精神科医ユウの日記 <70%ノンフィクション 30%ユウの妄想>
モーニング女医。 2003/03/06
                        ~オーロラを見つめる女医。

<セクシー心理学 トップへ>

それは、数年前のある冬の日。
マヤ先生は、珍しく僕とリオ先生に、缶コーヒーを買ってきてくれました。

リオ「ありがとう」
ユウ「あ、ありがとうございます…」


明らかに流れる、不自然な雰囲気。

僕とリオ先生がコーヒーを飲んでしばらくすると、マヤ先生はにこやかに言いました。


マヤ「それはそうと、オーロラ見に行きたくない?

ユウ・リオ「…………」



時が止まります。



今、なんと言ったのでしょうか。

少なくとも、

「カローラ」とか「フローラ」とか、そんなありがちな単語じゃなかったことは確かです。


しばらくの後、リオ先生はマヤ先生の肩を叩きながら言いました。

リオ「はっはっは。すまないが、今なんと?

マヤ「だから、オーロラ見に行くのよ





まずいです。

「見に行きたくない?」→「見に行くのよ」。


たった二つのセリフで、すでに言葉が断定形に変化しています。

気がつくと恐ろしい勢いで増殖するハムスターみたいです。




ユウ・リオ「…………」


リオ「………。それはうちの大学の近くにある、ラブホテル『オーロラ』のことじゃないよな?」




確かにそんなの、ありましたけど。

マヤ「もちろん、違うわよ? あの空に舞う、綺麗なカーテンみたいなオーロラ」

ユウ「……………」

なんか、もう誤解のしようがありません。


リオ「…………それは、ラブホテル『オーロラ』の、綺麗なカーテンのある部屋のことじゃ

マヤ「違うわ



わぁ、もう一刀両断。

僕とリオ先生が呆然としていると、マヤ先生はにこやかに言いました。


マヤ「でねでね? オーロラを見に行くためには、やっぱり北半球に行かないとダメみたい。
日本から普通に行けるのは、北欧とアラスカなんだって」


ユウ・リオ「………」

するとマヤ先生は、こう言ったのです。

マヤ「だから、アラスカにしたわ






だからって何。




リオ「いや、悪いんだが俺はちょうど今から用があって」
ユウ「僕もなんていうか人生について考えなきゃいけなくて」




そう言おうとする僕たちに、マヤ先生はにっこりと笑いながら言いました。

マヤ「人間心理にはね、社会的交換理論ってのがあるのよね」

ユウ・リオ「……………」


マヤ「人間の親切は、お金のやりとりと同じ。
  ある親切を受けたら、それと同じものを返さないと、互いの気持ちに違和感が生じてしまうわ」

ユウ・リオ「…………」


僕とリオ先生は、固唾をのんで次の言葉を待ちます。


マヤ「今私は、缶コーヒーによって、一つの親切を示した


ユウ・リオ「…………」


マヤ「だからお返しに、アラスカにきてくれても
  いいと思うんだけど







物々交換、成り立ちません。


そう思っていると、リオ先生は言いました。



リオ「俺、缶コーヒー100本返すから








その方がマシですよね。


するとマヤ先生はにこやかに言いました。


マヤ「ううん。利子が付いて10000本







もうダメだ。



「社会的交換理論」とか理性的な説得を持ち出しながらも、
利子は1分で1万倍。





こうなったら、もう誰も止められません。





マヤ「日付は2月の真ん中くらいでね! 料金は一人あたり……」

嬉しそうに話し始めるマヤ先生を見ながら、僕は、命の灯火がまた一つ寒空の中にさらされるのを感じました。

そう。



缶コーヒー1本のために。





さぁ!
突然に決定したアラスカ紀行!!

零下40度の極寒の地から、ユウたちは無事に帰ることができたのか!?


ハマナットウさん、ありがとうございました!


精神科医ユウの日記 <70%ノンフィクション 30%ユウの妄想>
モーニング女医。 2003/03/27
                        ~オーロラを見つめる女医。

<セクシー心理学 トップへ>

みなさんは、アラスカの気候をご存じでしょうか。

たとえば北海道の冬の気温は、かなり下がっても「マイナス10℃」くらいです。

でも、アラスカの冬の気温は………。






普通に、「マイナス30℃」。


ひどいときは、マイナス40℃にもなるそうです。

物理で学んだことがあるかもしれませんが、

シャレじゃなく、バナナでクギが打てます。

ときは二月。日本もアラスカも、もちろん真冬です。







成田からシアトルに行き、そこからアラスカ方面に乗り換えた飛行機の中。

僕は我が身を呪いながら、必死に「地球の歩き方 アラスカ」を読んでいました。



日本の防寒着などで外に出るのは自殺行為だ。
その数倍の厚さのものを着なければ、命の保証はない。

金属を触ってはいけない。手が離れなくなってしまうから。





読めば読むほど、背筋が凍ります。


「これからみなさんに、殺し合いをしてもらいます」

あの映画バトル・ロワイアルの生徒たちも、こんな気持ちだったのでしょうか。


ただでさえ寒さに弱い僕は、死にそうな気持ちで飛行機の中で震えていました。


リオ「まぁまぁ、そう怖がるな、ユウ」

リオ先生はにこやかに言います。

リオ「どんなに寒くっても、死ぬわけじゃないんだし」



いえ、寒すぎれば死ぬと思います。

僕は静かにそう思いました。

不安になりながら、マヤ先生の方を見ます。

するとマヤ先生は、にこやかに
「地球の歩き方 ニューカレドニア」
を読んでいました。



何で今それを読むんですか。


僕は声を大にして言いたくなりました。


ユウ「あの、寒いのって、大丈夫でしょうか……」

心配に聞く僕。

リオ「あっはっは。大丈夫に決まってるだろう! …なぁマヤ?」


リオ先生は自信満々「大丈夫」と断言しながらも、不安そうなハムスターみたいな目をしつつ、
マヤ先生の顔をうかがいました。


マヤ「そうね……」

先生は静かに本を閉じながら、言いました。



マヤ「たぶん、寒いと思う




「たぶん」じゃないと思います。



マヤ「でも大丈夫。なせばなるわ! 気合いで乗り切りましょう!」

ユウ「………」
リオ「…………」


言葉にならない想いが、僕たちの胸を駆けめぐりました。




そして、3時間後。
飛行機はアラスカ、フェアバンクスの空港に降り立ちました。


ほとんどの乗客は、すぐに荷物をまとめて出て行きます。
ほぼ全員がアメリカ人らしく、体格の大きな人ばかりです。


マヤ「さぁっ! 私たちも行くわよ! めくるめくオーロラの世界へ!」

リオ「お、おおー…」

さっそうと飛行機から出ようとするマヤ先生。

僕とリオ先生は、すぐにその後を追って行きます。

しかし、飛行機のタラップに一歩足を踏み出した瞬間、外から突風が吹いてきました。

リオ「うわっ!」
ユウ「わっ!」

「凍り付くほどの冷気」なんてものではありません。




空気全部が氷です。


空港の温度掲示は、マイナス33℃を指していました。



マヤ「…………」

リオ「………………」

ユウ「……………………」



飛行機の中で、顔を見合わせる三人。



しばらくの沈黙の後、マヤ先生は言いました。




マヤ「無理




あきらめ、早すぎです。








降り立つこともできないマヤとリオとユウが、果たして本当にオーロラを見ることができるのか!?


精神科医ユウの日記 <70%ノンフィクション 30%ユウの妄想>
モーニング女医。 2003/03/29
                        ~オーロラを見つめる女医。3

<セクシー心理学 トップへ>

フェアバンクス市内のホテルの中。
僕とマヤ先生・リオ先生の3人は、ロビーにある特大ヒーターの真ん前に陣取りながら顔を向き合わせていました。

マヤ「………」

リオ「………」

ユウ「………」

マヤ「まさかこれほどまでの寒さとは思わなかったわね…




いえ、思ってました。


マヤ「これはホテルから出られないわね…」

リオ「その通りだな…。死にに行くようなもんだ」

ユウ「………」


僕は無言で二人の会話を聞いていました。


マヤ「…そうだわ!」

リオ「……なんだ…?」


マヤ「夏まで待てばいいのよ!



