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精神科医ユウの日記 <90%ノンフィクション・10%ユウの妄想>
モーニング女医。 特別編
                         ~ルーレットを回す女医。
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それは、1年前の夏。マヤ先生と僕は、学会の発表に来ていました。
場所は、眠らない街、ラスベガス。
心配していた発表も無事に終わり、あとは帰国を残すのみとなりました。
そして…あの身の毛もよだつような事件が起こったのは、その最終日でした。

ユウ「いよいよ、今夜の便で帰るんですね」
マヤ「そうね」
ユウ「じゃあ、行きましょうか」
マヤ「は? どこに? 帰りの便まで、あと10時間もあるのよ?」
ユウ「忘れたんですか? 看護婦さんからお金を預かって、お土産買ってきてくれ
って頼まれたの」

その時、マヤ先生の動きが止まりました。
ユウ「先生?」
すると先生は、タバコに火をつけ、ふかすジェスチャーをしました。
タバコを吸えないマヤ先生は「悦楽のタバコ」と称して、時々その動きをします。

マヤ「…いくら、預かったっけ…」
ユウ「ええっと、看護婦さん一人5000円で、16人からもらいましたから、
80000円です」
マヤ「……」
マヤ先生は、さらに深くタバコを吸う仕草をしました。

マヤ「……今さぁ、3000円しかないんだけど」

流れる沈黙。

ユウ「何でそんなに減ってるんですか一体!!!」
マヤ「だってしょうがないじゃないよ!? 人が生活すれば、金も出るでしょ!?」

一体3日の間にどういう生活をすれば、自分のお金プラス7万7000円を
使いきれるんだろう。
そう思いましたが、内気な僕は、言えません。

ユウ「例えば、昨日は何をしたんですか?」
マヤ「本場のマジックショーを見に行って、ロブスター食べて、服を買って、
タクシーで帰ってきただけ」

マヤ先生は、「だけ」の使い方を間違ってる。
僕はそう思いましたが、やっぱり口には出せません。

ユウ「ちょっとそれは…」
マヤ「そう? やっぱりタクシーで帰ってきたのがいけなかったのかな」

絶対にそれは違う。
しゃべればしゃべるほど、気力がなくなっていく自分に気がつきました。

マヤ「大丈夫。カードが」
ユウ「僕は持ってませんし、マヤ先生は止められましたよね」
マヤ「財布の奥に」
ユウ「はレシートの束しか入ってないのは、さっき確認しましたよね」
マヤ「………バッドね…」

数分後。マヤ先生は、深く息を吸い込んで、言いました。
マヤ「所持金は、3000円ね?」
ユウ「はい」
マヤ「一人につき200円のお土産で、5000円に見せる事は可能かしら?」
ユウ「不可能でしょう」
マヤ「分からないわよ? ★比較の法則★って、知ってる?」
ユウ「はい、それで?」
マヤ「まず始めに、10円くらいのものを見せるの。みんながショックを
受けたところに、「実はこっちなの!」と言って、200円のを見せれば、
5000円くらいの価値に…」
ユウ「見えませんよね」
マヤ「そうね…」

マヤ先生は、考えこんだ挙句、こう言いました。
マヤ「あっ! じゃあ、★拒絶後の包容★は? 看護婦さんが彼氏にフラれた
時を見計らって、優しく200円のお土産を渡せば、喜びも数十倍…」
ユウ「ブチ切れが数十倍のような気がしますが」

マヤ先生は、さらに考えてから、言いました。
マヤ「そうだ! ★つり橋の実験★があったじゃん!!
人はドキドキすると、一緒にいた相手への好意だと勘違いしちゃうっての!」
ユウ「それをどう応用するんですか?」
マヤ「だから、とってもドキドキするような状況でお土産を渡しさえすれば、
そのお土産への好意が高まるじゃない?」
ユウ「200円のものを5000円に思えるほどのドキドキって、どういう状況
でしょうか?」
マヤ「……………マグニチュード10くらいの地震かな…」

それは、いつ起こるんでしょうか。

しばらくの沈黙の後、マヤ先生は言いました。
マヤ「となると方法は1つしかないわね」
ユウ「…そうですね。日本に帰ってから、それっぽいのを…」
すると先生は、立ち上がりながら、言いました。

