精神科医ユウの日記モーニング女医。 バリで落ちる女医。 これは、4人のドクターたちの日常を描いた愛と情熱の日記です。 今回はアスカ先生はお休み。 |
あなたは、「バリ島」という言葉から、何を思い出しますでしょうか。
実際にグーグルで「バリ島といえば」と安直に検索してみますと、
「バリ島といえばスパ」
「バリ島といえばエステ」
「バリ島といえばビーチ」
「バリ島といえばジゴロ」
という、「どれやねん」と突っ込みたくなるほどの素敵な要素が満載です。
個人的にはジゴロが気になりましたが、それに関してはスルーします。
いずれにしても、「キング・オブ・リゾート」の一つである「バリ島」。
新婚旅行、婚前旅行、カップル旅行…。
リゾートだけに、熱い男女たちが、あまぁいバケーションを取るために訪れる島。
それこそが、バリ島です。
実は僕、行ったことがあります。
マヤ先生と。
それは、2004年の夏。
医局会議が終わった後のこと。
マヤ先生は、突然僕に言いました。
マヤ「ね、今度、バリ島行ってみない?」
ユウ「…は?」
信じられない。
こんな奇跡が、あってもいいんだろうか。
(←ユウの心理イメージ)
熱い南国の海。
沈みゆく夕日。
夜の静けさ。
マヤ「バリに来て、良かったね…」
ユウ「ぼ、僕のアレもバリバリですー!」
うん。
気持ちいいほど妄想に沈みました。
しかもなんか、ピラミッドに登ったときとネタ同じですし。
僕は一も二も三も四もなくOKします。
当然です。
マヤ「じゃあ、8月△日に、成田でね」
ユウ「は、はいっ!」
当日。
胸と色々をふくらませて行った、成田空港第2ターミナル。
そこには。
リオ先生がいました。
リオ「………」
ユウ「………」
気まずい沈黙が流れます。
何で、ここにリオ先生が。
さぁ、みんなで考えよう。
1 リオ先生は、リオデジャネイロあたりに旅に出るため、まったくの偶然で、
ここに来た。
2 リオ先生は、スチュワーデスさんをナンパするため、まったくの偶然で、
ここに来た。
3 リオ先生は、関西空港とかと間違えて、とにかくまったくの偶然で、ここ
に来た。
すると、リオ先生は、言いました。
リオ「君は、ユーゴスラビアにでも行くために、まったくの偶然で、ここに来
たんだな?」
この人、僕と同じこと考えてます。
ユウ「………」
リオ「………」
この時点で微妙に予想はしていました。
そうです。
女性をデートに誘っては
「みんなでなら…」。
勇気を出して食事に誘ったら、
「友達も呼んでいい?」。
そんな素敵エピソード満載な僕に、想像したようなことが起こるわけがありません。
マヤ先生と二人きりの旅行というのは、まったくの僕の勘違い。
リオ先生も同行する、普通の旅行です。
そしてリオ先生も、おそらく僕と同じ勘違いをして、来たに違いありません。
ユウ「………」
リオ「………」
二人の間で、さらなる沈黙が走ります。
ユウ「マ………」
リオ「マ………」
二人の言葉が同時に出た瞬間です。
「…あの、失礼ですが…。あのときの方じゃ、ないですか?」
そのとき、思いもしなかった女性の声が響いたのです。
さぁっ! それはいったい誰だったのか!?
危険な旅が、ついに始まる!
精神科医ユウの日記モーニング女医。 バリで落ちる女医。2 これは、4人のドクターたちの日常を描いた愛と情熱の日記です。 |
<前回までのあらすじ>
「一緒にバリ島に行きましょう」
マヤのそんなセリフにだまされたユウ。
そこにはリオが。
そして、突然後ろから、女性の声が響いた。
いったい誰なのか!?
<本編>
「…あの、失礼ですが…。あのときの方じゃ、ないですか?」
リオ「は?」
「ほら、確か、前のコンサートのときの…」
その声を、どこかで聞いたことがあります。
そうです。
バンドを組む女医。のときに一度あった、エリさんです。
リオ「き、君は!」
ユウ「あ、あなたは!」
エリさんは、その言葉に、あらためて僕たちの顔を見ます。
エリ「あー! やっぱりそうでした!」
ユウ「あ、はいっ!」
リオ「お、おおっ!」
エリ「………………………」
ユウ「………………………」
リオ「………………………」
エリ「………………………」
ユウ「………………………」
リオ「………………………」
エリ「ギターの方と、ドラムの方!」
楽器で覚えられてる。
ユウ「………ユウです………」
リオ「………リオだ………」
エリ「あ、いえ! 忘れてたわけじゃありませんよ?
ただ、そう、演奏がすごくインパクトあったので…。
覚えてますよ? ………えっと………ユ……オ………」
ユウ「………ユウです」
リオ「………リオだ」
エリ「覚えてますから!」
絶対に覚えてませんよね。
僕は心からそう思いました。
ユウ「で、どうしてここにいるんですか?」
リオ「そ、そうだよ! どうして君は?」
エリ「いえ、私は、今からバリに行くんです。みなさんは?」
ユウ「………」
リオ「………」
その瞬間、僕たちの心が一つになりました。
リオ「…俺も、だ…」
その言葉を聞くと、僕の顔がこわばりました。
ユウ「…僕もです…」
その言葉を聞くと、二人の顔もこわばりました。
エリ「うそっ! ひどいっ! そんなぁっ!」
ユウ「ど、どうしたんですか?」
リオ「何があった?」
エリ「だって、『いい男が来るから、一緒にバリ行きましょうよ』
って誘われたのに!」
ユウ「………」
リオ「………」
限りない沈黙が、僕たちを包みます。
エリ「これ、詐欺罪で訴えたら、勝てると思いませんか!?」
僕たちは、侮辱罪で訴えたら、勝てると思います。
エリ「ひどい…。私のこと、だましたんですね…」
リオ「俺だってだまされたんだ…。二人きりだと思っていたのに…」
ユウ「………」
ここは、マヤ先生被害者の会でしょうか。
リオ「いやまぁ、でも………」
リオ先生は、そう言いながら、エリさんの方をチラッと見つめました。
エリさん。
帰国子女で、現在はももんが医大で大学院生をしながら、カウンセリングのお
手伝いをしています。
背は高くスリムで、マヤ先生とは違った魅力を放っていました。
リオ「これもまた、結果オーライなのかも、しれないなぁ…」
ユウ「…は?」
リオ「いやいや」
先生の気持ちが、痛いほど僕の心に響いてきました。
リオ「まぁ、モノは考えようだよ。みんなで言った方が、色々と楽しいかもし
れないじゃないか!」
エリ「…まぁ、そうといえば、そうかもしれませんけど…」
リオ「俺とマヤと君の3人なら、きっと楽しいよ?」
うん。僕、まったくのアウトオブ眼中。
エリ「でも、マヤ、遅いですね…」
リオ「そういえば、そうだな…」
ユウ「………」
飛行機出発は、午後1時半。
普通は、11時半にはカウンターでチェックインをしなければいけません。
リオ「チケットとかは、誰が持ってるんだっけ?」
エリ「私じゃないですよ?」
ユウ「ぼ、僕でもありません」
リオ「………」
エリ「………」
ユウ「………」
一人しか、いない。
時間は刻々と過ぎていきます。
周りの人が片っ端からチェックインするのを、ただ横目で見る僕たち。
その途中、リオ先生が落ちていた携帯を発見して、カウンターに預けにいくと
いう、本編とはまるで関係ないイベントまでありました。
リオ「あの持ち主が旅行から帰ってきたら、俺に感謝して、デートを…」
エリ「リオさんは、待ち受け画像が水戸黄門の携帯の持ち主とデートしたいん
ですね」
リオ「したくない…」
ユウ「………」
リオ「いや、冗談だよ!?」
エリ「………」
微妙なやりとりが続けられる中、僕たちはひたすら待ちます。
そして、時間が12時を過ぎたとき。
マヤ「何してるの! こっちよ! 早く! みんなそろってるわね!?」
声が響きました。
ほとんどだまし討ちみたいな旅を計画しつつも、そしてこんなに遅れつつも、
まったく謝るということがない。
その声は。
もちろん、一人しかいません。
マヤ「ほら! 今回のツアー、4人そろってはじめて安くなるんだから!
一人でもキャンセルになったら困るのよ! 早く来て!」
リオ「………」
エリ「………」
ユウ「………」
それが、理由ですね。
僕たちの心が、一つになりました。
僕らは有無を言わず走ります。
そのとき、リオ先生がつぶやきました。
リオ「とはいえ、降って湧いた幸運か…」
さぁっ!
突然に始まった、女2男1犬1の危険な旅行!
今回、何かが起こる!?
精神科医ユウの日記モーニング女医。 バリで落ちる女医。3 これは、4人のドクターたちの日常を描いた愛と情熱の日記です。 |
<前回までのあらすじ>
「一緒にバリ島に行きましょう」
マヤのそんなセリフにだまされたユウ。
マヤ・エリ・リオ・ユウの4人の旅がついに始まる!