待てません。



リオ「さすがにそれは無理だ」

ユウ「で、ですよね…」

リオ先生は、熱い目をしてマヤ先生に語りました。


リオ「せめて春だろう




大して変わりません。



僕は静かに二人に言いました。


ユウ「先生……。帰りの飛行機は、いつだか知っていますよね…」

マヤ「いつだっけ?」

リオ「いつだっけ?」


ユウ「………。あさっての午後です」

マヤ「……」

リオ「………」

ユウ「だから、実質アラスカに滞在できるのは、今日と明日だけ。
あさっての午後にはまた飛行機に乗って帰らなければいけません」

マヤ「そうね…」

ユウ「すなわち、その間にオーロラを見なければいけないわけです」



すると、二人は静かに考えてから、言いました。


マヤ「でも、寒いよ…

リオ「そうだな、寒い




僕は心が寒いです。


僕は静かに二人の言葉を噛みしめていました。


マヤ「ねえ、今回はホテルで過ごさない?






「次回」は、いつ来るんですか。

そう思っていると、リオ先生は言いました。

リオ「……いや、待てよ?」

マヤ「……なに?」

リオ「ホテルのテレビで見ればいいんじゃないか?

マヤ「それってナイスアイディア!







アラスカにいる
意味があるんですか。


マヤ「……まぁでも、生で見たいというのは事実よね……」

リオ「そうだな……。生であるに越したことはないな…」

マヤ「生……

リオ「生………

マヤ・リオ「生、生、生……




アラスカのホテルで、「生、生」叫んでいる日本人たち。

外国人から見ても、日本人から見ても怪しい光景です。


静かに距離を取ろうと思った瞬間、マヤ先生は言いました。



マヤ「うん。そうね。百歩譲って

リオ「あぁ」

マヤ「なんとかホテルの庭まで出て…






文字通り「百歩」くらいしか
歩かないつもりですね。



僕はその言葉に、行きの飛行機の中で読んだ知識を思い出しました。


ユウ「あのですね。やっぱりアラスカの都市であっても、いつでもオーロラを見ることは
できないらしいんです」

マヤ「………は?」

ユウ「山の上とか、標高の高い場所の方が、見える確率は高いそうですよ

すると、マヤ先生の動きが止まりました。

マヤ「……見える確率は、高い?

ユウ「………」

リオ「……ってことは……?」


マヤ「まさかアラスカくんだりまで来て、ぜんっぜん見えないままに
帰らなきゃいけないこともあるワケ!?


ユウ「…はい。そうなる可能性もあるわけです」

リオ「それってせっかくモーニング娘。のコンサートに行ったのに、
メロン記念日しか見れずに帰ってくるようなもんじゃないか!








どんなたとえですか。

マヤ「うわっ! 見られないかもしれないとなると、断固見たくなってきたわ!

リオ「そうだな! その通りだ!



そうですよね。




そういう人たちでしたよね。

マヤ「さぁっ! どうすればいいの!? 何でもやるわよ?」

リオ「ああ! 多少の寒さなら覚悟しよう!

マヤ「そうね! 多少の寒さなら大丈夫!


「多少」レベルの覚悟じゃ、
無理だと思います。


さぁ、浮かれるマヤ・リオ先生を前に、ユウの行動は!?

ようやくスタート地点に立つことができた3人は、オーロラを見ることができたのか!?


精神科医ユウの日記 <70%ノンフィクション 30%ユウの妄想>
モーニング女医。 2003/04/01
                        ~オーロラを見つめる女医。4

<セクシー心理学 トップへ>

マヤ「ア……。ア……」

ホテルマン「………?」

マヤ「アイ ワント トゥー シー オーロラ






フェアバンクス市内のホテルの中。

「よしっ! どうやったらオーロラを見に行けるか、ホテルマンに聞いてくるわ!
私の英語力に任せなさい!」

自信満々に話したマヤ先生が、笑顔でホテルマンに言ったセリフです。




ホテルマン「…………!?」


理解していません。
当然です。


マヤ先生は、しばらく考えると言いました。



マヤ「アイ ワナ シー オーロラ







WANNA。


平常表現すらあいまいなのに、どうして上級表現を使おうとする。




リオ先生が、見かねて近づいていきました。

リオ「マヤマヤ! オーロラは英語で『ノーザン・ライツ』って言うんだよ!」

マヤ「マジで!? じゃあオーロラって何語なのよ?」

リオ「…………」

マヤ「……………」

リオ「日本語

マヤ「知らなかったわ




僕も知りませんでした。


リオ「まぁ、とにかく任せろ」

そしてリオ先生はホテルマンに向かって言いました。


リオ「アイ ワント トゥー シー ノーザン・ライツ






あまり変わりません。



僕の頭がクラクラになっている間も、二人は強引な会話を続けています。


リオ「ショウミー!

マヤ「テルミー!

リオ「ノーザン・ライツ・スポット!

マヤ「スーパー・ベストスポット!









ある意味。


日本で、
「ハラキリ・ゲイシャ、ドコデスカー!」
と詰め寄ってくる外国人と同じような気がしました。



そして支配人まで呼ばれた10分後、二人はにこやかに僕のところに戻ってきました。


リオ「分かったぞ!」

マヤ「とりあえず、ツアーオフィスに行ってくれ、だって






それは追い払われてるだけじゃないですか。



僕は静かにそう思いました。


ユウ「で………。それってどこにあるんですか……? ガイドブックの地図じゃ、狭くて載っていませんよ」

リオ「おう。それは聞いてきた。ここから3キロほど北に歩いた場所にあるらしい」

マヤ「うん。3キロ」

ユウ「じゃあ、タクシーで行きますか?」


するとマヤ・リオ先生は言いました。

マヤ「ねぇ、歩いてそこまで行ってみましょうよ。せいぜい30分よ」

ユウ「はぁ?」

リオ「旅の醍醐味は、歩くことだぜ、ユウ!」

ユウ「いえ、僕はいいですけど…。寒かったりしないんですか?」

マヤ「大丈夫。最悪、途中でタクシーを拾えばいいんだし」

リオ「そうそう。ホテルで貸してくれた防寒具フル装備なら、大丈夫だよ!」





そのとき、僕は思いました。


ホテルマンに頼んでタクシーを呼んでもらうのがイヤなんだ…。





マヤ「よし、じゃあ着替えて1時間後に集合ね!

リオ「おう! 行くぞ、ユウ!」






少しずつ、高まる不安。

そのときの僕は、あのときの気軽な選択が、まさかあんな事態を引き起こすことになるとは……


微妙に思ってました。



マヤ・リオ・ユウの運命は!?


精神科医ユウの日記 <70%ノンフィクション 30%ユウの妄想>
モーニング女医。 2003/04/03
                        ~オーロラを見つめる女医。5

<セクシー心理学 トップへ>

マイナス33℃。

その世界が、想像つきますでしょうか。
鼻水が、出た瞬間に凍る世界です。

日本で普通に売っている防寒具の数倍の厚さの服を着ても、その寒さは防ぎ切れません。

特に、日本でコタツやヒーターの部屋でぬくぬくと育ってしまった僕たちには、
なおさら耐えることはできません。



僕とリオ先生、そしてマヤ先生は、寒さに震えつつ、ひたすら北を目指していました。


マヤ「どうして…タクシーがつかまらないのかしら……」

リオ「………さぁな………。それ以前に車がぜんぜん来ないだろう…」

ユウ「…………」


「ツアーオフィスまでの3キロを全部歩く。もし途中でつらくなったら、
タクシーつかまえればいいんだから」


マヤ先生のその計画の元に始まったアラスカウォーキング作戦は、
スタートして5分の時点(ホテルから500メートル)で、マヤ先生の


マヤ「もう無理。マジ無理



というセリフによって、急遽、アラスカタクシー捕獲作戦に切り替えられました。


しかし、ただでさえ車通りは少なく、タクシーなんて一台も通りがかりません。


リオ「仕方ないな……。ホテルまで戻るか…?」

マヤ「それはイヤ! ホテルマンに負けを認めたも同然じゃない!