マヤ「方法は、1つしか、ないわよね!?」
ユウ「…は…はい?」

30分後。
3000円を握り締めながら、僕たちはカジノの入り口に立っていました。

ユウ「どうしてこうなるんですか!? 日本に帰ってから…」
マヤ「いやよ、自腹切って80000円も払うなんて!」
ユウ「万が一このお金をスッたらどうするんですか? 空港までのバス代だって…」
するとマヤ先生は、落ち着き払って言いました。
マヤ「大丈夫。必ず勝つから」
それでも不安を隠せない僕を尻目に、マヤ先生は続けます。
マヤ「ギャンブルだって、結局は心の読み合いでしょ? 心理学を極めた私が、
負けると思うの?」

思うよ。
その言葉が舌先まで出かかりましたが、危うくそれを飲み込みました。
ユウ「……」
マヤ「心理学と私を信じなさいって!」

前半はともかく、後半は確実に信じられませんでした。

マヤ「大丈夫! 私たちの勝利は、誰にも邪魔できないのよ!」
しかし、さすがにここまで言われては、僕も付き従うしかありません。
我々は意気揚揚とカジノの中に入っていきました。

店員「お客様、スニーカーでのご入場は」
マヤ「……」

あっという間に邪魔されたマヤ先生が靴を履き替えていた時間ほど、
僕が哀愁を感じた時はありませんでした。

果たして僕とマヤ先生の運命は!?

▲第2夜▲「ベガスのヨルはサクラ色?」

マヤ「3000円こと、30ドル」
ユウ「はい」
マヤ「これを、80000円こと、800ドルにすればいいのよね?」
ユウ「いえ、レートチェンジの手数料などがあるので、900ドルは稼がないと、
80000円にはなりません」
マヤ「セ、セコい!! 何てセコいのよ、ラスベガス!」

ラスベガスも、僕のお金でコーラ飲んでるマヤ先生に言われたくないと思います。
マヤ「30ドルを、900ドル…。30倍かぁ」
ユウ「はい」
マヤ「いっちばん手っ取り早く稼ぐのは、何かしらねぇ…」

手っ取り早くなくていいです。確実なのがいいです。
マヤ「よっし! まずはルーレット!」
ユウ「ええ!? ルーレットなんて、全然心理と関係ないじゃないですか?」
マヤ「ちっちっちっ! 分かってないわね…。いい? ルーレットの目は、ランダム
じゃないのよ」
ユウ「え?」
マヤ「ラスベガスのディーラーともなれば、狙った目に入れるなんて、朝飯前。
そうすると、ディーラーにとって、『最高の戦略』は何だと思う?」
ユウ「えっと…。誰も賭けてないところを狙い続けるとか」
マヤ「甘いわね」
ユウ「へ?」
マヤ「そういうのをことわざで、何ていうか知ってる?」
ユウ「何て言うんですか?」
マヤ「『目の前の ことだけ追うと 損するよ』」

それは、ことわざじゃなくて、俳句です。
僕はそう思いましたが、教えてもらっている立場上、口をつぐみました。

★ ディーラーにとっての、最高の戦略とは? ★

マヤ「そんなのを繰り返していたら、客はみんな離れていっちゃうわ…。正解はね、
小さな勝ちを与えて調子づかせて、大きく張ったところで、バーンと頂くのよ。
これは、ある筋から聞いた話だから、確実」

どの筋ですか。
僕はそう聞きたくなりましたが、返事が怖いのでやめました。
ユウ「じゃあ…」
マヤ「うん。だから、ディーラーにとっての『カモ』を見つけるのよ。
その人が大きく賭けるまで…すなわち、カモられる直前まで、彼と同じところに
賭ければいいというわけ!」
ユウ「あの、カモられる瞬間は、どう見極めればよろしいんでしょうか…」
マヤ「そりゃ、その人が『大金』を賭けたときが、カモられるときでしょ?」

