークは。
ユウ「その上、僕まで共犯にされちゃうんですよ! 僕の人生と…」
マヤ「20万円」

即答かよ!!
マヤ「いい? 私はぜtttttttttttったいに捨てないわよ!!」
ユウ「ダメですって!」
するとマヤ先生は、ウィンクしながら言いました。
マヤ「ちょっと、よく考えてみてよ。今まで、成田の税関で、そんなカバンの奥底まで
調べられたことがある?」
ユウ「え…?」
マヤ「ないでしょ? 大体、1日に何千・何万と来る旅行客、全員にそんなコト
やってたら、係員も体が持たないっての。せいぜい、チラッとチャック開けて
おしまいでしょ? じゃあ、大丈夫じゃない」
ユウ「え…でも、時々、全部出されてる人だって、いるじゃないですか?
勝新だって、パンツの中まで…」
マヤ「そんなの、タレ込みがあったに決まってるでしょ?」
ユウ「う…。でも事実、僕の友達は二人、裏ビデオ発見されてるんですよ?」
マヤ「そぉ、れぇ、はぁ、その人が特別アヤしい雰囲気を出してたのよ」
ユウ「うう…。でもだからって…」
僕がそう言おうとすると、マヤ先生は1枚のコインを出しました。
ユウ「な、何ですか?」
マヤ「いい? 私はあっち向いてるから、このコインをどっちかの手に握ってよ。
どっちに入ってるか、百発百中で当てたげるから」
ユウ「は?」
マヤ「早く!!」
しょうがないので、僕は言われた通りにしました。
ユウ「いいですよ」
マヤ「じゃあ、目をつぶって、両手を前に伸ばしてから、少しずつ左右に開いて」
ユウ「はあ…」
僕は半信半疑ながら目を閉じて、少しずつ腕を開いていきました。
マヤ「ふふ…。分かったわ…。右でしょ?」

…当たっていました。
ユウ「…で、でもこんなの、2分の1じゃないですか!」
マヤ「じゃ、もう一回やってみる?」
ユウ「も、もちろんですよ!」

数分後。僕はその状況が信じられませんでした。何と7回連続で当たったのです。
マヤ「えっと、2の7乗は128だから…。128分の1よ? これでも偶然?」
ユウ「ど、どうして当たるんですか!?」
マヤ「マジシャンは、タネを明かさないんだなぁ♪」

いつからこの緊迫した状況が、マジックショーになってんだよ。
ユウ「そ…、そんな事言わずに、教えてくださいよ…」
マヤ「しょうがないわね…。ねえ、『心の動きがもっとも表れる場所』って、
どこだか分かる?」
ユウ「目…ですか?」
マヤ「そう! 『目は心の窓』って言うしね」
ユウ「で、でも目を閉じてるんだから…」
マヤ「最後まで聞く! でももちろん、目を開けてもらって動きを観察しても、
本人も『目の動き』に気を使っちゃうから、左右どっちか判断することは難しいの。
でもね、あえてその目という『心がもっとも表れやすい部分』をふさぐ事で、
相手を安心させると…」
ユウ「え、まさか…」
マヤ「その、まさか、よ。『隠さなきゃ』っていう理性のカバーが外れて、
本音が別のところに表れてくるの。この場合は、『鼻』ね」
ユウ「………」
マヤ「手を開くとき、よく鼻を観察すると…。無意識のうちに、コインがある方を、
心配のあまり鼻が追っちゃってるのよ」
ユウ「へえー! すっごいですねー!!」
マヤ「でしょー!?」

二人の間に、しばし和気あいあいとした時間が流れました。
ユウ「…でも、だから何なんでしょうか…」
僕は、おずおずと聞いてみました。
マヤ「かーっ! いい? こういう心理は、税関の係員にとって、初歩の初歩なの」
ユウ「え!? じゃあ、なおさら…」
マヤ「最後まで聞きなさいっての! で私はもちろん、そんなことは全部知ってる!」
ユウ「ええ? それって、もしかして…」
マヤ「そう。私は昔、税関の係員養成の講義をしていた……ことがあったのよ」
ユウ「ええっ!! じゃあ!」
マヤ「そうっ! 私が、弟子みたいなあいつらに発見されるワケない!!」

僕の心は大きく動きました。
ユウ「で、でも…。万が一ってことだって…」
するとマヤ先生は、こう言いました。
マヤ「無事通ったら、一晩このビデオ、貸したげるけど?」

その一言で、全てが決定しました。

マヤ「じゃあ、行っくわよー!!」
ユウ「はい!!」
そして二人は、ゆうゆうと入国審査を通り抜け、税関の前に歩いていきました。
しかし、その時僕は、あまりに喜び勇む気持ちのため、マヤ先生がボソッと
言った言葉に気付きませんでした。