負けてもいいですから。


マヤ「きっとね、彼らこう思うに決まってるわ!」

リオ「……?」

マヤ「『ヘイ、あのジャパニーズ、やっぱり戻ってきたぜジョージ』
   『ホーリィシット! 10分かよ! せめて15分は持てよ!』
  『約束は約束だぜ、ジョージ』
 『ウープス…』」



ジョージって、誰。

マヤ「だから、絶対に帰るのだけはイヤ!」

リオ「……まぁ、歩いていれば、一台くらいは通るかもな…」

ユウ「…………」




そしてさらに10分。


案の定というか当然というかやっぱりというか思った通りというか、


タクシーは一台も通りませんでした。


マヤ「寒い寒い寒い寒い!」

リオ「あぁ…。寒いな…」

ユウ「…………」

すでに3人とも、ただの雪上歩行マシンと化しています。


次第にリオ先生は、何かをブツブツと話すようになりました。

ユウ「……え、何ですか?」

リオ「あのな…。ユウ…。人間は、風速によって体感温度がさらに下がるんだ。知ってるか?」

ユウ「……あ、はい……。聞いたことは……」

するとリオ先生は、突然言い出しました。


リオ「H=熱損失 V=風速(m/s) T=温度(℃)として、
H=[10.45+10√V-V][33-t]で表される……




ワケが分かりません。



僕は静かにそう思いました。


リオ「すなわち……」

ユウ「はい……」


リオ「寒いんじゃあ!!





最初からそう言ってください。



マヤ「本当に寒いっ! 寒いっ! 寒いのよ!

リオ「あぁ、寒い寒い寒い寒い!!


あまりに連発する二人に、僕は静かに言いました。


ユウ「…先生、寒いのは分かってますから……」

すると先生はいきり立つように言ったのです。


マヤ「知らないの? 人間はね、『寒い』とか『暑い』とか言うことで、あらためて体に宣言することになるのよ」

リオ「そうだぞ? 知らないのか?」

ユウ「…え?」

マヤ「それによって体は血管を収縮させたり弛緩させたりして、実際に体温をちょうどよく戻す機能があるの」

リオ「あぁ。常識だぞ」

ユウ「……。ほ、本当なんですか……?」




正直、意外でした。
こんな医学知識を知っているなんて、やっぱり尊敬する……。

そう思った瞬間です。



マヤ「みのさんが言ってたんだから確かよ!







思いっきりテレビですか。



僕の体感温度が、さらに3℃ほど下がりました。



マヤ先生とリオ先生は、「寒い寒い!」と連発しながら歩き続けます。

僕はあとを追いながら、静かに「寒い…」とつぶやいてみました。

さらに寒くなった感じがしましたが、とにかく考えないようにしながら歩きました。


時間は、刻々と過ぎていきます。

マヤ「なんでつかないのよ…」

リオ「なんでだろうなぁ…」




どう考えても、距離を間違っていたとしか思いようがありません。

まさか、3キロなんてものではなく、5キロ、いや10キロだったりしたら…。

それこそ、凍死してしまう。





…………。



これが凍死じゃなくて透視だったりしたら世界はパラダイスなのに。


と、パラダイス一歩手前の妄想的な思考をしはじめたとき、マヤ先生の声が響きました。


マヤ「あれじゃない!?」

リオ「おっ!」


先生の指し示す方向を見ると、確かにツアーオフィスらしき建物がありました。



ユウ「わぁっ!」

しかし、マヤ先生は静かに言います。


マヤ「いや……。ちょっとまって…。でも……」

リオ「う………」


その声にあらためて前を見る僕。

すると、ツアーオフィスの手前には、大きな川がありました。


マヤ「…………」

リオ「……………」

ユウ「………………」




3人とも、沈黙します。

リオ「橋はないのか?」

マヤ「……あっちの方に……」


見ると、はるか遠くに小さく橋が見えました。


ユウ「……仕方ないですから、回りましょう」


そう言いかける僕を制止するように、マヤ先生は言います。


マヤ「今、すでに4時を回ってるんだけど」

リオ「………」

ユウ「………」


マヤ「ツアーオフィスなんて、せいぜい5時くらいまでじゃない?」

リオ「…………」

ユウ「…………」


僕たちの間に、沈黙が走ります。



マヤ「よくよく考えたら、今日は金曜だよね」

リオ「…………」

ユウ「…………」



マヤ「明日って、お休みかもしれないよね……」

リオ「…………」

ユウ「…………」



僕とリオ先生は、静かにマヤ先生の言葉を待ちました。

マヤ先生は、あらためて川を見つめます。


マヤ「……………」

リオ「……………」

ユウ「……………」




まさか。

僕がそう思った瞬間です。


マヤ先生は、つぶやくように言いました。



マヤ「川、凍ってるよ

リオ「……………

ユウ「……………

























まさか。





精神科医ユウの日記 <70%ノンフィクション 30%ユウの妄想>
モーニング女医。 2003/04/11
                        ~オーロラを見つめる女医。6

<セクシー心理学 トップへ>

(前回までのあらすじ)
オーロラを見るためにアラスカに来たマヤ・リオ・ユウ。
ツアーオフィスがもうすぐ閉まりそうなそのとき、マヤは「川、凍ってるよ」とつぶやく。

ユウとリオの運命は!?


<本編>

ユウ「おかーさん! ほら、この池、凍ってるよー!」

「危ないからやめなさい!」

ユウ「大丈夫だよ、ほらー!」


パリン。





その後、ビショぬれの服のまま怒られました。




僕はつい、幼稚園の時の記憶を思い出しました。


日本の池で落ちたら、もちろんビショぬれ程度で済みます。

しかし、真冬のアラスカの川に落ちたら……






リオ「死ぬぞ?

ユウ「えっ!?」


リオ先生は、凍った川を見つめながら言いました。


リオ「落ちたら、死ぬぞ? どう考えても……」

マヤ「ううん。凍ってるんだもん。渡れるわよ」

リオ「いや、割れることもあるだろう」

マヤ「大丈夫よ。これだけ凍ってれば」

リオ「いや、でも…」

マヤ「大丈夫だってば」





明らかに平行線ですよね。



僕は静かにそう感じました。



リオ「………」

マヤ「…………」


二人は話し合いに疲れたのか、しばらく沈黙します。




すると、マヤ先生はその静けさを破るように言いました。


マヤ「アラスカはフェアバンクスの川は例年11月ごろから凍り始め、12月になると、
氷の厚さが70~80センチに達し渡れるようになる。
これをアラスカでは『アイス・ブリッジ』と呼び、実際に人間やスノーモービル、そして乗用車で渡る人間もいる



リオ「!?」
ユウ「!?」

突然の言葉に、僕たちは驚きます。

マヤ「ユウ先生の持っているガイドブックの、135ページ」


僕は大急ぎでガイドブックを開きます。

マヤ「でしょ?」

リオ「そうなのか?」


静かにガイドブックを見つめると、そこにはその通りの表記がありました。

ユウ「た、たしかに……」

リオ「本当か!?」

マヤ「ガイドブックに書いてあるなら、信用できるわよね。さぁ、行きましょうか」

リオ「………」

ユウ「………」

マヤ先生はすぐに川べりに降りていくと、川の方に向かって足を置きました。

マヤ「ほら、大丈夫よ!!



そう言われてしまっては仕方ありません。

リオ「行くしかないな…」

ユウ「は、はい…」

僕たちも急いで川の近くに降りていきます。



確かに川は凍っていて、渡れるだけの厚さはあるように思えました。

マヤ「さぁ、早く行きましょう!」


リオ「よ…。よし……」

ユウ「………」

リオ「行くんだ、ユウ






やっぱり、僕からですね。



僕はそう思いました。


いや…。でも、マヤ先生がすでに足を置いている…。


そのことを考えると、思い切って足を出しました。



ユウ「よっ!






