<本編>
リオ「エリちゃん、君は窓際と通路側、どっちがいい?」
あっという間に「ちゃん」です。
さすがです。
ここは空港のチェックインカウンター。
安いツアーのため、添乗員さんは存在しません。
渡されたのはチケットのみで、あとは自分たちで手続きをしなければいけません。
チェックインカウンターのお姉さんが作業をしているとき、リオ先生はエリさ
んに聞きました。
彼女は答えます。
エリ「やっぱり、窓際でしょうか…」
リオ「よし。じゃあ、彼女を窓際にしてくれ」
先生は係員さんに言います。
「かしこまりました」
エリ「あら、ありがとうございます」
リオ「マヤ、君は?」
すると先生は、言いました。
マヤ「私はファーストクラスがいいわ」
先生、それ無理。
僕たち一同の気持ちが合わさりました。
リオ「うん。予想はしていた」
マヤ「ありがとう」
リオ「それはそれとして、窓際がいいかい? それとも、通路?」
マヤ「そうね…。窓際だと、化粧室とかに立つごとに、いちいち通路側の人に、
頭下げないといけないわよね…」
リオ「………」
エリ「………」
マヤ「だったら、頭を下げられる側の、通路側がいいわ」
リオ「そうか」
その会話を聞きながら、エリさんは少し複雑な表情をし、つぶやくように言い
ました。
エリ「…あれは、私に通るときに頭を下げろって言ってるんですよね…」
僕は「その通りです」と心から思いながらも、
ユウ「い、いやいやっ! 考えすぎですよ!」
と、明らかな嘘をつきました。
リオ「よし、じゃあ彼女を通路側にしてくれ」
「かしこまりました」
そして先生は、僕の方に向き直って言いました。
リオ「マド? ツーロ?」
何その簡略化。
明らかな扱いの差に、僕は心から泣きたくなりました。
しかし、僕は考えました。
マヤ先生・リオ先生。
今まで何度も、この二人の問いかけには苦汁を飲まされてきました。
何気ない一言一言のほとんどに、すべてウラの意味があるんです。
そう。
すべてが、ワナなんです。
この問いかけだって、何かの意味があるに違いありません。
この場合、どう答えるのが一番なんだろう。
ユウ「………」
リオ「どっち?」
どっちだ。どっちだ。
窓側か。通路側か。
どっちが正解なんだ。
ちなみに、あなたには分かりますでしょうか。
この答えが。
僕は色々と考えましたが、どうしても判断が出ません。
すると先生は言いました。
リオ「じゃあ、通路側でいいな?」
ユウ「えっ!」
リオ「じゃ、彼は通路側で…」
ユウ「ちょ、ちょっと待ってください! 僕は…ま、窓側がいいんです!」
僕はつい反対を選んでしまいました。微生物としての直感です。
おそらく先生は、通路側にさせたいに違いありません。
リオ「分かった。窓側だな」
ユウ「は、はい」
リオ「よし。じゃあ、彼は窓側で、そして俺は…」
先生は係員の方に、何かを指示し始めました。
そして。
飛行機に乗ると。
窓から、エリさん・リオ先生・マヤ先生という並びに座っていました。
そして僕だけ、その後ろの列の、窓際の席になっていました。
図解すると、
エリ リオ マヤ
ユウ 他人 他人
という並びです。
何ですか。これは。
なぜ、僕だけ仲間はずれなんでしょうか。
実際にその飛行機のエコノミー席は、3 4 3という並びになっていました。
図解するなら、こんな形です。
○○○ ○○○○ ○○○
すなわち、一人が窓際を選んだ時点で、
●○○ ○○○○ ○○○
この左端(もしくは右端)しかなくなるわけです。
またもう一人が通路側を選んだ時点で、
●○■ ○○○○ ○○○
その左端から3番目の席になります。
そしてここで、リオ先生は、「窓側か? 通路側か?」と聞きました。
すなわち、ここで窓を選んだとしたら、
●○■ ○○○○ ○○★
この★の位置か、もしくは他の列にされるのは当然です。
また、通路側を選んだとしたら、
●○■ ★○○○ ○○○
この★に入るしかありません。
いずれにしても、離されます。
ここでリオ先生は、エリさんとマヤ先生の間に入ればいいわけです。
すなわち。
「窓側か? 通路側か?」の二択。
この答えは、「どちらでもない」だったのです。
もしくはあのとき、「いや、二人の間で」とか言えていれば。
もちろん僕の選択で、普通なら、
「離れてしまいますが、よろしいですか?」と聞かれるでしょうが、
そこからはリオ先生の口八丁で「大丈夫」と丸め込んだに違いありません。
すべてが、ワナ。
そのことに気がついていながら、ここまでは考えが及びませんでした。
前の席では、3人が楽しそうに話をしています。
リオ「えっ! 本当に!? イギリスではみんなそうなの!?」
エリ「えぇ。特に私が中学生の時なんか…」
マヤ「エリってときどきすごいのよ。それがね…?」
エリ「ちょっ! ちょっと待ってマヤ!」
リオ「なに!? 聞きたい、聞きたいぞ!」
エリ「や、やだってばぁ!」
………………。
楽しそう。
その上、自分の真下から、へんなニオイがします。
何でしょうか。この悪臭は。
そうです。
後ろに座った外国の方が、クツを脱いで、足を僕のイスの下に伸ばしていました。
素敵なニオイが、僕の鼻を突き抜けます。
天国と、地獄。
僕は一人寂しく、バリまでの飛行機の旅を楽しみました。
(つづく)
そして全員がバリ島で見たものとは!?
さらにリオを襲った突然の不幸とは!?
次回更新をお待ちください!
精神科医ユウの日記モーニング女医。 バリで落ちる女医。4 これは、4人のドクターたちの日常を描いた愛と情熱の日記です。 |
<前回までのあらすじ>
マヤによってバリに連れて行かれたリオ・エリ・ユウ。
彼らは果たしてどうなるのか!?
<本編>
それは、地獄のフライトを終えた、当日の夕方。
僕たちはついに、バリ島に到着しました。
サイパン・グアム・ハワイなど、どこのリゾートでもそうなのですが、
到着した瞬間、「むわっ」とした空気を感じるものです。
しかしそのときの僕は、とにかく飛行機内のニオイから逃れられた喜びでいっぱいでした。
あれに比べれば、どんな熱気も素敵です。
そしてバリ島の風景を楽しむまもなく、僕たちはホテルにチェックインしました。
ホテルの名前は、「マヤ・ウブド・リゾート」。
リオ「………」
エリ「………」
ユウ「………」
僕たちはホテルの名前を見ると、ただ無言になりました。
リオ「なんだ、この不吉な名前のホテルは」
言っちゃいました。
誰もが思っても言葉にできなかったことを。
エリ「なんか泊まった瞬間、すべてが飲み込まれそうですよね」
さらにひどいこと言っちゃいました。
リオ「それに、マヤ・ウブドとあるが」
エリ「………」
リオ「マヤは決してウブじゃない」
全員「………」
確かに僕もそう思いますけども。
そう思っていると、マヤ先生は言いました。
マヤ「ここ、私のホテルだから」
エリ「………」
リオ「………」
ユウ「………」
マヤ「…冗談よ?」
なんていうか、あらゆる意味で、冗談に聞こえません。
僕たち全員が心の中でそうツッコミながら、チェックインを済ませました。
本当に心から言うまでもないんですが、僕とリオ先生が同室。
マヤ先生とエリさんが同室です。
部屋の中で、僕はリオ先生に、さきほどの飛行機でのことを言おうとしました。
ユウ「………」
リオ「………」
ユウ「あの、さっきの飛行機のことなんですけど…」
リオ「は? 何が?」
たぶん、トボけているんではなく、本気で忘れているんだと思います。
人がアリを踏みつけた事実を数秒で忘れるように、先生も何ら覚えていないに違いありません。
僕は何を言ってもムダだということを重々承知していたので、あえて何も言いませんでした。
そのときです。
マヤ先生たちが僕の部屋に来ました。
二人とも衣服を着替えて、かなり露出度の高い格好です。
リオ「お、おうっ! マヤ! エリちゃん!」
マヤ「ね、今日は、どう過ごす?」
リオ「いや、そうだな。ランデブーとか」
マヤ「走るデブ?」
リオ「うん。もういい」
さすがです。こんな流し方、見たことない。
僕は心からそう思いました。
するとマヤ先生は、言いました。
マヤ「バリ島の夜は、やっぱりダンスよね」
エリ「そうですね。ダンスですよねぇ」
リオ「な、なにぃ!?」
ユウ「えええっ!?」
その瞬間、僕の頭の中に、シャル・ウィ・ダンスの風景が広がりました。
夜の風景の中、クラシックの曲と共に、ムーディに手を取り合い、女性と踊る僕。
おそらくリオ先生も、同じことを考えているに違いありません。
そう思って先生の方を見ました。
リオ「…いや、そんなところに手を…。あっ…」
たぶん、僕よりずっとディープなダンスを想像しているみたいです。ランバダみたいな。
いずれにしても、期待にあふれる僕たちでした。
しかし、です。
その30分後にたどりついたのは、バリ島最南端の岬。
リオ「なんだ、ここは」
ユウ「………」
マヤ「知らないの? ここでケチャダンスが行われるの」
リオ「ケ、ケチャ?」
エリ「それを見に来たんですよ」
ユウ「…見に…」
ケチャダンスとは、バリ島特有の踊り。
上半身が裸の男性たちが「ケチャケチャケチャケチャ」と叫び、
その中でハデな衣装を着た女や男が踊り狂う、一種のショーです。
リオ「だいぶイメージと違ったな…」
ユウ「はい…」
リオ「………」
ユウ「………」
リオ「ネチョネチョ言ったら、ネチョダンスなのか」
知りません。
そんな応用、心から興味ありません。
そう思っていると、エリさんは言いました。
エリ「ショーまではまだ間がありますから、ここで待ちましょう」
そして彼女は、マヤ先生と共に、近くのベンチに腰掛けます。
さて、ここで問題です。
あなたは、バリ島に、意外なほどにたくさんいる生き物を、ご存じでしょうか。
以下の中からお選びください。
A「コブラ」
B「サル」
C「ユウ」
そう。
このうちひとつが、まさかあんな、ときめきメモリ●ルなみのイベントを発生させるなんて、
そのときはまったく気がつきませんでした。
さぁっ!