マヤ「税関の係員養成の講義をしていた『気分になった』ことがあったんだけどね…。
ふふ…。ワクワクするわ…。心理勝負よ、税関ちゃん? 私に勝てる?」

さあ、ユウとマヤの運命は一体どうなるのか!?
緊迫の次号に続く!
<第2夜> ナリタをビデオがツウカする!?<後編> (キャスト…ユウ・マヤ)

マヤ「ねえ~ん。今夜はどうするのぉ?」
ユウ「マ、マヤ先生…」
マヤ「だーめ。マヤって呼んでぇ?」
ユウ「…足踏まないで下さい…」

日本時間午後4時55分。成田空港、税関前。
僕は、覚悟を決めたはずでした。でも、この湧き上がる不安は、一体何なんでしょう。
僕の頭に、さっきのマヤ先生の言葉がよぎります。

マヤ「腕組むわよ」
ユウ「な、何でですか!?」
マヤ「まさか、カップルが裏ビデオなんか見るはずがないでしょ?」

それのどこが心理学だよ!
僕はそう思いましたが、とても口に出すことはできませんでした。

マヤ「…ほら、見て。やっぱり、この列って、回転が早いでしょ?
これなら、私たちも、ほとんど調べられないで終わるって」
ユウ「な、何で分かったんですか?」
マヤ「クレッチマーの分類って知ってる? 彼は人間を、3種類に分類したのよ。
循環気質・粘着気質・分裂気質の3つ。それぞれ体型は、肥満・筋肉質・やせ型
なの。あの係員は、やせてるから、ほぼ純粋な…」
ユウ「分裂気質?」
マヤ「そうっ! そして分裂気質の人は、仕事の展開が早い! 淡々とこなして
いくの! ちなみに、逆に一番ねちっこいのは、筋肉質の、粘着気質ね」
ユウ「さ…さすが、マヤ先生」
二人の空気が、和んでいくのが分かりました。
…そう。その声さえ聞こえなければ。

係員「変わろうか?」
係員「おう、頼むわ」
一瞬、僕とマヤ先生は、何が起こったのか分かりませんでした。

ユウ「あの…、マヤ先生…。係の人が、代わったように見えるんですけど…」
マヤ「…そのようね…」
ユウ「その上、筋肉質な方なんですけど…」
マヤ「…そのようね…」
ユウ「…5時で、係員さんって、交代するんですね…」
マヤ「…それはさすがに、心理学じゃ分からないわね…」
ユウ「どうするんでしょうか…?」
マヤ「……お手上げだわね」

早いな、おい!!
ユウ「今から他の列に移るのは!?」
マヤ「そんなことしてみ…。明らかに怪しさアップでしょうが」
ユウ「あ…」
マヤ「まあ、とりあえず人間選択では失敗したけど…。まだこっちには、
2重3重の心理の罠があるから、大丈夫。たぶ…」
ユウ「……」
マヤ「絶対に」

今、『たぶん』って言おうとしただろ!?
マヤ「ほら…気合入れてね」
ユウ「え?」
その声に前を見ると、すでに係員が目の前に来ていました。
まさか!! こんなにも早く、勝負の時が来るとは!!
係員「今回の旅行先は?」
そう言われて、僕はまた、さっきの会話を回想しました。

マヤ「はい、今回の旅行先は、って聞かれたら?」
ユウ「アメリカと、あとちょっとだけナイアガラの滝に行きました」
マヤ「違う!! ナイアガラの滝と言えば、カナダにも接してる!!」
ユウ「はあ…だから?」
マヤ「旅行先は? と聞かれたら、こう言うの。『アメリカとぉ…カナダ!!』」
ユウ「へ? ナゼですか?」
マヤ「例えば、『知的だけど冷たい人』と、『冷たいけど知的な人』だったら、
どっちの方が、いい印象を受ける?」
ユウ「まあ、後者ですかね…?」
マヤ「そう!! それは、『後に言った方が、印象に残る』からよ!!
これを、近接効果って言うの! やっぱりカナダの方が大自然とかで、アメリカより
健康的な印象が強いからね! まさか、カナダで裏ビデオは連想しないでしょ?」
ユウ「はあ…」

それでもちょっとだけ連想してしまう自分は、異常なんだろうか、と思いました。
係員「ちょっと! 今回の旅行先は、どちらでしたか?」
僕は再び現実に引き戻されます。冷静を保って、先生の指示通りに言おうとしました。
ユウ「あ、あの…アメリカと…」
するとマヤ先生は、息を吸い込むと、さえぎるように、こう言いました。
マヤ「アメリカと、かっなーだあ!!」