…………………。




この間から「落ちた」ことを期待された方には非常に申し訳ないのですが、


大丈夫でした。



リオ「おっ! 大丈夫じゃないか!! よし、オレも…」

リオ先生も、すぐに渡り始めます。


リオ「おっ! イケるな、これ!」

そうなると僕も自信がつきます。

ユウ「ですよねー!!」


二人でにこやかに足踏みをしました。



リオ「ほら、マヤも来いよー!!」

ユウ「そうですよ、一歩だけで止まってないで」



そう声をかけると、マヤ先生は笑いながら言いました。



マヤ「大丈夫みたいで、安心した

リオ「………?」

ユウ「………?」







マヤ「これで私も渡れるわね




































マヤ先生の足は、まだ
「雪におおわれた川べり」
の上にありました。




マヤ「ほら、私って、石橋を叩いて渡る性格だから


















叩かされる身にもなってください。






マヤ「本当だー! 渡れるー!」

にこやかに川の上を歩いていくマヤ先生。

僕とリオ先生は、静かにそのあとをついて行きます。









でも、そのときの僕は気がつきませんでした。



まさかあのガイドブックの表記に、
あんな続きがあったなんて…。






いったい何て書いてあったのか!?

そして、果たしてマヤ・ユウ・リオの運命は!?

つづく


わかむらますみさんから頂きました。ありがとうございます!


精神科医ユウの日記 <70%ノンフィクション 30%ユウの妄想>
モーニング女医。 2003/04/18
                        ~オーロラを見つめる女医。7 

<セクシー心理学 トップへ>

<04/19 少しアレンジ>

(前回までのあらすじ)
アラスカの川は例年11月ごろから凍り始め、12月になると、氷の厚さが70~80センチに達し渡れるようになる。
これをアラスカでは『アイス・ブリッジ』と呼び、実際に人間やスノーモービル、そして乗用車で渡る人間もいる


ガイドブックのそんな表記を信じて、凍った川を渡り始めるマヤ・ユウ・リオ。

果たして彼らはツアーオフィスまでたどりつくことができるのか!?


<本編>

マヤ「あっはっはっはー! つかまえてごらんなさーい♪」

リオ「待てぇ、こいつぅ♪」


明らかにハイになるマヤ先生とリオ先生。

二人は凍った川の上を、すべるように駆けていきます。



マヤ「こんな開放感、ひさしぶりー!」

リオ「わっはっはっはー!」


楽しそうに叫ぶマヤ先生とリオ先生。

確かに川幅はとても広く、歩いていると不思議な気持ちになってきます。

今までの寒さが嘘のように、とてもゆったりとした気分に包まれてきました。



ちょうど半分まで渡りきったとき、僕は静かに思いました。


こんな世界も、あるんだなァ…。







そんな風に思っていた、そのときです。

マヤ先生は、にこやかに言いました。




マヤ「ほら、見て見て! 鳥も川の上にいるよ」

リオ「お、本当だ! 鳥がいるなぁ!」


マヤ「のどかねぇ…」

リオ「そうだなぁ…」


僕もその方向を見つめます。

すると川に降り立った鳥たちが、水を飲んでいました。


マヤ「あはは、水飲んでる」

リオ「そうだな、水を飲んでるな」

ユウ「そうですね。飲んでますね」


























マヤ「……………」


リオ「………………」


ユウ「…………………」














水、飲んでる。






僕たちは、あらためて鳥たちの足下を見つめました。





















穴、あいてます。






マヤ「…………………

リオ「………………………

ユウ「……………………………







全員が、無言でその風景を見つめ合っていました。






リオ先生はあらためて足下を確かめます。

僕も急いで同じ行動を取りました。







なんか、揺れてる気がする。






マヤ「ごくっ」



マヤ先生は静かにつばを飲み込みました。



ユウ「氷……。溶けかけてるんじゃないですか…?」

するとリオ先生はあわてて言います。


リオ「い、いやっ! 鳥がつついて穴を開けたんじゃないか!?」

マヤ「…………」


ユウ「でも…。鳥がつついたくらいで穴が開くということは、かなり薄いわけですよね…」



3人は無言になります。




リオ「だ……。大丈夫だよな、マヤ、ユウ! ガイドブックにも、書いてあるよな。大丈夫だって!」

マヤ「そ、そう! 大丈夫よ!」



その言葉に、僕は先ほどから手に持っていたガイドブックを、あらためて見てみました。


するとそこには、信じられない言葉が書いてあったのです。



以上のように、確かに冬の間は氷の上を渡れるが、すべて自己責任で行うことが望ましい。




……………。




実際、春に近づくにつれて氷が解け始め、氷に落ち込む人間・車などがあらわれる。





……………。






そのためロープで引っ張ってもらい救助される。






………………………。









そんな記事が新聞に載るとみな川を渡るのをやめ、
「あぁ、春が来たなあ」と実感するのである。








…………………………………………。

















> 「あぁ、春が来たなあ」と実感するのである。











実感したくないです。







僕は心の中で激しくそう感じながら、そのページを静かにマヤ・リオ先生に見せました。



無言でそれを見つめる二人。



ユウ「……………」

リオ「………………」

マヤ「…………………」



しばらくの沈黙の後、マヤ先生は言いました。












マヤ「なんで止めなかったのよ!?










あぁ、やっぱり矛先は僕。




リオ「…………」


じっとその記事を見ていたリオ先生は、静かに口を開きました。


リオ「ここに、『そんな記事が新聞に載ると』って書いてあるな」



マヤ「…………」

ユウ「……………」








リオ「…落ちたら載るんだな、俺たち










踏んだり蹴ったりですね。



リオ「いつか新聞をにぎわせるほどの男になりたいと思っていたのに、
まさかこんな形で載ることになるとは…






掲載決定で話を進めないでください。



マヤ「…………そうね……」

ユウ「え?」



マヤ先生は、言いました。



マヤ「アラスカに春の訪れを告げるのは、
  川に落ちた日本の精神科医3人






日本に帰れません。




僕たちの頭の中で限りなくネガティブな妄想が暴走します。


ユウ「………。それはそれとして、どうするんですか…。僕たち……」


リオ「……………」

マヤ「………………」


しばらくの沈黙の後、リオ先生は言いました。



リオ「もう、戻れないよな…」

マヤ「そうね…。半分以上来ちゃってるし……」

ユウ「…………」

リオ「渡るしかないわけだな…。向こう岸まで…」

マヤ「そうね…」




再び沈黙が走ります。



リオ「……そうだ!」

マヤ「なに?」


リオ「今、俺たちの体重は2つに分散されている」

マヤ「………?」

リオ「氷の上にかかる体重を減らせば、割れにくくなるよな…」

マヤ「…………」

リオ「……………」

マヤ「あぁっ!」

リオ「それしかないだろ!?」

マヤ「仕方ないわね……」


ユウ「………!? !?」





そして約10分後。







その川の上では、





四足歩行で川を渡っている日本の精神科医3人の姿がありました。






マヤ「いけるいける!」

リオ「だろう!?」


ユウ「……………」



そのときの気持ちは、言葉にすることはできません。

強いてその状況をイメージにするなら、















こんな情景でした。





しばらくの後、向こう岸にたどり着く僕たち。


マヤ「やったぁー!

リオ「よおおおおし!」

ユウ「………………」




喜ぶ二人を目の前にして、僕は心の中で思いました。




次の日の新聞に、別な意味で載っちゃったらどうしよう。



人間として色々なものを失いながら、ツアーオフィスに向かうマヤ・ユウ・リオ。

彼らは果たしてオーロラを目にすることができるのか!?


精神科医ユウの日記 <70%ノンフィクション 30%ユウの妄想>
モーニング女医。 2003/05/18
                        ~オーロラを見つめる女医。8 

<セクシー心理学 トップへ>

(前回までのあらすじ)
オーロラを見るためにアラスカまで来たマヤ・ユウ・リオ。
彼らはついに、シリーズ8回目にしてついにツアーオフィスまでたどり着いた。

果たして彼らはオーロラを見ることができるのか!?