ついに恋のイベントが発生!?
バリの夜、エリに急接近できたのは誰なのか!?
次回をお待ちください!
精神科医ユウの日記モーニング女医。 バリで落ちる女医。5 これは、4人のドクターたちの日常を描いた愛と情熱の日記です。 |
<前回までのあらすじ>
マヤによってバリに連れて行かれたリオ・エリ・ユウ。
彼らは果たしてどうなるのか!?
<本編>
あらためて、問題です。
あなたは、バリ島に、意外なほどにたくさんいる生き物を、ご存じでしょうか。
以下の中からお選びください。
A「コブラ」
B「サル」
C「ユウ」
………。
正解はB「サル」です。
C「ユウ」を選んだ方は惜しいです。
確かにある意味、意外ではありますが、たくさんは存在しません。
今回の旅で、一匹だけは生息していたようです。
しかしサルは、恐ろしいほどたくさん生息しています。
そしてリゾートであるバリのイメージからすると、考えられないほど凶暴なサルたちです。
いえ、「リゾート」なんていうのは、あとから来た人間が勝手につけたイメージですので、
そこにいたサルたちには、何ら関係ないかと思いますが。
いずれにしても、バリ島の南にある岬。
ここには野生のサルが、雪崩のように生息しています。
エリ「ショーまではまだ間がありますから、ここで待ちましょう」
エリさんは、マヤ先生と共に、近くのベンチに腰掛けました。
そのときです。
近くに、一見かわいい顔をしたサルが近寄ってきました。
マヤ「あら?」
エリ「あ、かわいい~♪」
エリさんは、サルにたいして、手を出しました。
サルはそれにたいして、なついたように近づいてきます。
リオ先生はそれを見つめながら、こう言いました。
リオ「俺は今、あのサルになりたい」
心から同感です。
そう思っていたときです。
エリ「きゃあっ!」
エリさんのかぶっていた白い麦わら帽子が、突然に飛びました。
僕たちは、一瞬何が起こったのかよく分かりませんでした。
気がつくと、はるか向こうに、帽子を手に取ったサルが逃げていきます。
状況を把握するのに、数秒かかりました。
リオ「あのサルが取ったのか!?」
エリ「や、やだぁ…」
マヤ「ひっどいサルねぇ…」
その瞬間、リオ先生の目が、ギラッと光りました。
リオ「チャンス!」
その背中から、そんな副音声が聞こえた気がします。
先生はすぐさまサルのあとを追っていきます。
………。
先生の、意図は、一つしかありません。
………そうすると………。
ユウ「帽子、取り戻しましたよ」
エリ「ああんっ! ありがとうユウさん! もう、好きにして!」
………………。
妄想していた分、リオ先生よりさらにスタートが遅れました。
僕もあわててサルとリオ先生のあとを追います。
リオ「ユウに負けるか! 待て、サル!」
ユウ「ぼ、僕だって負けません!」
しかし僕たちがいかに奮闘しようとも、サルは公園の近くを恐ろしい勢いで逃げ回ります。
サルが生息できる地帯はこの一画だけなのか、はるか遠くまで逃げていくことはありません。
でも、さすがは獣。
人間が近づけば逃げ、ある程度距離ができたら休む。
自分にとって最小限のカロリー消費をしながら、僕たちには決して捕まりません。
リオ「く、くそおおおっ!」
ユウ「ま、待てーー!」
それに引き替え、僕たちはサルと正反対。
全速力で追っては逃げられ、かわされ。
どんどん体力が消耗するばかりです。
リオ「ユ、ユウに負けるか…! 待て、待つんだ、サル…!」
リオ先生は、叫びながら追いますが、やはり追いつくことはできません。
エリさんは、不安そうな顔で、僕たちのことを見つめています。
僕も少しずつ肩で息をし始めました。
先生も、そろそろ限界みたいです。
リオ「サルに負けるか…。待て、ユウ…」
いや、それ逆です。
僕はそう思いつつも、突っ込む気力体力がなくなっていました。
そんなときです。
マヤ先生が、サルに食べさせるエサを売っている現地人に、チップを渡して、サルを指さしました。
「OK!」
その男性はチップに顔をほころばせると、持っているエサを何個か、そのサルに向けて投げました。
サルはそれを見てビクッとすると、すぐにエサに向かって手を伸ばしました。
そのとき、帽子から手を離しました。
マヤ「今よ!」
「イエス!」
その男性はそのスキに帽子に飛びつき、見事それを手にしました。
ユウ「………」
リオ「………」
エリ「………」
全員が呆然とそれを見つめている中、その男性は、手にした帽子を、マヤ先生に渡します。
マヤ「サンキュー」
そして先生は、その帽子を、エリさんに渡したのです。
マヤ「気をつけてね」
エリ「マ、マヤ…」
リオ「………」
ユウ「………」
か、かっこいいー!
僕たちは、自分たちの人としての存在意義について、あらためて思いをはせました。
エリ「…あ、ありがとう…」
マヤ「いいのよ」
エリ「………」
エリさんは、静かにマヤ先生を見つめます。
リオ先生はそれを見て、悔しそうに言いました。
リオ「あんな…! あんな方法があったとは…。
あの位置に…! あの配役になるのは、俺だったのに…!」
ユウ「………」
すると、マヤ先生は言いました。
マヤ「いいのよ、エリ。ちゃんと払ったチップ代とアイディア代と手数料、返してくれれば」
エリ「………」
なんかもう、この雰囲気が、台無し。
マヤ「しめて300ドルのところ、298ドルにおまけします」
ぜんぜん、おまけしてない。
ていうかもしかして、帽子奪われた方が、ずっとマシだったのかもしれません。
それを見ていたリオ先生は、静かに言いました。
リオ「……あの配役は、やっぱりマヤしかできないな…」
心から同感です。
僕たちは、そんなことを思いながら、暮れゆくバリの夕日を見つめていました。
(つづく)
そしていよいよ、バリのメインディッシュ!
落とすのは!?
そしてついに落ちるのは誰と誰なのか!?
次回更新をお待ちください!
精神科医ユウの日記モーニング女医。 バリで落ちる女医。6 これは、4人のドクターたちの日常を描いた愛と情熱の日記です。 |
<前回までのあらすじ>
マヤによってバリに連れて行かれたリオ・エリ・ユウ。
彼らは果たしてどうなるのか!?