1日に数億が動くラスベガスのディーラーの大金と、3000円しか持っていない
我々の大金は、違うんじゃないかな。
僕はそう思いましたが、マヤ先生の目のキラキラがあまりに眩しいので、その言葉を
飲み込みました。
ユウ「す、すごいですねー!!」
マヤ「でしょでしょ、だしょー!? じゃあ、後は分かるよね。私たちが探すカモは…」
ユウ「少ししか賭けていなくて!」
マヤ「そう! そしてさらに、もっとお金を持っていそうな人!」
ユウ「あははー! カンペキですねー!!」
マヤ「分かってきたじゃない! 免許皆伝―!」

少なくともその免許は、絶対に社会に誇れる免許じゃないな、と思いました。


▲第3夜▲「おアツいカモはドコにいる?」

ユウ「で、そのカモられる人を、見つけるにはどうすればいいんでしょうか…」
マヤ「いい?」

★ カモられる客の見つけ方! ★
一番はやっぱり、ディーラーの目の動きを追うこと。
興味の大きさ=瞳孔の大きさだから、ディーラーが瞳孔を大きくして見ている
客を見つければ、それはまさに、カモられる客。

ユウ「はぁ…」
僕はそれを聞くとすぐに、ディーラーの方を見ました。。
ディーラーは、瞳孔を最大限に開いて、口をだらしなく開けたまま、一人の女性を
見つめていました。僕とマヤ先生は、すぐにその目線の先を追います。
そこには、胸の谷間を強調したドレスを着た、色っぽい若い女性が座っていました。
ディーラーの目は、女性のバストに釘付けでした。
マヤ「………」
ユウ「………」
マヤ先生は、僕の方に向き直ると、言いました。
マヤ「カモは、あのバスト!?」

違います。
マヤ「…あのディーラー、私たちの作戦に気付いてカモフラージュしてるのかしら…」

とてもそんな余裕のある奴には思えません。
マヤ「まあ、もちろん私たちには気付かせないようにしているかもしれないけど、
必ずカモのチェックはしているはず。ほら、今も全体を見回したでしょう?」
ユウ「じゃあ、どうやって探したらいいんでしょう」
マヤ「それはね…」

★ 具体的なタイプ! ★
その客のタイプとしては、熱くなりやすい『粘着気質』。体型は筋肉質で、
目つきは鋭い。またほどんどが眉毛が直線的でハッキリしているの。男性でも
女性でも、髪は短いことが多いわね。
粘着気質の人間はエンジンがかかるまでは遅いけど、かかった後は猪突猛進
だから、ディーラーにとってはもっともカモにしやすいタイプなのよ。
さらに言うなら粘着気質の人の中でも、『遊びではなく本気で』ギャンブル
しようとしているタイプが理想ね。

ユウ「っても、そんなに理想的な人間がいるんですか?」
マヤ「そうねぇ…。この中で強いて探すなら、あそこにいるアジア系の男性ね」
僕は言われた方向を見ました。そこには、少し太り気味でメガネをかけた
男性がいました。確かにどちらかというと筋肉質で、眉毛も直線的です。
髪の毛は…。
そこまで見た瞬間、僕は悩みました。
ユウ「先生…。あの人、頭がハゲてるんですけど…」
するとマヤ先生は、Vサインをしながら言いました。
マヤ「めっちゃ、粘着気質!」

ハゲはみんな、粘着気質かい。
マヤ「まあ、学問的に言うなら」

★ ハゲてる人は、エネルギーに溢れてる!? ★
ギャンブルは、言うなら勝負。闘争は昔から男性の仕事だったから、
闘争本能が強い人は、男性ホルモンも多く分泌されている。
そして男性ホルモンは頭髪をハゲさせる。すなわち、ハゲている人は
闘争本能が強く、言い換えればアツくなりやすい。
ディーラーがそこまで見抜いているなら、カモになっている可能性も大。

ユウ「確かに、そうかもしれませんね…」
マヤ「よし…。じゃあ、試しにやってみましょう」
見ると、その男性は10ドルのチップを『赤』に賭けました。
ユウ「行くんですか?」
マヤ「もちろん」
先生は、手持ちの30ドルのうち10ドルを、同じく赤に賭けます。
ディーラーは、置かれたチップを一瞥すると、玉を投げました。

カラララララララ…。
ことん。

僕は、生唾を飲み込んで、その玉の位置を確認しました。
…赤でした。
マヤ「よし!! これで10ドルが倍! 40ドルね!」
僕は、驚きを隠せません。
マヤ「この調子で、ガンガン行きましょう!」