<本編>

ついにたどりついた、ツアーオフィス。

入り口には、「Northern Lights Tour」「Fairbanks Tour」など、さまざまなツアーのチラシが張られています。

現在時刻は午後5時前。
もしツアーオフィスが終わるとしたら、もうすぐです。


マヤ「ついにたどり着いたのね…」

リオ「あぁ。ここが夢にまで見たオーロラだ…






違います。
ただのツアーオフィスです。



僕は静かにそう思いました。


マヤ「やだ、私ちょっと涙が出てきちゃった…





先生、早いです。
迷ったあげくスタート地点について、歓喜するマラソン選手みたいです。

僕はそう言いたい気持ちをぐっとこらえました。


マヤ「さぁ、入りましょう!」
リオ「そうだな!」

マヤ「たのもー!」
リオ「ハロー!」

意気揚々とツアーオフィスのドアを開けるマヤ先生たち。

しかし。




イス。


机。


パンフレット。









中には、ツアーオフィスにあるべきたくさんのアイテムはありました。


しかし。






人間が誰もいませんでした。





マヤ「こんにちはー!」

リオ「おーーーーーい!」

ユウ「すみませんー!」






叫ぶ僕たち。


しかし、返答は一つもありません。




マヤ「………」

リオ「…………」

ユウ「……………」




沈黙が、少しずつ恐怖に変わっていきます。



マヤ「まさか、終わってるの…?」

リオ「………」

ユウ「…………」






マヤ「シーーーーーーーーット!!












なんでそこだけ英語なんですか。



リオ「このまま帰るしかないのか…?」


マヤ「………」

ユウ「…………」

リオ「イヤだぞ、そんなの!?」

マヤ「………」

ユウ「……………」




リオ「またあの川の上を渡るなんて!




そっちですか。



僕は心の中で、激しく突っ込みました。



さぁ!

本当に誰もいなかったのか!?
果たして三人は、再び川を渡るしかないのか!?(ありえません)


精神科医ユウの日記 <70%ノンフィクション 30%ユウの妄想>
モーニング女医。 2003/05/19
                        ~オーロラを見つめる女医。9 

<セクシー心理学 トップへ>

(前回までのあらすじ)
オーロラを見るためにアラスカまで来たマヤ・ユウ・リオ。
彼らはついにツアーオフィスまでたどり着く。

しかし中には誰もいなかった…!?
どうなるマヤ・ユウ・リオ!?


<本編>

マヤ「ハロー!? ハロー!?

リオ「ヘロー!? ヘロー!?


ユウ「…………」





さっきから、


繰り返しこだまする「ハロー」と「ヘロー」。



僕は、二人のボキャブラリーの限界をあらためて感じました。



マヤ「ほら、ユウ先生も呼びなさいよ!」

え。



マヤ「早く!」



………………。





ユウ「ハ……




マヤ「………」

リオ「…………」



ユウ「ハーイ! ハーイ!









僕も同レベルということが分かりました。





リオ「君は、イクラちゃんか





先生に言われたくないです。




そして、僕たちの声がかれかけたそのとき。

奥の方から、一つの声が聞こえたのです。





May I help you?


その声に3人とも目を輝かせます。





奥から現れたのは、分厚いメガネをかけ、ヒゲを生やした、やせたおじさんでした。

そして手には、なぜか小さな日本の国旗を持っていました。



マヤ「………」

リオ「……………」

ユウ「…………………」




彼は僕たちの姿を見つめると、にこやかにその国旗を振りながら、言いました。




コニチハー。コニチハー
















心理学には、後光効果というものがあります。







その人の立場・地位・能力など、色々な要素によって、その人自身の魅力が数倍アップして見える現象のことです。












「コニチハー」と連発しながら、日の丸を振りつつ近寄ってくる老人。




日本で見たら、明らかに素通りしたくなる方であっても、








そのときの僕たちには、神様に見えました。





マヤ「人間が、いたーーー!!


リオ「やったなーーーーー!!





まるでオーロラを発見したかのように大喜びの先生たち。




僕はそれを見つつ、あらためて自分たちの状況の不思議さを噛みしめました。

さぁっ!
一歩ずつオーロラに近づいているマヤ・ユウ・リオ!

果たして三人は(以下略)!


さらに怒濤の更新をお待ち下さい!

(2003年5月20日 タラちゃん→イクラちゃん 訂正済み。
 メールしてくださった、ももんがさんをはじめとするみなさま、本当にありがとうございました)


(前回までのあらすじ)
オーロラを見るためにアラスカまで来たマヤ・ユウ・リオ。
彼らはついにツアーオフィスまでたどり着く。

誰もいないかと思ったオフィスから出てきた、日本の国旗を振りつつ
「コニチハー」と連呼する老人。

どうするマヤ・ユウ・リオ!?

<本編>


「コニチハー。コニチハー」




老人は僕たちに向かってにこやかに話し続けます。


僕たちがどうリアクションしていいのか分からず止まっていると、
老人はしばらく考えてから言いました。











ハニチコー。ハニチコー






あの、言葉が間違ってた
わけじゃないですから。




僕たちの心の中に、無言の想いが渦巻きます。


全員の気持ちが一つになりました。



この人、明らかに怪しい。





でも、ぜいたくは言っていられません。



砂漠でノドがかわいて死にそうなときに水らしきものを見かけたら、
どんな色をしていたとしても口に入れるはずです。



僕たちにも、選択の余地はありませんでした。




「溺れる者は、ワラをもつかむ」。



「オーロラを見たい者は、ハニチコにも頼る」です。


リオ先生とマヤ先生が、勢いよくその老人の方向へ向かっていきます。







まさか。


僕がそう思った瞬間です。



マヤ「アイ ワント トゥ シー オーロラ!

リオ「アイ ワナ シー オーロラ!







先生。



ホテルのときと変わりません。


すると彼は、ニコニコと言いました。




Today?





あ、会話が通じてる。


僕がそう思った瞬間です。


マヤ「イエス トゥデイ!


リオ「ジャスト ナウ!!

マヤ「ノーワン キャン ストップ アス!










誰も止めませんから。





すると、その老人は、静かに言いました。



But It's finished today



























マヤ「……………」

リオ「………………」

ユウ「…………………」





今、何て言ったのでしょうか。




リオ先生は、突然笑いながら言い始めました。


リオ「はっはっは。すまないが、今、何と?




マヤ「……………」


ユウ「…………………」








リオ「と、英訳してくれ










自分で言ってください。




…果たして三人はどうなるのか!?



前回の「タラちゃん」を指摘してくださったみなさま、本当にありがとうございました。


精神科医ユウの日記 <70%ノンフィクション 30%ユウの妄想>
モーニング女医。 2003/06/12
                        ~オーロラを見つめる女医。11 

<セクシー心理学 トップへ>

(前回までのあらすじ)
オーロラを見るためにアラスカまで来たマヤ・ユウ・リオ。
しかしツアーオフィスから出てきた老人は、「今日はもう終わった」と話す。

どうするマヤ・ユウ・リオ!?

<本編>

マヤ「うんぱっぱー、うんぱっぱー、誰でもー♪


マヤ先生は上機嫌に歌っています。

マヤ「うんぱっぱー、うんぱっぱー、知っているー♪


リオ先生はにこやかに窓の外を見ています。


マヤ「君と僕とは、服従関係さー♪」 




歌詞が違う上に、ゴロが悪すぎです。


と突っ込むのがどうでも良くなるほど、僕は状況を考えるので夢中でした。

 (追記…「うんぱっぱ」の歌をご存じない方はこちらで。音出ます。 kottonさん、ありがとうございました。)


僕の意識は、ふたたびツアーオフィスに戻りました。




「It's finished today」

そういうおじいさんの言葉に、目の前が真っ暗になる僕たち。

しかしおじいさんは続けて言ったのです。

「But lf you wish, I'll take you to my log」



リオ「………」

マヤ「………」

リオ「………なんだって?」

マヤ「…………なんか、自分のログハウスに連れて行ってくれるとか…」

リオ「なにぃ!」


よくよく話を聞いてみると、

「本日の業者が行うオーロラツアーは予約が終わってしまったけど、そのおじいさん自身も山の上の
ログハウスに住んでおり、そこもオーロラツアーとして開放しているので、連れて行ってあげるよ」

ということでした。


するとリオ先生は、大声で言いました。

リオ「キ……キャンウィー・シー・オーロラ・ゼア!?」


おじいさんは、にこやかに言います。

Probably(たぶん)」



リオ「……………」

マヤ「…………………」

ユウ「………………………」




リオ「『Perfectly』!?