<本編>
すべての始まりは、マヤ先生の言葉でした。
マヤ「ね、最終日の明日は、バンジージャンプ、やりに行かない?」
リオ「は?」
マヤ「バンジージャンプ」
先生は、何を言っているのでしょうか。
エリ「…やっ! イヤですよ! 怖いですし…」
ユウ「そ、そうですよ。僕だって…」
リオ「………………」
マヤ「まぁ、モノは体験よ、エリ?」
ユウ「いや、でも…」
リオ「そうだな…。確かに面白そうだな…」
エリ「で、でも私、高いところ、ダメなんです」
ユウ「ぼ、僕も高いところが…」
マヤ「だったらなおさら、チャレンジしないと!」
リオ「そうそう」
ユウ「いや、僕…」
エリ「でも私、やっぱりムリです」
するとマヤ先生は、言いました。
マヤ「…お見合いパーティ酔っぱらってニギニギ事件…」
エリ「やらせていただきます」
マヤ「そう来なくっちゃ!」
何があったのかは聞けませんでしたが、雰囲気から大体の方向性はつかめました。
マヤ「よしっ! 決定ね! 最終日はバンジージャンプ!」
リオ「お、おうっ!」
エリ「はい………」
ユウ「…いや、ぼ…」
マヤ「決定ね?」
ユウ「決定です」
そんなこんなで、エリさんとリオ先生と僕は、ほぼ強制的にバンジージャンプをやることになりました。
僕には、何の発言権もないのは、いつものことです。
発言権どころか、拒否権も人権もありません。
僕はその日の夜、リオ先生に聞きました。
ユウ「…先生、賛成してましたけど、バンジージャンプが、好きなんですか?」
リオ「嫌いだ」
じゃ、なんで。
僕は心からそうツッコミながら、先生に聞きました。
ユウ「じゃあ、どうして…」
リオ「君はこの旅を、どう思う?」
ユウ「………いや、どうって………」
リオ「マヤに振り回され。強制的にここに連れてこられ」
ユウ「………」
リオ「それなのに、オイシイことは、何一つとして起こらなかった」
ユウ「………」
リオ「このままじゃ、俺はダメになってしまう!」
ユウ「………」
リオ「君はすでにダメなんだが」
うん。
「俺たち」と言っていない時点で、だいたい想像つきました。
リオ「そう」
ユウ「………」
リオ「落とすためには、落ちるしかないんだ」
………先生。
意味が、分かりません。
そして、次の日です。
僕とエリさん、さらにリオ先生は、バンジージャンプの階段を上っていました。
ユウ「せ、先生はやらないんですか…?」
マヤ「私が? なんで?」
その顔は、「純粋に理解不能な質問に接した人」の表情でした。
リオ先生は、僕の肩をおさえると、静かに言いました。
リオ「分かってた。このことは分かってた。さぁ、上ろう」
ユウ「………」
エリ「………」
このバンジージャンプ台は、鉄骨でできた塔のようになっています。
鉄骨の周りにある螺旋階段をぐるぐると登り、そして頂上にある台まで向かいます。
リオ先生は、とにかく下を見ないで、上まで駆け上がっていきました。
これは確かに、下を見たら、上れません。
エリ「ま、待って…! 待ってください…。ユウさん…」
ユウ「あ、は、はい…」
エリ「お願い…。お願い…。一人に、しないで…」
これは、女性にデートで言われたりしたら、もう萌え死ぬ言葉でしょう。
しかし冗談抜きで、死を間近にしたこの状況では、そんな気持ちはほとんど湧いてきません。
ユウ「が、がんばって…。エリさん…」
エリ「は、はい…」
僕たちは、階段を一つ一つ上っていきます。
これは、死刑台の階段でしょうか。
僕たちは、自分がまったく望んでいないのにもかかわらず、自分の足で、恐怖の場所まで進んでいるのです。
はるか下では、マヤ先生が微笑みながら僕たちのことを見守っています。
そして。
僕はエリさんをつれて、ついに頂上までたどりつきました。
ユウ「………」
エリ「………」
ユウ「う………」
エリ「や………」
ユウ「うわあああああああっ!?」
エリ「いやあああああああああああっ!」
さぁっ!
そこで見た、信じられない風景とは!?
精神科医ユウの日記モーニング女医。 バリで落ちる女医。7 これは、4人のドクターたちの日常を描いた愛と情熱の日記です。 |
<前回までのあらすじ>
マヤによってバリに連れて行かれたリオ・エリ・ユウ。
彼らはなぜかバンジージャンプ台に立たされた…。
頂上にたどりついたユウとエリが見たモノは!?
<本編>
僕は、永遠とも思える時間の後、ついに頂上に着きました。
ユウ「うわあああああああっ!?」
エリ「いやあああああああああああっ!」
その頂上は、完全な「一枚の板」です。
周囲に鉄柵はありますが、本当に申し訳程度。
たぶん強風が吹いたら、全員飛ばされる可能性があります。
エリ「ユウさん…! 落ちる…! 私、落ちる…!」
ユウ「だ、だ、大丈夫…。大丈夫です………」
僕とエリさんは、その風景を見ると、つい腰が低くなり、しゃがみ歩きになりました。
高さは約、50メートル。
もちろん、落ちたらひとたまりもありません。
僕は小学生の時、50メートル走で20秒近くかかった記憶がありますが、
今なら3秒くらいで落ちることができそうです。
くわえて鉄柵には、一部欠けている場所がありました。
そこです。
そここそが、飛び降りる場所です。
そここそが、死刑台です。
死刑台には、すでにリオ先生が、係員によって腰と足に器具を固定され、立っていました。
まさに、飛び降りる直前です。
ユウ「せ、先生!」
リオ「やっと来たか…!」
僕はリオ先生の方によろうと思いました。
しかし、誰が自らそこに近づけるというのでしょうか。
僕もエリさんも、頂上の入り口から動くことができません。
係員は言いました。
「君たちは、ここのベンチに座っているんだ」
見ると、そこにはベンチがあります。
僕たちは、這うようにして、そこにたどりつきました。
あらためて、リオ先生を見ます。
先生は、必死に深呼吸をしているように見えました。
そして、僕たちに言います。
リオ「ユウ…。そしてエリちゃん…。あとは頼んだ。犠牲は俺だけでいい…。俺の生き様を見届けてくれ…」
ユウ「……せ、先生………」
先生。あの。
「すべてを引き受けた」みたいに言っていますが、順番が早いか遅いかの違いだけで、僕たちもいずれ落ちるんです。
僕は無言でそう思いながらも、死を決した人に追い打ちをかけるようなことはしませんでした。
ふとエリさんを見ると、周りの風景を見ないようにして、ヒザを抱え込むようにして顔を伏せていました。
するとリオ先生の方から、ブツブツ声が聞こえました。
リオ「下には裸の美女が10人…。下には裸の美女が10人…」
ユウ「えっ!?」
僕はその声に、鉄柵のスキマから下を見ます。
下では、マヤ先生がひとり、ジュースを飲みながら座っているだけでした。
リオ先生。
決死のイメージプレイです。
しかしたとえ催眠術でも、「自殺する」という暗示をかけることはできないと言います。
どんなイメージも、本人の死を恐れる本能に勝つことはできないのです。
リオ「………」
先生は、やはり飛びこめず、顔をしかめました。
やっぱり。
僕は、無言で先生の方を見つめました。
ユウ「………」
リオ「………」
ユウ「………」
リオ「下には裸の美女が100人…。下には裸の美女が100人…」
人数、増えました。
当社比10倍です。
いや、先生、たとえ人数増えても、イメージが、死の恐怖に…
そう思った瞬間です。
リオ「今いくぞおおっ!」
係員「OHHHH!」
リオ先生が、空中に向かって飛び出していきました。
そしてそのまま、遙か地面の方に吸い込まれていきました。
………。
先生のお色気イメージは、死の恐怖に勝ったようです。
さすが先生です。
ああいう人に、私はなりたい。
鉄柵の間から先生を見ると、ルパン三世がベッドにいる不二子ちゃんにダイブするポーズをしていました。
たぶんあのポーズでバンジージャンプした日本人は、後にも先にもリオ先生だけだと思います。
リオ先生の決死のダイブ。
僕は、それを行わせた張本人である、マヤ先生の方を見ました。
先生は、さわやかなバーテンさんと、談笑していました。
見てない。
まったく見てない。
リオ先生の魂が、ぜんぜん浮かばれません。
そう思っていると、先生はゴムの反動で、そのままこっちに戻ってきました。
よく見ると、親指を立てて、こちらに向けてサインを送っています。
ユウ「………!」
まるで、「どうだ!? 見てくれたか!?」といわんばかりのポーズです。
先生が僕のことはアウトオブ眼中(死語)なのは存じ上げていますので、
たぶん、エリさんに向けて主張しているに違い有りません。
僕はエリさんの方を見ました。
すると彼女は、目をつぶり、同じ言葉を繰り返していました。
エリ「アイキャンフライ…! アイキャンフライ…! アイキャンフライ…!」
先生。
エリさんは、現実逃避(クボヅカ化)の真っ最中で、まるで気がついていません。
そう思っているうちに、先生はそのまま何回か、勢いをなくしたバネのオモチャのように上下動をしていました。
そして少しずつゴムが下げられ、地面にいた係員に腕をつかまれると、そのまま大地におろされました。
その姿は、まるで死んだカエルのようでした。
そのときです。
頂上の係員が、僕に向かって言いました。
「さぁっ! 次はキミだ」
その瞬間、僕は思いました。
「私に残された最後の仕事は…立派に死ぬこと!」
………。
………。
………。
いや、死にたくないから。
セルフツッコミの勢いとは裏腹に、僕の足は、まったく動こうとしませんでした。
さぁっ!
果たしてユウは飛べるのか!?
飛ぶ瞬間、ユウの頭で広がった脳内ドラマとは!?
待て、次回!
(つづく)
精神科医ユウの日記モーニング女医。 バリで落ちる女医。8 これは、4人のドクターたちの日常を描いた愛と情熱の日記です。 |
<前回のあらすじ>
バリに来たマヤ・ユウ・リオ・エリ。
ユウたちは、マヤの提案でバンジージャンプをすることになる。
すでにリオは飛び込み、今度はユウの番。
どうなるユウ!?
<本編>
僕の頭の中で、料理番組が放映されました。
料理研究家の中年女性と、アシスタントのお姉さんの軽妙なトークが売りの番組です。
「まずはね、バンジー用のバンドを足首につけるのよ」
「はいっ! ギュッとしめるのが、ポイントですね♪」
「そしてそのあとに、腰にも巻くの」
「ははぁ…。二重に」
「そうよ? 片方が取れても、もう一方があるでしょ?」
「あ、それなら安心ですね♪」
「えぇ。生活の知恵よ? あなたそんなことも知らないのね?