男性が黒に20ドルを賭ければ、マヤ先生も黒に20ドル。
男性が14番に5ドルを賭ければ、マヤ先生も14番に5ドル。

マヤ「よーっし!!」
信じられないほどに、当たり続けます。
あっという間に、資金は30→40→60→235ドルになりました。
マヤ「ね!? 言った通りでしょう? これが偶然だと言える?」
ユウ「で、でも…。いつかその男性はカモられるわけですよね? その時に
同じところに賭けてしまったら…」
すると、マヤ先生は微笑みながら言いました。
マヤ「そうね…。でもまだ大丈夫。あの男性は、まだ熱くなってない。
彼が大金を賭けるまでは、カモられることもないわ」
ユウ「そ、そういえば、そうですね…」
マヤ「さぁ次ぃ!!」
マヤ先生は、興奮したように言いました。
その男性は、今度は赤に20ドルを賭けました。
マヤ「………よし…」
マヤ先生は、何かを決めたかのようにうなずくと、同じく赤に100ドルを
賭けました。
ユウ「ちょ、ちょっとマヤ先生!?」
マヤ「大丈夫!! まだ彼は20ドル! カモられないって!」

ディーラーは玉を投げます。
マヤ先生は身を乗り出して。僕は身も心も縮みこんだままに、玉の行方を見守り
ました。

…カラン。


玉が入ったのは、黒でした。
ユウ「く、黒?」
マヤ「……!?」
マヤ先生は、目を見開いたまま静止しています。
ユウ「は、外れましたよ!? これで、一気に135ドルに…」
マヤ「…当然、ディーラーにミスもあるってば。次、次!!」
マヤ先生は少し引きつった笑みを浮かべながら、ルーレットに向き直りました。
今度はその男性は、10ドルを黒に賭けました。
マヤ「OK…。まだカモられないわよね…」
先生はそう言うと、今度は黒に110ドルを賭けました。
ユウ「マヤ先生!?」
マヤ「だいじょーぶ! 私を信じなさいって! さっきのを取り返さなきゃ!」

玉は投げられます。
僕たちは、固唾を飲んで、その行方を見守りました。

入ったのは、赤でした。

マヤ「ウソ!?」
ユウ「………」
僕は、呆然としたままルーレットを見つめます。
マヤ「これで25ドル!? 最初より少なくなっちゃったじゃない!
こうなったら、これ全部を…」
僕は本能的に、マヤ先生の手を掴んで、言いました。

ユウ「…ちょっと…」
マヤ「何よ!?」

ちょっと、待って下さい。


体はどちらかと言うと引き締まっていて、目つきは鋭い。
眉毛は直線的で、髪の毛はそれほどロングではない。
そして、熱くなりやすいタイプ。

ユウ「マヤ先生…」
マヤ「何よ?」

僕は、重大な事実を、マヤ先生に告げました。


ユウ「カモは、マヤ先生だったんです」


▲第4夜▲「カモのホンキはコワイかも?」 カジノ編4(キャスト…ユウ・マヤ)

マヤ「そう…。私がカモだったのね?」
僕は、マヤ先生が少しずつ怒りに震えているのが分かりました。
マヤ「こんなにコケにされたのは、生まれて初めてだわ…」

ちなみに僕は、何百回もあります。
マヤ「あのディーラー…。いい度胸じゃない…」
ユウ「マ…マヤ先生?」
マヤ先生は、気持ちを落ち着かせるように、手を口にあてて、タバコをふかす仕草を
しながら、言いました。
マヤ「私をカモにしたことを、後悔させてやる…」

マヤ先生は、恐ろしくクールな、心臓を射抜くような目つきをしました。
こんな目をした先生を見たのは、今までに一度しかありません。

マヤ「カモの立場を、悪用してやろうじゃない…!!」

決意に燃えるマヤ先生。
そう…。確か前にマヤ先生があの目をしたのは…

出前で頼んだラーメンが、自分の方が少なかった時でした。

僕は、思い出さないほうが良かったと思いながら、残った25ドルのチップを
握り締めて、いつ逃げ出そうか考えていました。

さあ、マヤとユウの運命は!?
二人に奇跡は起こるのか!?