マヤ「『カンペキ』ってことね!?




違うと思います。



直後、一も二もなく了承するマヤ・リオ先生。



幸せな誤解を胸に抱きながら、今、僕たちはおじいさんのワゴンに乗って、
山の上まで向かっています。


マヤ先生はにこやかに歌い、リオ先生は笑顔で僕に話しかけてきました。



リオ「なあ、俺は今、非常にワクワクしている!」

ユウ「は?」

リオ「もしオーロラを見ることができたら、俺はまさに無敵になれるんだ!」

ユウ「ど、どんな妄想ですか?」




するとリオ先生はしばらく窓の外の景色を見つめると、僕の方に向き直って、
静かに語りかけました。






リオ「ユウコ





ユウコって誰ですか。


リオ「俺は昔、アラスカまでオーロラを見に行ったんだ」


…………………。



リオ「それは本当に素晴らしかった…」



いつかのイメージトレーニングなんですね。


そう思っていると、リオ先生はうるんだ瞳でこう言いました。

リオ「でも、そのときのオーロラより、
君の方が何倍も美しいよ





やったあ。



リオ「愛してるよ、僕のオーロラ・ユウコ






芸名みたいになっちゃってませんか。




リオ「とまぁ、こんなカンジだ…」

ユウ「ふ、ふうん…」

リオ「この口説き文句さえあれば俺は無敵! だからこそ、どうしても俺はオーロラを
見なければ行けないんだ」

ユウ「……………」

リオ「スゴイだろう? 俺のこの情熱。 ほら、よく言うだろう?

人間は、他人のためになら、ものすごい力を
発揮するって





いえ、結局は自分のために
なっちゃってると思います。




僕はしばらく考えてから、言いました。

ユウ「そうすると……。もし万が一、オーロラを見ることができないと、
その口説き文句は使えないんですね?」

するとリオ先生は静かに言います。


リオ「その場合は……」


ユウ「…………………」

リオ「俺は昔、オーロラを見に行ったんだ。でも、どうしても見ることができなかった」

ユウ「…………」



リオ「でも、今気づいた。アラスカなんて、行く必要はなかったんだ」


ユウ「………え?」



リオ「だって俺のオーロラは、君だったんだから







うんぱっぱー、うんぱっぱー、
だーれーでーもー。


僕の頭の中が、激しく微妙なメロディを奏でました。


さあ! 色々な想いが交錯する中、走るワゴン!

彼らがついた場所とは、いったいどこだったのか!?


精神科医ユウの日記 <70%ノンフィクション 30%ユウの妄想>
モーニング女医。 2003/07/13
                        ~オーロラを見つめる女医。12/14 

<セクシー心理学 トップへ>

(前回までのあらすじ)
オーロラを見るためにアラスカまで来たマヤ・ユウ・リオ。
彼らはツアーオフィスから出てきた老人に、山小屋まで連れて行ってもらう。

オーロラ編、完結間近!


<本編>


アンアンアンっ!!


アンアンアンアンアンアンっ!!


アンアンアンアンアンアンアンアンアンっ!!





これが、綺麗なお姉さんのセクシーな声だったら、幸せ一杯です。


でもそれは、全部、

犬の声でした。



あれからどのくらい山道を走ったのでしょうか。
僕たちの乗った車が到着したのは、山頂にある古い山小屋。


そのころには、すでに時刻は夜の11時を回っていました。

灯りなど一つもないアラスカの山は、ほとんど暗闇同然でした。



リオ「ここが…?」

マヤ「ここから、オーロラが見えるの…?」


車から降りる僕たち。


でも周りには見渡す限り林が広がっています。
木々に隠れて、空はほとんど見ることができませんでした。



リオ「……………」

マヤ「……………………」

ユウ「………………………………………」



だまされた?

僕がそう思った瞬間、リオ先生がそのおじさんに食ってかかりました。
そして木を指差しながら、こう言ったのです。


リオ「ディス・イズ・ナット・オーロラ!







そりゃオーロラじゃないでしょうけど。



するとおじさんは、にこやかに言ったのです。

「No,no, it's right this way...(こっちだよ)」



そう言いながら彼は歩いていきます。

僕たちは不審に思いながらも、こうなったらもうついて行くしかできません。


すると、目の前に大きな柵がありました。


リオ「………?」
マヤ「……………!?」


その中から響いてきたのが、たくさんの犬の鳴き声だったのです。





みなさんは、犬を「かわいい」と思いますか?

このクエスチョンに、ほとんどの方が「かわいいよ」と答えると思います。


それは、テレビの人気コーナー「今日のわんこ」をイメージしているからです。


でも、そこにいる犬たちは違います。

なんていうか、もう、






「今日の犬ども」




という感じです。




最初に書いた「アンアンアン!」はまだマシな方で、僕たちが近づくと、

「ガウガウガウガウ!」から

「ガルルルルルっ!」

まで、多段階でボリュームと迫力が上がってきます。



するとリオ先生は静かに言いました。

リオ「なぁ…。救急車とかが近づくほど、その音が高く感じるのを知っているか?」

ユウ「…あ、聞いたことがあります…」

リオ「それをドップラー効果というんだ」

ユウ「は、はい…」





リオ「近づくほどこの犬たちの声が興奮してくるのも、ドップラー効果の一種か?




なんか微妙に違う気がします。



すると、柵の奥から、一人の女性らしき方が出てきました。


「Hello...」




マヤ「………え?」

リオ「…………ええっ!?」



その女性を見て、二人は驚きます。
僕も、無言でその方向を見ました。



すると。

よく見ると、その女性の体中に、4・5匹の犬がまとわりついていました。










昔ドラゴンクエストというゲームで、スライムが合体してキングスライムになるというシーンがありました。

たとえるなら、その女性の状態は、






「キングスラ犬」。



すると連れてきてくれたおじさんは、にこやかに紹介しました。


「This is my wife(妻だよ)」





…………。





どこからどこまでが「妻」の部分なんでしょうか。


僕は無言でそう思いましたが、その言葉を飲み込みました。

するとその女性はぶるるるるんっ! と犬たちを振り落とすと、僕たちの方に近づいてきました。


「こんにちは。日本の、かたですねー?」


片言ですが、とてもしっかりとした発音。
年は50歳前後に見える、小柄な女性です。

しかし何匹もの大きい犬の相手をしていても動きはとてもしっかりしています。

彼女は日本語を勉強しているそうで、ゆっくりとした言葉で僕たちに話してくれました。


「よく、来てくれましたねー」


マヤ「あ、はい、よろしくお願いします!」

リオ「お、お願いします」



犬をなでる彼女。

それを見つつ、マヤ先生は言いました。


マヤ「あ、あの、オーロラを見るのは……!」

すると女性はにこやかに、ある方向を指差しました。

僕たちはすぐにそちらを見つめます。
するとそこには、


ソリ


がありました。



マヤ「…………」

リオ「……………」

ユウ「……………………」


しばらく無言でそれを見つめる僕たち。




その瞬間、僕の頭の中に、はとバスのバスガイドさんの声が響きました。


「向かって右側に見えますのは、ソリでございます」

「向かって左側に見えますのは、犬でございます」











その答えは、一つしかありません。


そう思っていると、リオ先生が静かにつぶやきました。


リオ「ソリと犬…」

マヤ「………」

ユウ「………」



リオ「ソリイヌ!?