ちょっとくらい美人だからって、調子のってると足下すくわれるわよ?」
「はいっ。その点、先生は安心ですよね。すくわれる足下ありませんからね」
「………」
「………」
「ま、とにかくギュッと締めておいてね」
「はぁい♪」
番組が多少険悪な雰囲気になっていくのは、
おそらく僕の潜在意識が不安でいっぱいだからだと思います。
「…あ、先生?」
「なによ?」
「もし、腰と足、バンドが両方とも取れちゃったら、どうするんですか?」
「………」
「………」
「そんときゃ、そんときよ」
「そうですね」
そんときゃ、死ぬときだと思います。
バンドを足首と腰につけながら、一瞬で頭の中で放映された料理番組。
これが僕の走馬燈だとしたら寂しすぎます。
「よしっ! GO!」
その言葉が、死刑宣告のように聞こえました。
ユウ「お………OK? イズディス、OK?」
何度やっても足りないくらい、確認をする僕。
バリ人に「日本人はくどい」とか「この男はしつこい」とか思われても構いません。
生死をかけた安全確認です。
「イエス! OK!」
彼らは、もう聞くなとばかりに大声で言いました。
………。
そして、できあがったものが、こちらにございます。
料理番組の余韻を残しながら、僕は自分の姿を見ました。
そして係員に誘導され、僕は少しずつ、柵のない死刑台に向かって歩いていきます。
死刑台のフチと、僕の足先の距離が、どんどん縮まっていきます。
10センチ。
5センチ。
僕は、必死で係員に言いました。
ユウ「…と、とにかく、ジャ、ジャンプすればいいんでしょ?」
すると係の男性たちは、笑って言いました。
係員「HAHAHA!」
ユウ「???」
係員「ジャンプできるわけがない」
ユウ「…は!?」
意味が、分かりません。
足先とフチの距離が、ついに0センチの位置まで足を進めた僕は、あらためて台から下を見ました。
僕は、自分がなぜここにいるのかを考えました。
地面は、はるか遠くにあります。
おそろしく下で小さく手を振っているのは、マヤ先生です。
今度は先生はちゃんと見ています。
先生はこちらに向かって何か言っています。
マヤ「リオが飛んだところぜんぜん見てなかったから、ユウ先生はバシッと飛んじゃってよー!?」
たぶん、そんなことを言っているんでしょう。
ここから、ジャンプ。
………できるわけがない。
係員「ジャンプは、できないだろう?」
僕は無言でうなずきます。
係員「ジャンプしなくてもいいんだ。ただ、傾いて、落ちればいい」
ユウ「………」
それすらも、できません。
さぁっ!
ユウはどうなるのか!?
次の瞬間、ユウが係員に言った言葉とは!?
そして係員は何と答えたのか!?
待て、次回更新!
(つづく)
精神科医ユウの日記モーニング女医。 バリで落ちる女医。9 これは、4人のドクターたちの日常を描いた愛と情熱の日記です。 |
<前回のあらすじ>
バリに来たマヤ・ユウ・リオ・エリ。
ユウたちは、マヤの提案でバンジージャンプをすることになる。
すでにリオは飛び込み、今度はユウの番。
どうなるユウ!?
今回は少し短いです。ごめんなさい。
<本編>
僕は昔、スカイダイビングをやった、もとい、やらされたことがあります。
後ろにインストラクターがつき、彼と一体化して飛ぶという、
ある意味「インストラクターの荷物」にしか過ぎないスカイダイビングですが、とにかく体験といえば体験です。
あのときも、確かに飛ぶまでは、恐怖でした。
しかし実際に飛ぶときは、インストラクターによって強制的に落とされるので、そこまで恐怖を感じるヒマはありませんでした。
くわえてあまりの高さのために、下は単なる「風景」であって、リアルな恐怖感は湧いてきませんでした。
たとえるなら、すぐ下に置いてある大きな「風景画」に体を預けるような、そんな安心感がありました。
しかし。
バンジージャンプは、高さがせいぜい50メートル。
それこそ、10階建てのビルから飛び降りるような感じです。
そうです。
思い切り「リアル」な恐怖があります。
「北○鮮からミサイルが飛んでくる」状況よりも、
「目の前にナイフを持った男がいる」という方が、ずっと怖いようなものです。
破壊力はずっと小さいはずなのに、それでもリアルに目の前にあることの方が、
人にとってはずっとインパクトがあるのです。
たとえが微妙なせいで伝わりにくいですが、そんな感じです。
いくら、「ゴムがあるから大丈夫」と頭では理解していても、死を恐れる本能には、そんな説得は通用しません。
………。
ゴムとは、バンジージャンプのゴムのことです。
言うまでもありませんね。
そして。
僕の足が、ガクガクガクガクと震え始めました。
係員「GO!」
その言葉に、僕は無言で係員さんの方を見ました。
ユウ「………」
係員「………」
ユウ「プッシュ?」
係員「NO!!」
一刀両断で否定されました。
押してくれないそうです。
うん。気持ちは分かります。
たぶんそれで落ちて心臓麻痺とかになったら、殺人罪で訴えられるかもしれません。
それに押された人が、恐怖で係員の腕をつかむ可能性だってあります。
その場合、係員はゴムなしで落下するかもしれないのです。
僕が係員だったら、絶対に押しません。
そこまで分かっていたのに、頼んでしまった自分がいました。
………さぁ!
果たして彼は飛べるのか!?
次回、ユウが宙に舞う…!!
次回更新をお楽しみに!
(つづく)
精神科医ユウの日記モーニング女医。 バリで落ちる女医。10 これは、4人のドクターたちの日常を描いた愛と情熱の日記です。 |
<前回のあらすじ>
バリに来たマヤ・ユウ・リオ・エリ。
ユウたちは、マヤの提案でバンジージャンプをすることになる。
すでにリオは飛び込み、今度はユウの番。
どうなるユウ!?
<本編>
僕の足が震えます。
そんなとき、後ろから、声が響きました。
「ユウキャンドゥイット!」
え。
それは、エリさんの声でした。
エリ「できます! ユウさんなら、できますよ!」
エリさんは、熱いまなざしで、僕のことを見つめています。
その瞬間です。
リオ先生の言葉が思い出されました。
リオ「落とすためには、落ちるしかないんだ」
………。
まさか。
確かにここで、ためらっている姿は、あまりカッコいいものではありません。
おそらく僕の印象は、さらに悪化することでしょう。
しかし。
逆にカッコよく飛び込めば、もしかしてずっといい印象を抱くこともあるのではないでしょうか。
そう。
リオ先生はそこまで考えて、バンジーをしたのではないか。
そう考えると、先生が飛び込んだ姿は、確かにカッコ良かったです。
脇目もふらず階段を登り、真っ先に準備をし、
「下には裸の美女が100人」とつぶやきながら飛び込んだ、という
………。
あれ、カッコ良かった?
思い切り自問自答しながら、そのことを思い出しました。
これが、理想と現実の乖離でしょうか。
しかし、そう言えば、思い当たる理論は他にもあります。
心理学では「吊り橋の実験」というものがあります。
吊り橋の上で被験者にアンケートを採ると、地上でアンケートを採った場合に比べて、
被験者が実験者に好意を抱くことが多かったのです。
これは、「吊り橋の上でのドキドキを、好意と勘違いした」と説明されます。
そう考えると、吊り橋の数十倍、いえ数百倍ドキドキする、このバンジージャンプ。
それによって起こる好意も、天井知らずのはずです。
そう。
これらの2つの理由によって、このバンジージャンプ、恋愛にかなりオススメなんです。
みなさんも、デートの際には、ぜひバンジージャンプを!
………。
なんか、「吊り橋の実験があるから、好きな女の子とジェットコースターに乗れ」という心理学テクニックを思い出しました。
そもそも一緒に遊園地に行ける仲になれないから苦労してるんだよ、みたいな。
そもそもバンジージャンプできないから、苦労してるんだよ、という。
うん。
短期間のあいだにそこまで無意識にツッコミつつ、僕は現実に戻ってきました。
これが、ウワサの走馬燈なんでしょうか。
なんで走馬燈に心理学理論とかツッコミとか入ってくるんでしょうか。
そういうものなんでしょうか。
僕はそこまで思いつつ、あらためて、エリさんの顔を見ました。
彼女は訴えかけるような目で、僕のことを見ています。
………。
そうだ。
僕が飛ばないと、ダメなんだ。
もちろん、いいところを見せたいのは、当然です。
しかしここで僕がためらっていたら、最後に飛ぶ彼女に与えるプレッシャーは相当なものになります。
そう。
僕は、彼女のために、飛ぶんだ。
人間が何かをする場合、「内的動機付け」と「外的動機付け」の2種類があります。
「楽しいから」
「怖いから」
「自分のために」
というのは、「内的動機付け」。
これは継続的なエネルギーを持ちますが、瞬発力はありません。
逆に、
「あの人のために」
「みんなのために」
というのは、「外的動機付け」。
長続きはしませんが、一瞬の爆発力はあります。
そう。
エリさんのために、僕はあえて、勇気をもって飛ぼう。
ただ、前に倒れればいい。
ただ、前に。
ただ。
ただ………。
「イエーーーーーーーーーーーーーース!」
係員の声が響きます。
僕の体は、地上に向かって、吸い込まれていきました。
さぁっ!