それはいくら何でもやりすぎだろ。
そう思う僕の予想通り、係員の目がギラリと輝きました。
彼はパスポートをじろっと眺めると、こう言いました。係員「ほう…、アメリカには、1週間のうち、6日間滞在、と…」
マヤ「そうですが?」
係員「お買い物の時間も、たくさんあったでしょう」

マズい!! 僕はそう感じて、慌てて言いました。
ユウ「いや、学会で忙しくて、そんな時間は…」
マヤ「たくさん、ありましたよ」

素で答えるなよ!!
係員「そうですか。ちょっと、荷物全部開けてくれますか?」

あっと言う間に大ピンチです。僕は小声でマヤ先生に言います。
ユウ「ヤ…ヤバいですよ!」
マヤ「だ、大丈夫よ。まだ最後の手が残ってる」

もう最後かよ!!
するとマヤ先生は、二人の荷物、全部で3つをまとめてデスクの上に置きました。
僕は、またさっきの会話を思い出しました。

ユウ「ええっ!? どうしてそんなに浅いところに隠すんですか!? もっと深い…」
マヤ「ところに隠したくなるのが、人情よね? でも、違うんだなぁ、これが」
ユウ「どうして?」
マヤ「人間には固定観念があるの。『見せたくないものほど、隠したがる』ってね。
だからわざと浅いところにおいておけば、注意は払わないのよ」
ユウ「へえ…」
マヤ「勝新も、コカインをおおっぴらに出しておけば、捕まらなかったと思うわ」

いや、それはやっぱり捕まるだろ。
そう思っても、目がランランと輝くマヤ先生に、とても言うことはできませんでした。

マヤ「荷物は、これで全部です」
マヤ先生は、係員の前で、自信満々にチャックを開けていきます。
ビデオの入っていない2つがまず開けられました。
係員「失礼しますよ」
すると、何と彼は、奥の方しか調べていません。僕は、信じられない気分でした。
「ね?」 マヤ先生が、目で僕にそう言っていました。
思うに、肝心な荷物を最後に持ってきたのは、先ほどの「後に言ったカナダ」の
近接効果が残っているため、その裏をかこうとしていたのかもしれません。
マヤ「で、あとはこれだけです」
そして先生は、今までと同じように、ごく自然にそのバックのチャックを開ける…。
そのはずでした。

がちゃり。

その時、今までとは明らかに異質の音がしました。
そう。マヤ先生の指輪と、ビデオが当たったのです。
係員「ん!?」
その瞬間、思わず青ざめる我々の表情。それを係員は見逃しませんでした。

マヤ先生は、左中指にはめている、その指輪のことを、
「見るたびに笑う、スマイ・リングよ」 と言っていたことがありましたが、
さすがにこの時は笑えません。

係員「ほう…ビデオが当たった音でしたか」

万事休す、です。
僕は不安のあまり、マヤ先生の顔を伺いたくなりました。
しかし、その時に、先生のセリフを思い出しました。
マヤ「怪しまれるから、不安になっても、絶対に互いの顔は見ないこと!」
…そうだ。がんばれ、ユウ!! 僕は自分を奮い立てました。
でも、チラッと見るだけなら…。
すると、マヤ先生は、思い切り不安げに、こっちの方を見続けていました。

思いっきり見てるじゃんよ!!!
そうこうしているうちに、係員は入念にビデオをチェックし始めます。
係員「タイトルは、と…」

そこで、僕の頭に、再びさっきの会話がよみがえりました。
マヤ「今は日本でやっていないアニメが、海外でやっていることって、結構あるのよ。
だから、万が一見つかった時のために、アニメのタイトルに書き換えておくの」
ユウ「で、どうしてアニメなんですか?」
マヤ「見つかった時に、『子供へのお土産』って言えるでしょう? 係員なんて、
ほとんどが年輩だから、子供のかわいさはよく知ってるはず。それを疑うことは、
自分の子供への愛を疑われてるのと同じだから、無意識に避けちゃうのよ」
ユウ「はあ…前に言ってた、自分自身の『投影』ですね?」
マヤ「その通り!」
ユウ「なるほどぉ。それに、マヤ先生なら、子供がいるって言うのも信憑性が
ありますもんね」

あの直後に食らった肘打ちは強烈でした。

係員「ん? 何ですか、これは?」
え? そう言われて我々は、すぐにビデオのラベルを見ました。
そこには、こう書いてありました。
『フランダンスの犬』

「フランダース」と「フラダンス」を混同してるよ!!
係員「フランダンス? フランダースですよね? …面白いですね。
まるで、あわてていて、書き間違えたかのような…」