逆だと思います。



すると彼女は、我々に言いました。

「今から犬ぞりで、オーロラが見える湖まで行きますねー」


やっぱり。



すると彼女はすごい勢いで犬たちにナワをつけると、ソリに次々と固定していきました。





その途中、リオ先生が犬に飛びかかられ、カクカクと交尾のように腰を振られていましたが、

僕は見て見ぬふりをしました。



そして数分後、準備がそろった犬ぞりを前に、彼女は言います。

「さぁ、乗ってくださいー」


その言葉に、そろそろと乗る僕たち。



二人ずつのパートに区切られ、前にマヤ先生とその女性、
後ろに僕とリオ先生が乗り込みます。



マヤ「でも、この重量でちゃんと走ってくれるのかしら…。このワンちゃんたち…」

リオ「そうだよな…。こんなに重いのに…」

マヤ「何か言った?」

リオ「こんなに軽いのに



二人の泣けるやりとりが行われる中、その女性は犬ぞりをスタートさせます。


マヤ「きゃあっ!!」

リオ「おわあっっ!!」

ユウ「うわわわわっ!!」



予想以上のスピード。


僕はあわてて、手に持っていたガイドブックを開きます。


そこには、こんなことが書いてありました。


「アラスカでは、犬ぞりが走行のために使われることがある」


はい、今この瞬間、使われてます。



「その時速は30~40キロに到達することもある」




……………。



犬ぞりの速度は、ますます上がっていきます。

30~40キロというと、まぁまぁの速度で走っている自動車と変わりません。



「振り落とされることもあるので、注意が必要である」




僕は周囲の景色をあらためて見ます。

林道は犬ぞりがギリギリ通れる細さ。
左右には木々がそそり立っています。

もし左右に落ちたら、木にぶつかって大ケガすることは必至です。

骨折や打撲で済めばいいですが、最悪、脳挫傷になることだってあるでしょう。


そうなると、死の危険だってありえます。

ガイドブックは続きます。


「もし振り落とされた場合は、」



僕はソリを手でつかみながら、ゴクリとツバを飲み込み、その続きを読みました。









「手を振って助けを求めること」








振れません。






さぁっ! 真っ暗な林の中を、時速30キロで走り出す犬ぞり。

果たして彼らは、湖までたどり着けるのか!?


精神科医ユウの日記 <70%ノンフィクション 30%ユウの妄想>
モーニング女医。 2003/07/25
                        ~オーロラを見つめる女医。13/14 

<セクシー心理学 トップへ>

(前回までのあらすじ)
オーロラを見るためにアラスカまで来たマヤ・ユウ・リオ。
彼らは犬ぞりに乗り、湖に向けて走り出す。

オーロラ編、まもなく完結!


<本編>



ユウ「はぁ…。はぁ…。はぁ…」

僕は犬ぞりから立ち上がります。

なんていうか、生きてるのが不思議なくらいです。

途中、何度もにたたきつけられそうになりながらも、必死に体勢を保った僕。
       ( ↑ あっというまに誤植を指摘して下さったTさんDさん、ありがとうございました。
             この日記がドラゴンボールになるところでした)


頭上3センチの所を大木の枝が横切ったことも、一度や二度ではありませんでした。




マヤ「あはははは。
ビッグサンダーマウンテンみたいだったわね!



僕の頭には、文字通りサンダーが走りそうでした。



前向きに笑うマヤ先生を見つめながら、僕は静かにつぶやきました。


すると犬ぞりを操っていた女性、ティファさんは、僕たちを手招きして言いました。

ティファ「こっちですよー」


リオ「………なんだ?」

僕たちは、あわててそちらの方向について行きます。


リオ「あの、犬ぞりは置きっぱなしにしていてもいいのか?」

マヤ「そ、そうですよ。盗まれたりしないの?」



ティファさんに聞く二人に、彼女はにこやかに言いました。




ティファ「大丈夫ですー。もしそうなったら、犬がすぐに吠えますから


なるほど…。

そう思った瞬間、マヤ先生は言いました。


マヤ「なるほど。自然の防犯ブザーね






果たしてこの犬たちが「自然」かは分かりません。



そう思っていると、リオ先生は言いました。



リオ「いや、でもレッカー移動される可能性もあるだろう





絶対にありません。



そう思っているうちに、ティファさんはどんどん前に向かっていきます。

僕たちは、急いで後を追っていきました。

ティファ「こっちですよー」

マヤ「は、はいっ!」




そして真っ暗な木々の中をひたすら抜けていくと、突然に視界が開けました。



目の前に現れたのは、大きな大きな湖。

ゆうゆう野球場のグランドくらいの大きさはありました。


さえぎるものが何もない分、一気に空が広がります。

でも、空は暗く、オーロラは全く見えません。


リオ「え…!?」

マヤ「ちょっと…!」


心配になる僕たち。
すると彼女はにこやかに言いました。


ティファ「さぁ、行きましょう」

え。

とまどう僕たちに、彼女は言葉を続けます。

ティファ「湖の真ん中に行くんですよ


マヤ&ユウ&リオ「……………





ティファ「凍ってるから、大丈夫









なんだかイヤな思い出が。



ティファ「さあ、行きますよー」

そういいながら、一人湖を渡り始める彼女。

僕たちは、仕方なくそろそろと足を進めます。


マヤ「…………えいっ!」

リオ「い、行くか…!」

ユウ「…………」




しかし氷は意外なほど固く、簡単には割れそうもありませんでした。




また今回は、見渡す限り、


割れ目から水を飲んでいる鳥もいませんでした。


そろそろ、そろそろとティファさんについて行き、何とか湖の真ん中までたどりつく僕たち。


するとマヤ先生やリオ先生も安心したのか、ティファさんに嬉しそうに言いました。


マヤ「この湖は丈夫なんですねー!」

リオ「あぁ。川よりも丈夫だとは思いませんでした」


ティファ「え? そんなことないですよー

マヤ「またまたぁ、そんな謙遜しちゃってー♪






ティファ「……………」

マヤ&ユウ&リオ「………………」










しばらくの沈黙が続きます。





ていうか今の。



謙遜とかとは違うと思います。



するとティファさんは、持っていたバッグを開き始めました。

ティファ「そうそう。忘れてましたー」



マヤ&リオ「…………?」


そして彼女は、一本のロープを取り出します。


ティファ「万が一割れた場合に備えて、みんなでこのロープを持っていて下さいー






遅いです。



その言葉に大きな消沈を感じながらも、僕たちは大急ぎでそのロープを体中に巻きました。

ティファ「さあ、あとはここで待つだけですー」

マヤ「………は、はい………」

ティファ「ここが、このあたりで一番見やすい場所ですから…」


リオ「分かった……」


僕たちは無言で顔を見合わせ、そしてただひたすら空を見上げました。















それから、1時間以上たったでしょうか。


空は、かわらず真っ暗なままです。



ティファ「見えるなら、そろそろ見えてもいいはずなんですけど…」


マヤ&リオ&ユウ「…………」



もう、今夜はダメなのか…。

ほぼ全員があきらめかけた、その瞬間です。


はるかかなたに、小さく煙のようにたなびく、白い影が見えたのです。

マヤ&ユウ&リオ「………!!」

三人とも、思わず言葉を失います。

その白い影は、湖の向こうに広がる山の端から、上に向かって小さく伸びていました。


あれは、もしかして。



いや、でもそれは非常に小さく、山から上がる、煙のようにも見えました。



オーロラと煙。



文字通り、月とスッポンくらい違います。



僕たちは彼女に、すぐに聞きました。


ユウ「あれは煙ですか? それともオーロラですか?




ティファさんはしばらく沈黙します。







そしてその後、彼女は静かに口を開きました。



















ティファ「わからない





わからないんですか。



マヤ「でも、でも…!」

リオ「そうだ、判別する方法とか…!」


詰め寄る二人。

すると彼女は、つぶやくように付け足しました。



ティファ「もし、あれが動かず、そのまま消え去っていくなら、煙だと思う


マヤ「………」
リオ「…………」

沈黙しながら聞き入る僕たち。

すると彼女は言葉を続けます。


ティファ「でも、もし今よりも大きくなって、
   空全体に広がっていくなら……



マヤ「………」
リオ「…………」




その答えは、一つしかありません。


ティファ「オーロラよ

マヤ「大きくなれなれっ!!」

リオ「大きくなれーーーーーっ!!」


二人は雨乞いのように、氷の上で拝むようなポーズを始めました。

僕も同じように、必死に祈り始めます。




マヤ&ユウ&リオ「大きく、なれーーーーっ!