▲第5夜▲「カモマヤのギャクシュウ?」 カジノ編5(キャスト…ユウ・マヤ)

ユウ「でもどうして、カモられたんでしょうか…? 我々は最初っから手持ちが
30ドルしかなかったんですよ? こんな貧乏な我々をカモっても…」
マヤ「それは恐らく、私がもっとお金を持っているように思われたんでしょうね…」
ユウ「どうして!?」
マヤ「やっぱり、私の発する『お金持ちオーラ』じゃないかしら…」

それは、『お金持ち』っていうより、『タカビー』オーラじゃないかな。
僕はそう思いましたが、当然その言葉を飲み込みました。
マヤ「大事なのは、ここ。私たちはあと25ドルで破産にも関わらず、ディーラーは
私たちはもっともっとお金を持っていると信じ込んでいるの」
ユウ「はぁ…」
マヤ「それがバレたら、おしまいね。とりあえず逆襲のための資金稼ぎのためにも、
まだまだお金があると信じ込ませなきゃいけないのよ」
ユウ「っていうと?」
するとマヤ先生は、僕の方に微笑みかけてから、こう叫びました。

マヤ「何やってんのよ!! 今すぐこのカードで現金下ろして来なさいよ!」
ユウ「は、はい!?」
マヤ「急いで行ってきなさいって!」
ユウ「何言ってるんですか!? このカードなんて、とっくに止められて…」
マヤ「何でもいいから行ってくる!!」
ユウ「は、はい!」
僕はマヤ先生の迫力に押されながら、駆け出しました。

いったい何を考えているんでしょうか。
僕は不思議でなりませんでしたが、走りながら一つのことに気づきました。

…そうです。

★ カモの演出方法とは!? ★
マヤ先生は、『手持ちが少なくなったから、急いでもっと多くのお金を持って
こさせている大金持ちの女性』というイメージを作りたかったのです。
さらに言うなら、怒鳴ることで『熱くなりやすさ』をアピールすることもできました。
これは、カモには必須条件です。
これで少なくとも、僕が戻ってくるまでマヤ先生はディーラーのカモのターゲットに
され続けるでしょう。僕が実際にお金を持ってくるかどうかは、問題ではなかった
のです。

…それにしてもマヤ先生は、僕に対して怒鳴る演技がうまいなぁ。

そう自分に言い聞かせながら、僕は哀愁を感じていました。

10分後。僕はマヤ先生のもとに戻り、ディーラーに聞こえないように
マヤ先生に聞きました。
ユウ「今、何ドルですか?」
マヤ「…150ドル…」
ユウ「ほ、本当ですか!?」
マヤ「苦労したわよ…。小さく小さく賭け続けるの…」
マヤ先生は魂を搾り出すような声で言いました。
マヤ「このままチマチマと900ドルを目指そうかな…」
ユウ「…先生…分かってるとは思いますが…。もうすぐ飛行機が出ます…」
するとマヤ先生は、目をむいて言いました。
マヤ「お金と飛行機と、どっちが大切なのよ!?」

飛行機です。
僕はそう思いながら、『試合に勝って勝負に負ける』という言葉を思い出しました。
ユウ「先生…。あと、せいぜい30分でここを出ないと、飛行機に乗れませんよ?」
マヤ「…仕方ないわね…。じゃあここで、5・6回様子を見ましょう」
ユウ「え!?」
マヤ「ユウ先生が戻ってきたことで、ディーラーは私が大金を持っていると思うはず。
様子を見た後に、大勝負を賭けるわよ?」
ユウ「でも、どうするんですか?」
マヤ「さあ、これが最終講義。ギャンブルで絶対に負けない方法を教えてあげるわ」
ユウ「な、何ですか?」
マヤ「決して負けない方法はね…。『ギャンブルをやらないこと』なのよ」

いや、今やってるし。
僕は心の中でそう突っ込みながら、マヤ先生の話を聞いていました。
マヤ「いい?」

★ ルーレット完全必勝法!? ★
ルーレットは、1から36までと、0と00の、全部で38個の目がある。
たとえば赤に賭けた場合、当たる確率は38分の18で、2分の1以下なのにも
関わらず、掛け金は2倍にしかならないの。
すなわち、期待値で考えると約95%。すなわち、『やると必ずお金が減る』のよ。
でも日本の競馬なんて期待値は75%ほどだから、それに比べれば大きく有利なんだけどね…。