ついに飛んだユウ!
果たして彼がその直後に体験した、恐るべき感覚とは!?
さらに佳境です!
精神科医ユウの日記モーニング女医。 バリで落ちる女医。11 これは、4人のドクターたちの日常を描いた愛と情熱の日記です。 |
<前回のあらすじ>
バリに来たマヤ・ユウ・リオ・エリ。
ユウたちは、マヤの提案でバンジージャンプをすることになる。
すでにリオは飛び込み、そしてユウも宙に舞った…!
<本編>
僕は、ついに台から落ちました。
そう。
飛んだ瞬間、今までの気持ちがウソのように、すばらしい快感に
なるわけ、ありません。
「あひぇえええええええええええええ!」
今から考えると、おそろしく情けない叫びを上げながら、僕はただ落下していきました。
まるで、叫びながら落下するオモチャのようです。
値段は980円(税別)。
絶対に売れません。
何て言うんでしょう。
あらためて、本当に「地面って偉大だな」と思いました。
周囲に何も頼るものがない、この状態。
ただ包んでいるのは、空気だけです。
なんていうか、本当に。
「もう、どうにでもして」
という感じです。
たとえるなら、下着姿のまま、リオ先生10人に囲まれ、胴上げされている女の子、みたいな気分になりました。
いや、当然のごとく、そんな体験したことないんですけど。
「うひえああああああああああああああああああああ!」
ただ、そのまま落ちていきます。
マヤ先生や、リオ先生の顔が、どんどん近づいてきます。
そのときです。
足と腰に、少しずつ力がかかってきます。
その力がぎゅーーーーーーーーーーっと強まっていき、そのまま僕の体がストップします。
………………………。
た、助かった…。
間違いなく、そのとき、そう思いました。
しかし、です。
「うにゅぐああああああああああああああああああああ!」
今度は、ゴムがさらに後ろに引かれ、僕の体は再び上に持ち上げられます。
待って! ちょっと待って!
ゴムはそのまま最大限に引っ張られ、僕の体は、飛び降りた台のすぐ下くらいまで持ち上げられました。
さらに当然ですが、また僕の体は落下します。
「おっひょんのおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
ちょっと、ちょっとお!
下着姿のまま、リオ先生10人に囲まれ、胴上げされている女の子に、助けが登場。
ホッと一安心したのもつかのま、助けてくれたのは、フンドシ姿のリオ先生10人だった。
なんか、そんな気持ちになりました。
あとはもう、高校の時の物理で習った「単振動」です。
落下⇒恐怖⇒止まる⇒安心⇒また上へ⇒驚愕⇒再度落下⇒恐怖⇒止まる …
エンドレスな運動を繰り返します。
いえ、もちろん落下の距離は、どんどん短くなっていきます。
それ以上に恐怖には「慣れ」も存在しますので、どんどん気持ちはラクになっていくはずです。
しかし。
気持ちに慣れが起こりますが、脳と体には、大きな違和感が生じ始めました。
「…うっぷ」
酔いました。
僕は、レンタカーで京都の碁盤状の街を右左右左走っているだけで酔った人間です。
バス酔いなどはしょっちゅうです。
そんな人間に、こんな生きものの限界に挑戦するほどの運動をさせて、酔わないと思っているのかーーーー!?
誰に逆ギレしているのか分かりませんが、とにかくそんな気持ちでした。
気持ち悪い。
本当に吐きそう。
それに単振動だけでなく、ゴムがからむのか、途中でぐるんぐるんきりもみ回転したりするのです。
下に行ったとき、マヤ先生の声が聞こえました。
マヤ「回ってるー。すごーい」
すごくない。
すごくないんです。
ていうか、すごくなくていいから、早くおろして。
僕は心からそう思いました。
たぶん手元にハサミがあったら、絶対にゴムを切っていたと思います。
落ちてもいいから、ここから逃げたい、みたいな。
なんか本当に、そんな気分でした。
そして永遠とも思える振動のあと、ゴムは少しずつ下げられていきました。
そして下に待っている係員さんが、僕に向けて手を伸ばします。
僕は、死ぬ思いでその手をつかみました。
これ、係員さんまで一緒に単振動しはじめたらどうしよう。
そんなことを本気で心配しましたが、しかしゴムにはそんな力はすでに残っておらず、僕の体は、そのまま地面に横たえられました。
精根尽きた人間。
文字通り、そんな気持ちでした。
さぁっ!
残るはエリ、ただ一人!
その瞬間、マヤが発した信じられない言葉とは!?
クライマックスに向けて猛加速!
ご期待ください!
(つづく)
そして、このアメーバブログの内容
(心理学的なもの中心。モーニング女医はありません。ごめんなさい)
をまとめた書籍が発売です!
お人よしのアナタへ贈る“損をしない”心理術
損をしないためには、どうすればいいのか!?
最悪の状況になりつつも、なんとかこうして生き残っている自分が語る、
妙な意味で説得力のある書籍です! ぜひご覧ください!
みなさま今後ともよろしくお願いいたします。
精神科医ユウの日記モーニング女医。 バリで落ちる女医。12 これは、4人のドクターたちの日常を描いた愛と情熱の日記です。 |
<前回のあらすじ>
バリに来たマヤ・ユウ・リオ・エリ。
ユウたちは、マヤの提案でバンジージャンプをすることになる。
すでにリオは飛び込み、ユウもついに飛んだ。
残るはエリ、ただ一人…!
<本編>
マヤ「大丈夫? ユウ先生」
薄れかけた意識で見上げると、マヤ先生が僕を見下ろしていました。
本当に酔うと、耳に入ってくる人の言葉すらも酔いを悪化させる要因になります。
あれから何分たったのでしょう。
とにかく人との会話も無意識でシャットアウトしたまま休んでいた僕。
少しずつ酔いも回復してきて、会話が可能な状態になりました。
ユウ「………あ、はぁ………。な、なんとか………」
すると、マヤ先生は、こう言いました。
マヤ「素敵だったわよ。ユウ先生」
ユウ「あ…ありがとうございます」
先生の笑顔。
これだけで、もしかして、飛んで良かったのかと思えます。
しかしこう思っては、先生の思うツボです。
僕は気持ちを入れ直しました。
マヤ「歩ける?」
ユウ「は、はい…」
マヤ「それでね」
ユウ「あ、はい」
マヤ「さっきから、すでに5分たってるの」
ユウ「あ…そうなんですか…」
マヤ「でね? 上の方で、エリがやっぱり、飛び込めないみたい」
ユウ「あ、はい…」
確かに、それはしかたありません。
男性である僕たちですら、あそこまで大変だった飛び込み。
ただでさえ震えていたエリさんなら、ためらってしまうのはしかたないでしょう。
マヤ「だからね、エリにこれ、届けてあげてくれない?」
ユウ「え?」
するとマヤ先生は、一枚の封筒を取り出しました。
マヤ「ここには、エリへのメッセージがあるの。これを見れば、元気百倍で、飛ぶことができるから」
ユウ「………」
メッセージ。
また、何かの脅し文句や、過去の彼女の秘密などが書いてあるに違いありません。
僕はそれを見つめながら、エリさんの不幸を哀れに思いました。
ユウ「いや………。でも………」
マヤ「心配? でも、私は本当に、エリのことを考えてるのよ」
ユウ「………」
僕は考えました。
このバンジージャンプ。
僕自身は酔ってしまいましたが、飛んだ瞬間は、不思議な爽快感が、あるといえばありました。
あそこで恐怖に震えているよりは、飛んでしまった方が、もしかして幸せなのかもしれません。
それに僕が行けば、彼女を言葉で励ますことができるはずです。
ユウ「………わ、分かりました………」
マヤ「OK! そう来なくっちゃ!」
僕は立ち上がり、封筒を持つと、バンジージャンプの塔の入り口に向かいました。
そのとき、マヤ先生は、言いました。
マヤ「あとね、ユウ先生の口から、エリにこう伝えてほしいの」
ユウ「………え?」
マヤ「『恋人岬』って」
………。
マヤ先生が、意味のないことを言ったことは、今まで一度たりともありません。
すなわちどんな言葉であっても、決して聞き逃してはいけない。
僕は小動物、いえ微生物としての本能で、全身全霊でその言葉を反芻しました。
ユウ「…な、何ですか、それ…?」
マヤ「知らない?」
ユウ「は、はい…」
マヤ「グァム島には、恋人岬というものがあるの」
ユウ「そ、そうなんですか…」
マヤ「どうして恋人岬ってついたか、分かる?」
ユウ「………」
岬と言えば、フロイト的には男性器の象徴。
そこに恋人とくれば、すなわち………
マヤ「ちなみにフロイト的考えは、まったく関係ないから」
先手を取られました。
マヤ「昔、あるところに、恋人たちがいたの」
ユウ「………」
マヤ「その恋人たちがいつも過ごしていたのが、その恋人岬。
ね? ロマンチックなエピソードでしょう?