アラスカの氷の上で、「大きくなれ」と叫んでいる日本人3人。

端から見たら、これ以上異様な光景はありません。



そう思っていた、そのときです。


ティファ「見て!


突然の彼女の言葉。


僕たちは、あらためて白くたなびく方向を見ました。






すると。













そのとき、彼らが目にしたものとは!?

長かった夜に、ついに希望の光は差すのか!?

最終話につづく


精神科医ユウの日記 <70%ノンフィクション 30%ユウの妄想>
モーニング女医。 2003/07/31
              ~オーロラを見つめる女医。最終話 

<セクシー心理学 トップへ>

(前回までのあらすじ)
オーロラを見るためにアラスカまで来たマヤ・ユウ・リオ。
夜空に現れた影は、果たして煙なのか? それともオーロラだったのか!?

アラスカ編、今夜ついに完結!


<本編>


はるかかなたに、たなびく白い影。


それは、時間と共に少しずつ大きさを増しました。


静かに、そしてゆっくりと。


立ち上ったその場所から放射状に、広大な白い幕が伸びていきます。







人間は、ある体験が本当に心の琴線に触れると、何も話すことができなくなると言われています。


マヤ「…………」

リオ「………………」

ユウ「……………………」


僕たちは、言葉を失いながら、ただ無言でそれを見つめました。




オーロラ。


そんな4文字の言葉では表現しきれない感動が、そこにはありました。

それは次第に形を大きくし、湖の空に波紋のように広がっていきます。


空はすべて見える範囲にあるドーム状で、この世界には僕たちしかいないのではないか。

そんな錯覚を抱くような、不思議な感覚に陥りました。



マヤ「す………」

ユウ「………………」




マヤ「すごい…。すごいよ………!」

リオ「あ、あぁ! すごいな…!」

ユウ「は、はい………」



マヤ「キャーーーーーー!! 本当に見れた!! やったぁ!」

リオ「わっはっはっは! 俺の願いは天にも届いたな!」


そう言いながら、二人はダンダンダンと飛び跳ねました。



氷の上だってこと、忘れてますね。

僕は静かにそう思いました。


するとティファさんは、静かに言いました。

ティファ「私も、何十年もオーロラを見ていますが、それでもこうして見ると、
やっぱり、暖かな気持ちになれます」


マヤ「そうなんですか…」



すると、マヤ先生は僕の方を向きました。

マヤ「ねぇ、ユウ先生はどう感じた? オーロラ見て」


その言葉に、しばらく考える僕。

そしてその後、静かに口を開きました。


ユウ「……よ、良かったです……」

マヤ「それだけ?」

ユウ「は、はい…」

マヤ「もう…。本当にボキャブラリーがないわねぇ」



でも、僕の心からは、本当にその言葉しか出てきませんでした。

それは、「見れて良かった」のか「来れて良かった」のか、もしくは「すべてが良かった」のかは分かりません。

ただ一言感じたのが、その言葉だったのです。


マヤ「じゃあ、リオはどう思った?」

リオ「え? そうだなぁ…」




神経言語プログラミングという分野には、「アンカリング」というものがあります。

ある行動や言葉を通して、そのときの記憶を呼び起こしたりする技術のことです。


僕はそのことを思い出すと、自分の胸にぐっと手を当て、あらためて、「良かった…」とつぶやきました。





もし、今後の人生で、何かつらい体験に出会っても。

どうしても、ショックで眠れないようなことがあったとしても。



僕はそのとき、ただ一言、「良かった…」と言うでしょう。



そうすれば、いつでもこの瞬間に、戻ってくることができるはずです。


今このときの感動さえ覚えていれば、何があっても、必ずまた笑顔を取り戻せるはずですから…。













そう考えていると、リオ先生が大声で言いました。







リオ「ラブホテル『オーロラ』のピンク色の
  カーテンとは格が違うな







……………。




「ラブホテル」や「ピンク」や「カーテン」とかの言葉で、また戻って来ちゃいそうです。




僕はそう思いながら、静かに湖の上で立ちつくしていました。







次の日。


僕とリオ先生は、フェアバンクス近郊にある「チェナ温泉」につかりながら、最後の夜を過ごしていました。
チェナ温泉には露天のジャグジーがあり、僕たちは水着を着てその中に入っていました。


リオ「でも、オーロラが見れて良かったなぁ…」

ユウ「そうですね!」

リオ「見れなかったら、今日、こうして温泉につかるなんてできなかったもんなぁ…」

ユウ「はい、確かに…」



空には、静かに星が輝いています。


リオ「明日は、日本だな…」

ユウ「そうですね…」

リオ「君は、もう一度アラスカに来たいと思うか?」

ユウ「いや、オーロラは感動的でしたけど、さすがにもう一度は…」

リオ「そうだよな。だいたい…」




マヤ「何の話?」


後ろを見ると、マヤ先生がほほえんでいました。

リオ「マ、マヤっ!」

ユウ「…………!」

青いビキニに身を包んだマヤ先生は、にこやかに言います。


マヤ「私も入ってイイ?」

リオ「お、おう!」

ユウ「ど、どうぞ!」



ジャグジーはせまく、3人が入ればほとんどいっぱいです。

マヤ先生の水着姿はいつか医局旅行のときにも見たことがありますが、
夕闇に照らされると、また違った魅力を放っているように感じました。



マヤ「………」

リオ「………」

ユウ「………」



三人とも、ただ無言で空を見つめます。



マヤ「今日は…オーロラが見えないよね…」

リオ「ん、んあっ!? そ、そうだな…」

マヤ「やっぱり、昨日が最後のチャンスだったんだね…」

ユウ「そ、そうですね!」



すると、マヤ先生は静かに言いました。

マヤ「ごめんね。こんなところまでつきあわせちゃって…」

突然の言葉。
僕たちは少しとまどいながら、あわてて言いました。

リオ「いや、いいんだよ。結果的には良かったし」

ユウ「そ、そうですよ」

マヤ「……ありがとう……」



マヤ先生は、小さなバッグをさぐると、中から缶コーヒーを出しました。


マヤ「…寒いでしょう? これ、あげる」

リオ「え? さ、サンキュ」

ユウ「あ、ありがとうございます」



僕とリオ先生は、コーヒーを手に取ると、プルタブを開け、口にしました。

体の中に、あたたかな液体が流れ込みます。


















その瞬間、僕とリオ先生は、ほぼ同時に目を合わせました。




まさか。




マヤ「飲んだわね?







またですか。




マヤ「あのね、アラスカでは春になると、白夜が見られるんだって!
  だからね、今度は…







僕とリオ先生は無言でその言葉を聞きながら、静かにジャグジーの底に沈んでいったのでした。



気長にお付き合い下さいまして、本当にありがとうございました。

<次回予告!>

ユウ「僕は、マヤ先生を倒す。

ついに決心する、日陰の精神科医、ユウ。


キーボードのタイピングから始まった、生死を賭けた彼らのバトル・ロワイアル…。
あなたは、カナ入力とローマ字入力以外のタイピング方法を、知っていますか…?


マヤ「少なくとも、マークパンサーのラップより早くないとね…?」

リオ「タイピングの上手なやつは、女を口説くのもうまいのさ」

アスカ「1分に200字程度じゃ、絶対に勝てないよ…?」

ユウ「僕はこの親指にかけて、負けられないんです」



重なる思い。
そして放たれる、それぞれの秘技…。


リオ「見たか? この稲妻の単語登録を!」

アスカ「あーあー。ただいまマイクのテスト中~!」

マヤ「ほらっ! 私の指先が見える!?」

ユウ「うわああああっ!」


生き残るのは、いったい誰なのか!?

ユウの日記 新シリーズ 「指であそぶ女医。」

今夏、堂々公開!!



マヤ「これが、夜に極めた指づかいよ…?


日記トップへ。