その通りだよ、絶対に!
係員「あれ、2本ありますね? ふうん…」
まだ何かあるのか!?
その声に、指し示された2本を見ると、それぞれには、こう書いてありました。
『フランダンスの犬~上・下』

あの長編アニメが、『上・下』の2本で完結するかあ!!!
マヤ先生は、微動だにしていません。
…さては、見たことなかったな…。
そういえば、「セクシー心理学」でも、1回用語間違えてたことがあったし…。
でも、そう思っても、すでに後の祭りです。
さすがに、愛する子供へのビデオで、そんな初歩的な間違いをする親はいません。
係員「ちょっと、こちらに来てもらえますか?」

もう、僕の魂は一気に天に召されます。
逮捕され、刑務所の中で一生を過ごす自分が目に浮かびました。
…その時です。

マヤ「ちょっと待ってください」
係員・ユウ「え?」



午後5時半。特急成田エクスプレス内。
ユウ「信じられませんね…」
僕は、深々と溜息をつきました。
マヤ「あら? 私は充分、予想通りだったと思うけど」

僕は、こうしてここにいる現実をかみしめると、さっきまでの出来事を、ゆっくりと
思い返しました。


マヤ「…正直に言いましょう。そのビデオは、アニメじゃありません」
ユウ「ってちょっと、マヤ先生!?」
係員は、「それ見たことか」という顔をしました。
係員「だったら…」
マヤ「申し遅れましたが、私は精神科医です」

それが、何の役にも立たなかったから、この状況が起こってるんじゃないかあ!!
そう思う僕を尻目に、マヤ先生は話を続けました。
マヤ「そのビデオには、ある患者の病状が記録されています」
ユウ「え?」
マヤ「私には、刑法134条によって、患者に対する守秘義務が定められています。
もしそれを強引に見るということでしたら、私は、強制的にその義務を破らされたと
いうことで、あなた個人を訴えることが出来ますが…」
係員「ちょっ…!? じゃ、じゃあ何で、こんなタイトルを…」
マヤ「なるべくでしたら、説明すらも省こうかと思いまして。そのビデオに、
その患者の病状が記録されていることを、こうして述べていることですら、
すでに守秘義務に違反しかけています。何より…」


ユウ「…ふう…」
僕はそこまで思い返すと、隣のマヤ先生に、言いました。
ユウ「すごかったですよね…」
マヤ「お役所は、面倒くさいことがキライなのよ。あと、責任もね。
最後は、『お役所の心理』が役に立った、ということかしら?」
ユウ「へえ…。あれって、最初から言おうと思ってたんですか?」
マヤ「もちろん、あの場での思いつきに決まってるでしょ?」
ユウ「はあ…。でも、もしあの時、係員が…」
マヤ「……」
ユウ「…マヤ先生?」

マヤ先生は、一連の疲れからか、すでに寝息を立てていました。

ユウ「…寝顔だけは可愛いんだな…」
やっぱり、気丈に振舞っていても、もちろん緊張はしていたんでしょう。
ユウ「…え?」
僕は、マヤ先生の寝顔の、恍惚とした表情に、生唾を飲み込んでしまいました。

そういえば、いつか、マヤ先生は自分で言っていました。
先生は、こういったギリギリの勝負をしたときにだけ、「あの時のエクスタシー」
を感じることができると…。
ヘンな話ですが、もしかして先生は、今この瞬間、絶頂を感じているのかも
しれません。もちろんその時の、実際の表情なんてみたことはないので、
断言はできないのですが…。

僕は、その聖女とも悪女とも見える悦楽の表情に、しばし見惚れながら、
起こさないようにマヤ先生の体の上に、コートをかけてあげました。
ユウ「…お疲れ様でした…」

電車は、音を立てながら扉を閉めると、静かに走り始めました。
流れる景色は少しずつ変わり、一つの旅が終わったことを告げていました。

<エピローグ>

ユウ「なんぢゃこりゃー!!!!!」
僕は、夜空中に響き渡る声で、そう叫びました。
貸してもらったビデオには、砂嵐しか映っていなかったのです。
あの時の会話が、また僕の頭にフラッシュバックしてきました。

ユウ「マヤ先生、何してるんですか?」
マヤ「いや、ビデオって磁石にくっつくかなと思って…。そうだったら、
懐にひっかけるのもカンタンでしょ?」
ユウ「でも、くっつかないでしょ?」
マヤ「そうみたいね…」

「ビデオって磁石に」
「ビデオって磁石に」
「ビデオって磁石に」……

ダメに決まってるだろーが!!!

僕は、無機質な画面の不協和音を聞きながら、こうつぶやきました。
ユウ「あんた、やっぱり最後まで、マヤ先生だったよ…」

(完)

セクシーネットへ。