彼女もその話を知ってるはず。
これを聞けば、彼女も気持ちが安らぐと思うから」
マヤ「あ、なるほど…。分かりました」
恋人岬。
素敵な名称です。
それをバンジーの上で、エリさんに伝えるのが、僕の仕事。
ただでさえドキドキしているバンジー台のところで、「恋人岬」というロマンチックな言葉を聞く、エリさん。
その気持ちを、そのまま僕に移し替える可能性だって、0ではありません。
マヤ「………ね? いい仕事でしょう?」
ユウ「は、はいっ!」
マヤ「気をつけてね」
ユウ「行ってきます!」
僕は台の上を、少しずつ登り始めました。
やはり、この階段は怖いです。
でも、今回の自分は、すでにジャンプを終えています。
そう思うと、不思議と足取りも軽くなりました。
人は、楽しい気分になると、時間が早くたつように感じるもの。
これは真実でした。
僕は気がつくと、すでにバンジー台についていました。
そこでは、エリさんが、震えながらしゃがみこんでいます。
ユウ「エ、エリさん!」
エリ「ユウさん? ど、どうして…?」
ユウ「………あの、マヤ先生から、メッセージだそうです………」
僕は封筒を、エリさんに渡しました。
彼女は不思議そうにそれを受け取ると、封を開きました。
そして、彼女は中にあった小さな紙を見ると、驚愕の目をしました。
エリ「………!!」
あのメッセージが、もしかして彼女の気持ちを追い込むものなら、あたたかな言葉を伝えるのは、今しかありません。
僕は心を決めて、言いました。
ユウ「そ、それで、ですね」
エリ「………は、はい?」
ユウ「『恋人岬』、だそうです」
エリ「………は!?」
ユウ「グァム島にある、恋人岬のことを、伝えてこい、と」
エリ「…恋人岬!?」
ユウ「は、はいっ!」
エリ「………」
ユウ「………」
エリ「ううん…。まさか、そんな………」
ユウ「???」
エリ「うん…。でも、マヤのことだから…。うん…」
彼女は一人で考えているようです。
そして、口を開きました。
エリ「私、答えは一つしかないと思うんです」
ユウ「え?」
エリ「ユウさんは、恋人岬の話、知ってるんですか?」
ユウ「愛し合う恋人が、二人で過ごしていた岬………なんですよね?」
エリ「………」
ユウ「………」
エリ「女と男。その恋人たちは、将来を固く誓いあう仲でした」
ユウ「………は、まぁ………」
エリ「そんなときです。村長の言いつけで、女は、外国から来た将軍と、結婚させられることになりました」
え。
エリ「女は驚き、それを拒みます」
ユウ「………」
エリ「しかし、それを取り消すことはできません」
ユウ「………」
ちょっと。
ちょっと、待ってください。
その話の続き、今、はじめて聞きました。
僕の胸の鼓動が、少しずつ高まっていきます。
エリ「…続きを、聞きたいですか?」
僕は思わずツバを飲み込みます。
ユウ「………は、はい………」
望まぬ男と結婚させられそうになった、女の話。
そして今目の前にいる、飛び込めない、エリさん。
この2つをつなぐ要素が、何か、あるはずだ。
しかし、それ以上の答えは、今、何も浮かびません。
僕は必死に頭を働かせました。
エリ「相談を受けた男にも、村長の決定を、くつがえすことはできませんでした」
ユウ「………」
今、心の奥底で、ある考えが、わき起こりました。
たとえるなら、湖の底から、恐ろしい魔物が出てくるような。
しかしそれは一瞬で、再び湖の底に沈められました。
理性が、常識が、それを必死に押し込めたような。
そんな気持ちが起こりました。
エリ「彼らは、自分たちの運命を、嘆き悲しみました」
ユウ「………」
エリ「そしてついに、二人は、決めたのです」
ユウ「………」
決めないで。
決めないで。
僕は心の中でそう念じました。
エリさんの次の言葉が、心から待ち遠しくて、たまりません。
彼女は、僕の方に、封筒の中にあった紙を見せました。
エリ「男は女と互いの体を固く結びつけ、二人で岬から身を投げたのです」
魔物、出た。
その紙は、バンジージャンプのチケットでした。
表には、マヤ先生の字で「For YU」と書かれていました。
エリ「私、答えは一つしかないと思うんです」
(つづく)
精神科医ユウの日記モーニング女医。 バリで落ちる女医。13 これは、4人のドクターたちの日常を描いた愛と情熱の日記です。 |
<前回のあらすじ>
バリに来たマヤ・ユウ・リオ・エリ。
ユウたちは、マヤの提案でバンジージャンプをすることになる。
すでにリオは飛び込み、ユウもついに飛んだ。
しかしユウはマヤの陰謀によって、再びエリと共に飛び降りることになった…。
どうなるユウとエリ!?
<本編>
バンジーチケットにあった「YU」の文字。
僕はユウという名前を、この瞬間ほど捨て去りたいと思ったことはありませんでした。
ああ、ユウ。
あなたはなぜ、ユウなの。
心の中のジュリエットが叫びます。
しかし、その声は誰にも聞き届けられません。
係員はそのチケットを手に取ると、ニコッと笑いながら、僕の体に器具を巻いていきました。
なつかしい感触が、再び戻ってきます。
バンジージャンプには、2種類あります。
1つは、普通に一人で飛び込むタイプ。
僕とリオ先生が、先ほど行ったものです。
もう1つは、二人で飛び込むタイプ。
ヨーロッパからハネムーンに来たカップルなどが行うため、「ハネムーンジャンプ」などと呼ばれたりします。
「よし、OKだ」
係員さんが、僕たちに言いました。
僕は、あらためて今の自分を認識します。
僕の腰は、固くエリさんと固定されています。
そして僕の手は、しっかりとエリさんの腰に回されています。
これがバンジージャンプ直前でなければ、夢のようなできごとです。
僕は想像の中で、エリさんとのハネムーンを描きました。
二人は結ばれ………。
そしてその直後、落下する。
なんていうか、血のハネムーンです。
幸せな想像も、圧倒的な現実の前に、マイナスな妄想に支配されました。
エリさんは、僕の体をギュッとつかみます。
そう。
密着できるのは、非常に嬉しいことです。
しかし、です。
カマキリのオスは、交尾の代償として、メスのカマキリに食べられます。
すなわち、食べられない限り、交尾してもらえない。
このことを知った瞬間、なんてカマキリのオスというのは哀れな生きものだ、と思いました。
でも。
僕も、バンジーしない限り、エリさんの腰に手を回すことはできない。
僕もカマキリのオス以上に哀れな生きものです。
僕の頭は、ぐるんぐるん回っています。先ほどの酔いも、まだ回復しきっていません。
こんな中、再び飛び降りたら、僕の脳はこれ以上ないほどシェイクされて、破壊されてしまうかもしれません。
ユウ「あ、あのっ………! エリさん、やっぱりぼ、僕………」
そう言うと、エリさんは言いました。
エリ「私じゃ、イヤですか…?」
う。
ユウ「い、いや、私じゃ、というか、別にエリさんだからというか………そもそもこのバンジーをもう………」
エリ「私、ユウさんが一緒に飛び込んでくれるって知って、ホッとしました。私一人じゃ、絶対に飛び込めないから…」
ユウ「い、いや、でも…」
エリ「私は、ユウさんがいてくれて、良かったです」
ユウ「………」
こういう言葉を聞いて、何かを言える男がいるのでしょうか。
悲しみに震える女性を目の前にして、それを拒絶できる男がいるのでしょうか。
僕は、あらためて下を見つめます。
すると下では、係員が、カバーの板を取り外していました。
ユウ「ん…?」
よく見ると、カバーの下から、小さめのプールが現れました。
ユウ「あ、あれは…?」
僕はすぐに、そばにいた係員に聞きました。
彼は答えます。
係員「あれは、念のためだよ」
念のため。
というか、万が一ゴムが切れたときのための「念のため」でしょうか。
だとしたら、たぶんあんなプールごときでは、カバーすることはできないと思います。
おそらく自由落下の速度では、プールの底にゴチンでしょう。
まるでプールなんて、あてにはなりません。
ユウ「い、いやっ………!」
しかし係員は、笑いながら言いました。
係員「GO! GO!」
他の係員も言います。
係員「二度目だから、楽勝だろう?」
二度目だろうが三度目だろうが、たぶん恐いと思います。
僕は、隣にいるエリさんを見つめます。
エリさんは、ガクガクと震えたまま、目をつぶっていました。
ユウ「………」
彼女が自分から、飛び込めるわけがない。
僕が自ら、飛び込んであげないといけないんだ。
かの石川五右衛門は、幼い子供とともに釜ゆでの刑にされた際に、ゆでられている間、幼い子供を、釜の中でずっと持ち上げていたそうです。
そして釜の温度が極限まで熱くなったとき、はじめてその子供を釜に落としました。
苦しみを一瞬で終わらせてやりたい。
すべてはそんな気持ちからです。
僕はそんな伝説を思い起こしました。
僕は今、エリさんのために、石川五右衛門になろう。
彼女の苦しみを早く終えるために、今すぐ、飛び込もう。
………………。
石川五右衛門のことを考えながらバンジージャンプをする人間て、世界中ではじめてだと思います。
しかし、そんなことを考える余裕はありません。
僕は、さきほどと同じように、ただ体を倒していきました。
ユウ「ちぇえああああああああ!」
エリ「!!」
僕の体は、エリさんと共に、宙に吸い込まれていきました。
エリ「ああああっ!」
エリさんは、僕の体に、ぎゅっと腕と体を回してきます。
彼女の感触が、僕の側面に、心地よく触れました。
よく、エクスタシーを「落ちる」ことにたとえたりします。
女性と男性が、二人で、落ちる。
これはもしかして、擬似的にそういう行為を象徴しているのではないでしょうか。
あぁ、僕は今、生きている。
バンジーをやってはじめて感じる、性の実感、いえ、生の実感。
思えば、この瞬間こそが、もっとも幸せなときだったのかもしれません。
僕の足が、少しずつゴムの抵抗を感じていきました。
しかし。
しかし、です。
そのゴムの抵抗が、先ほどよりも少ない気がします。
ユウ「………え?」
僕たちの速度は、地上に近づきつつも、勢いがいまだに衰えません。
ちょっと。
ちょっと、待って。
目の前に、少しずつプールが近づいてきます。
ちょっ!