ユウ「じゃあ、どうすればいいんですか!? やらないのが一番!?」
マヤ「でもね…。そこで心理が関わってくるのよ…」

★ どのように『勝てる気分にさせるか?』 ★
ギャンブルは期待値的には『やると必ず損をする』ものであることを考えると、
カジノ側からしてみれば、いかに『やらせるか』がポイントなの。
私がかかった『カモの戦略』は確かに理想だけど、ターゲットが一人になってしまう
点では、効率がいいとは言えない。
客を引き込む、もっと効率のいい方法とは、すなわち『当たる気分にさせること』。

ユウ「でも、どうやって?」
マヤ「ほら、あそこに今までの赤か黒かの結果を表す電光掲示板があるでしょ?」
ユウ「あ、はい…」
マヤ「そこで、よ…」

さあ、マヤの明かすルーレット必勝法とはいったい何なのか!?
次回、カジノ編最終話! 長かった夜に、ようやく夜明けが!?

▲第6夜▲「カジノのヨルにヨアケクル?」 カジノ編最終話

マヤ「ルーレットは、1から36までと、0と00の、全部で38個の目がある。
でも例えばある数字に賭けた場合、当たる確率は38分の1なのにも関わらず、
掛け金は36倍にしかならないの。だから期待値で考えると約95%。
すなわち、『やると必ずお金が減る』のよ。だからカジノ側からしてみれば、
いかに『やらせるか』がポイントなの。そのためのもっとも効率のいい方法とは、
『当たる気分にさせること』。それによって勝負欲求を刺激すればいいわけよ」

マヤ先生は自身満々に言いました。
ユウ「でも、どうやって…?」
マヤ「ほら、あそこに今までの黒か赤かの結果を表す電光掲示板があるでしょ…?
プロのディーラーは、ほとんど意図的に玉の目を操れる。だからこそ、
『同じ色を連続させる』のよ。それによって、みんなが賭けたくなる」
ユウ「な、なぜ?」
マヤ「例えば黒が10回近く連続して出ていたら、ユウ先生はどう思う?」
ユウ「…10回も連続しているんだから、次は赤が出るんじゃないか、と思います」
マヤ「いつまでも幸運が続くとは限らない、必ず不幸がやってくる…と考える
パターンね」

余計なお世話だよ。
僕はそう思いましたが、話の腰を折っている時間は無いので、口をつぐみました。
マヤ「逆に考える人もいるよね? 黒がこれだけ続いているんだから、次も黒が
出るんじゃないかってね」
ユウ「あ、はい…」
マヤ「ここが重要! どっちの思考パターンをしたにせよ、人は、自分なりの
法則性を発見すると、安心するものなの。
さらに、ギャンブルをする気が無かった人でも、『つい予想をしてしまった』という
行為から『自分はギャンブルをしたいんだ』と錯覚してしまうわけ。ある意味、
認知的不協和が生じるのね。これらの理由から、いつのまにか多くの人が賭けて
しまうことになるのよ。その分、カジノは得をするわけ」
ユウ「はぁ…」
マヤ「もし黒や赤に連続性や規則性みたいな出方がない…すなわち完全なランダムに
出ていたなら、誰もその先を予想できないと思ってしまうから、その分賭ける人も
減ってしまうわけ」
ユウ「カジノも考えてるんですね…」
マヤ「だから、私たちも考えなきゃダメよね」

今まで考えてなかったんかい。
マヤ「すなわち、今はその法則を逆利用する! ほら、掲示板を見て!
今までの経過はどうなってる?」

僕は電光掲示板を見ました。ここ数回の結果は、
●●●●●●○○●○●○●●●●●●●○●○○○○○○○○○○
●●○○●○●○○○○○○○○●●●●●●○●○○○
(●黒 ○赤) となっていました。

ユウ「確かに連続してますね…」
マヤ「いい? ここまでの結果から考えて、連続する場合はほぼ6個以上、
連続しない場合は、1個や2個止まり…。すなわち、現在3回連続して出ている赤が
今後も『連続する赤』である可能性は、非常に高い。すなわち…」
僕はゴクリと唾を飲み込みました。