待っ!!
水を突き抜ける音と共に、僕とエリさんの体は、プールの中に沈みました。
いったい何が起こったのか!?
長かった(書くのが)旅のあとに、ユウ・リオ・エリ・マヤが見たものは!?
待て、最終話!
(つづく)
精神科医ユウの日記モーニング女医。 バリで落ちる女医。最終話 これは、4人のドクターたちの日常を描いた愛と情熱の日記です。 |
<前回のあらすじ>
バリに来たマヤ・ユウ・リオ・エリ。
ユウたちは、マヤの提案でバンジージャンプをすることになる。
最後にユウはエリと共に飛び降りるが、二人はなぜか水の中に落ちる…!
どうなるユウとエリ!?
果たしてユウが最後に見たモノは!?
<本編>
このときの気持ちは、言葉にすることはできません。
予想外のまま、水の中に沈む。
その直後です。
ゴムの勢いが増し、僕たちは再び上に持ち上げられました。
ユウ「………」
エリ「………」
もう、茫然自失。
言葉を発することもできません。
状況を、まだ飲み込むことができませんでした。
ゴムは伸び、また再び、水に入ります。
でも2回目は、さっきより浅く。頭のてっぺんが濡れるだけで済みました。
隣のエリさんは、ただ目をつぶって、それに耐えています。
そのまま、ゴムはまた、単振動を続けます。
3回目の落下では、水にまでは届きませんでした。
安心するまもなく、ゴムの揺れは続きます。
来た。
なんかもう、また来た。
あの、なつかしい、そしてもう二度と味わいたくない感触が来ました。
ユウ「………うっぷ………」
僕の気持ちが、少しずつ揺れていきました。
隣のエリさんは、今どんな表情をしているのか。
それを確認する気力も、ありませんでした。
気がつくと、僕は地面に横たえられていました。
………まさか。
まさかこれは、夢だったのでは。
そんなことを思いますが、濡れている上半身が、すべてが現実であることを、ハッキリと証明していました。
そのときです。
「OK?」
係員のおじさんが、僕に聞いてきました。
ユウ「………み、水………! 水が………!」
僕はあわてて主張します。
ここで一発言わないと、男ではありません。
おそらく、ゴムの長さのミスに違いない。
僕は勇気を出して、声を振り絞りました。
すると、彼は言ったのです。
「もし水につかりたくなかったなら、上で『NO WATER』って言うんだよ」
いま、はじめて聞きました。
何ですか、そのコース設定は。
僕は心からそう叫びたかったのですが、そんな気力はどこにも残っていませんでした。
僕はあらためて、自分の体勢を見ます。
横たえられる、というより、とりあえず転がされた、という感じです。
近くを見ると、リオ先生も頭にタオルを当てて、苦しみつつ横になっていました。
何でしょうか。
ここは遺体安置所でしょうか。
僕の気持ちはずんずん盛り下がっていきます。
でも、とにかく最悪の状態からは抜け出したんだ。
そして今、命もちゃんとある。
僕はそう思いながら、自分の幸せをかみしめようとしました。
………。
待て。
そういえば、エリさんは!?
彼女は大丈夫なのか!?
そして、そう!
僕は彼女と高い位置で恐怖を分かち合った!
そして二人で危機を乗り越えた!
心理学的に言えば、今の彼女は、僕のことで頭がいっぱいのはずだ!
僕は急いでエリさんを探しました。
………。
え。
エリ「恐かった………! 恐かったんです………!!」
マヤ「よしよし」
マヤ先生が、エリさんの頭をなでていました。
マヤ「恐かったわねぇ」
ある意味、姉が妹のことをいくつしんでいるような。
そんな光景が、そこにありました。
いや、すべての元凶は、マヤ先生ですから。
僕は心からそう言いたくてたまりませんでした。
しかし人は、不安や恐怖を感じたときに優しくしてくれた人間には、無条件で親近感を感じてしまうものです。
このバンジージャンプは、不安や恐怖を与えるという意味では恰好のアトラクションなんですが。
共に体験した瞬間、足腰が立たなくなるというデメリットもあります。
まさに、諸刃の剣です。
「時間を止められるけど自分も動けなくなる」
みたいな、役に立たない超能力を思い出しました。
マヤ「よしよし、いいコねぇ」
エリ「マヤぁ~!」
そこにいるのは、僕だったはずなのに。
僕は心からそう思いました。
マヤ「あら、ユウ先生、気がついたの?」
マヤ先生は、僕に視線を向けました。
マヤ「楽しかったわよ」
それは良かったです。
少女が、アリに水を掛けるような。
そんな残酷な快感を抱いているような微笑みでした。
そんなときです。
エリさんも、僕の方に向きました。
ユウ「エ、エリさん…」
エリ「ユウさん…」
その瞬間、エリさんは僕の顔を見て、ほんのちょっとだけ、眉毛をつりあげました。
そして目がヒクつき、そのままぎこちない微笑みをしました。
人間が自然に笑った場合、口⇒目の順番で笑うと言われています。
逆に目⇒口という順番で笑う場合は、困惑の笑いだと言われています。
まさに、後者でした。
キング・オブ・困惑という感じでした。
エリ「………あ、さっきはありがとうございます………」
ユウ「………」
心理学では、ある感情とある要素がミックスして記憶されることがあると言われいてます。
これをアンカリングと言います。
たとえばある音楽を聴きながら失恋したら、その音楽を聴いただけで、悲しい気持ちになったり。
いいニオイのする場所で告白が成功したら、そのニオイをかぐだけで幸せな気分になったり。
………。
では、ここで問題です。
エリさんは、僕の顔を見ながら恐怖を感じました。
答えは、いったい何でしょう?
正解。
「僕の顔」=「恐怖」。
適度な恐怖や不安は恋愛の気持ちを高めますが、
ここまで極度なモノだと、関係が壊れる可能性がありますので、注意してください。
エリ「ありがとうございました…」
ユウ「………」
エリさんは、すぐに僕の顔から、目をそらしました。
ユウ「ど、どういたしまして…」
僕は心の底から絞り出すように言葉を発しました。
「恋はデジャブ」という映画があります。
マヤ先生が「これイイから、絶対見て!」と医局にDVDを置いていったので、
うちの医局員は(ほぼ強制的に)全員知っている映画なんですが。
あるテレビレポーターが、同じ日を何度も繰り返してしまう、という話です。
男はそのことを悲しみながら言います。
「若いときに女と過ごした海…。あの日だったら、何度だって繰り返した良かったのに…。何度でも…。何度でも…」
女。海。
要素的には同じなんですが、今日みたいな日は、もう二度と味わいたくないと思いました。
<エピローグ>
帰りの飛行機の中。
一人、たそがれている僕の隣の席に、突然に座ってきた人がいました。
エリさんでした。
エリ「あ、あの…」
ユウ「………え?」
相変わらず、彼女は僕の方を見てくれません。
ただまっすぐに前の方を見つめながら、ゆっくりと話しました。
エリ「あの、これ…」
ユウ「………」
手渡されたのは、小さなチョコレートでした。
エリ「………あの、本当に………」
ユウ「えっ!?」
エリ「本当に、ありがとうございました…」
神様。
僕はこれだけで、生きていて良かったと思えます。
エリ「つまらないものですけど…」
つまります。
つまりまくります。
心の中でそんな言葉を連呼します。
ユウ「………あ、ありがとうございま…!」
僕が喜びと共に叫んだ瞬間。
そのチョコが、手から落ちました。
ヒュー。
………ぽとん。
そんな擬音が聞こえるくらい、僕たちの目には、スローモーションで床に吸い込まれていくチョコレート。
落ちる。
僕の脳裏には、あのときの瞬間が、再び強烈に思い出されました。
エリ「………」
おそらくエリさんも同じことを考えているに違いありません。
エリ「じゃ、じゃあまた…」
エリさんはそうつぶやきながら、自分の席に帰って行きました。
僕はたった一人残されつつ、自分の運命と今回のできごとをかみしめました。
………。
みなさまも、いつかぜひ、
バンジージャンプをオススメします。
(完)
ここまでおつきあいくださって、本当にありがとうございました。
素敵イラスト ソラさん(女神)
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