マヤ「次は、赤よ」

その瞬間、マヤ先生の顔が悦楽の表情に変わりました。
そしてそこからは、まさに驚きの連続でした。
マヤ先生の宣言通り、玉はその後2回連続で赤に入ったのです。
ほぼ倍々に増やした我々は、すでに手持ちは450ドルになっていました。

マヤ先生の表情が、少しずつ少しずつ火照ってきます。
マヤ「さあ、いよいよクライマックスよ…? 全額を赤。これで当たれば
ジャスト900ドルよ!!」
ユウ「だからって、全額っていうのはちょっと…」
マヤ「何言ってるの!? 失うものなんて、何もないじゃない?」

信用とか名誉とか、色々とあると思います。
僕はそう思いましたが、今言ってもしょうがないので、口をつぐみました。
マヤ「全額を、赤!」
そしてマヤ先生は、全てのチップを赤に置きました。

その瞬間、僕はある一つの違和感に気付きました。

もしかして、ここまでの全てがディーラーの罠だったら?
「黒と赤には連続性がある」。
そういった予想を含めて、勝負をさせるための策略だったとしたら?

僕の胸の違和感は、少しずつ確信に変わっていきました。
ディーラーの顔を見ると、彼の口には微笑みが浮かんでいます。

僕の背筋が凍りました。
ディーラーは、玉を投げるモーションに入ります。

ユウ「マヤ先生! 罠です!!」
マヤ「はぁ!? 何言ってるのよ!?」
僕は慌ててチップを動かそうとしました。
マヤ「や、やめなさいってば!」
僕とマヤ先生は揉み合いになりました。
その瞬間です。マヤ先生の胸元から、下着が覗きました。

マヤ「!!」
ユウ「!!!」
ディーラー「!!!!!!!!!」

あたり一面に、気まずい沈黙が走りました。
すでにモーションに入っていたディーラーは、そのまま玉を投げました。
そしてすぐにチップを賭ける時間終了の鐘がならされます。
チップは、赤のまま。僕は絶望と共にその音を聞きました。

カララララララララ…。
玉は、不自然な静けさの中を、ただ音を立てながら回転します。

…カラン。
落ちた先は…





…赤でした。

マヤ「や…」
ユウ「……」
マヤ「やったー!!!!!!!!!!」

マヤ先生は大喜びをしていました。
僕は信じられないままに、ディーラーの顔を見ます。すると彼は、明らかに
苦々しい表情をしていました。

その時、僕は一つのことに気がつきました。

…赤。
それはマヤ先生の下着の色と同じです。

恐らく黒に入れようとしていたディーラーは、突然のマヤ先生の下着露出に
表在意識のタガが外れ、その赤色が潜在意識に刷り込まれ、
「もっと赤い下着が見たい」→「赤に近付きたい」→「赤に入れたい」と、
無意識のうちに赤を狙ってしまったのではないかと思われました。

マヤ「心理の勝利よ!!!!!」
マヤ先生は狂喜乱舞しています。

いえ、ブラジャーの勝利です。
と言うことは、当然できませんでした。


<エピローグ>

マヤ「どうしようかしらねぇ…」
ユウ「どうしようもないと思いますよ…」

帰りの飛行機の中。
我々は、『お土産代をどのように稼ぐか』について話し合っていました。
マヤ「いったい何がいけなかったのかなぁ…」
ユウ「『これだけ頑張って、お土産代だけじゃ淋しいでしょ!? もう1回
チャレンジしなきゃ女じゃない!』って、さらにもう一度全額を賭けちゃったのが
いけなかったんでしょうね…」
マヤ「それを止めなかったユウ先生もいけなかったと思うわよ…?」
僕は、溜息をつきながら、言いました。 
ユウ「…少なくとも、これで我々は、一つ教訓を学びましたね」

マヤ先生は、大きく頷きました。
マヤ「うん」
ユウ「…なんですか?」
マヤ「今度は、心理を応用して競馬」
ユウ「……」

もう何を言ってもムダだと思いながら、僕は飛行機の中で眠りにつきました。

マヤ「それともやっぱり、競輪かなぁ!?」

<完>

セクシーネットへ。