□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
精神科医ユウの日記 <90%ノンフィクション・10%ユウの妄想>
モーニング女医。第10号
血液採取する女医。前編
□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
これは、僕がまだ学生の頃の話です。
一般的な講義がやっと終了し、いよいよ本格的な医学の勉強がスタートする時期。
僕たち医学生は、溢れる期待を胸に秘めながら、実習室に向かいました。
扉が開き、一人の女医さんが入ってきました。
マヤ「それでは、始めましょうか」
何で先生が来るんですか。
今の僕なら、迷わずそう突っ込むところなのですが、初めてマヤ先生に会った僕は、こう感じていました。
何て素敵な女医さんだ。
マヤ「えー、今回の実習は手短に行います。あまり長い講義をしても、
みなさんは疲れて眠っちゃいますからね」
先生が一番に寝ちゃうんですよね。
当然今ならそう突っ込むのですが、当時の僕は、こう思いました。
何て優しい先生だ。
マヤ「それに、タラタラと実習をしても、しょうがありません。
医者に求められるのは、迅速な判断!
だから、実習は5時までに終了させて下さい」
6時から、見たいドラマがあるんですね。
でも、まだマヤ先生の内面を知らない当時の僕は、こう感じました。
はい! いい医者になるために、全力で5時までに終わらせます!
マヤ「では、実習を始めます。今回のテーマは、「血液の構造」です。まずは、ペアになって血液を採取してください」
その瞬間、学生の間で、どよめきが起こりました。
マヤ「静かにしてくださいね」
しかし、周囲の騒音は収まりません。
するとマヤ先生は、息を吸い込んで、叫びました。
マヤ「静かにしなさいってば!!!」
あ、地が出た。
もちろんそれは今だから思えることで、当時の僕は、こう感じました。
清純派の女医さんの、意外な一面だぁ。
まさに、知らないことは幸せだったと思います。
何にせよ、マヤ先生の一言で、教室内は水を打ったように静まり返りました。
マヤ「いいですか? 血液の採取の仕方を説明しますね」
全員、集中して聞いています。
マヤ「じゃあ、誰かに代表して被験者…もとい実験台になってもらいましょう」
「もとい」の使い方が逆でした。
マヤ先生がそう言った瞬間、全員の緊張感が高まりました。
マヤ「じゃあねぇ…。そこの血の気が多そうなキミ!!」
もうちょっと、マシな指名方法は、なかったのでしょうか。
先生が指を指した先には、身長2メートル近くある、体格の大きなマッチョな学生がおりました。
「お、俺ッスか?」
人のよさそうな彼は、恥ずかしそうにうつむきながら、マヤ先生のところに歩いていきました。
僕を始め、クラス中の男子生徒は、
うらやましい。
と、大きな誤解を感じていました。
ちなみに今なら、
かわいそうに。
と、自信満々に言えます。
マヤ「じゃあ、血を採りましょうか?」
腕まくりをしようとする彼。
しかし次の瞬間、我々全員は、信じられない言葉を聞いたのでした。
マヤ「耳からね」
もちろん、その場にいた全員が、冗談だと思って、笑いました。
まさかその後、あんなに悲惨な状況になるとは知らずに…。
待て、次号!!
恵まれないユウに、引き続き愛のメールお待ちしています。
モーニング女医。~jikken2
学生たちが固唾を飲んで見守る中、マヤ先生は静かに言葉を続けました。
マヤ「じゃ、耳を充血させますね」
マヤ先生は、その言葉と同時に、マッチョな男子学生の耳をもみ始めました。
学生「あ…うくっ、あはぁ…」
聞いてはいけない声を、聞いてしまった気がしました。
隣の学生が、「うらやましい…」とつぶやきました。
当時の僕も同じ気持ちでした。
ちなみに今の僕なら、
やっぱり、うらやましいです。
充分に充血したところで、マヤ先生は、カミソリを手に握りました。
!!!!!!!
教室内に緊張が走ります。
マヤ「今からちょっと傷をつけるけど、痛くなかったら、手を上げてね」
痛かったら、どうすればいいんですか。
しかし張り詰めた場の雰囲気に、そこにいる誰もが突っ込むことはできませんでした。
マッチョな彼は、緊張した面持ちで少し震え始めました。
無理もありません。まさに天国から地獄です。
さながらボッタクリなお店に入ってしまったサラリーマンのような表情になりました。
マヤ「大丈夫!! ほら、ピアスなんか、ハリを刺すんですよ? それに比べれば痛くない! 大体、耳たぶにはほとんど感覚神経が通っていないと言われていて、痛みを全く感じない人だっているんです。何より…」
早くやってあげて下さい。
マヤ「じゃあ、やりますよ…」
さくっ。
静かな音を立てて、耳たぶに小さなキズが入ります。
マヤ先生は流れるようにプレパラートを手にとると、そこに少量の血液を押し付けました。
そしてそれを全員に見せると、言いました。
マヤ「ね? カンタンでしょ?」
手が震えてます。先生。
マヤ「はい! それでは皆さんも、席に戻ってやって下さい!! 出席番号が隣の人とペアになって下さいね」
誰とペアになるんだろ。
僕は、考えました。
かわいい女の子なら、いいな。
と、人間としてごくごく自然な期待を抱いていました。
そしてその女の子がひざまくらをしながら、
「あーん、ダメ、動いちゃあ…。うまく、おみみ揉めないでしょ? ちょっと、ダメだってばぁ、そんなコトしたらぁ…」
妄想が暴走していました。
ちなみに、それを思い出している今も、さらに妄想が暴走しています。
僕は鼻歌を歌いながら、軽い足取りで席に戻りました。
そして、ワクワクしながら、パートナーになるべき人間が来るのを待っていました。
そんな時です。
「あ、よろしくお願いしまッス!」
僕は、それを見なかったことにして、顔を後ろに背けました。
落ち着け、ユウ。
僕は、深呼吸すると、あらためて、向き直ります。
「どうも、お願いしまッス!」
間違いありません。
さっきのマッチョな彼でした。
神様。
あなたは僕に、「死ね」と言うんですね。
さあ、ユウの運命は!?
明日の最終話を待て!
思い出しながら涙を流す、恵まれないユウに愛のメールお待ちしています。
モーニング女医。~jikken3
(シーン419)
平日の昼下がり。
実習室の中。
座っているユウ。
ユウの耳を、一生懸命に揉むマッチョな学生。
彼は、ユウの耳に口を近づけ、こうささやく。
「痛くないッスか?」
痛くてもいいから、早く終わってください。
福沢諭吉先生は、言いました。
「天は人の上に人を作らず。人の下に人を作らず」
できるなら、
耳の後ろにも人を作らないで欲しかった。
「これくらいで、充分ッスかねぇ?」
僕は、真っ赤にはれた耳を押さえながら、こう答えました。
ユウ「はい。充分すぎますよ♪」
まさに、人生に逆ギレ状態でした。
「じゃ、キズつけますね」
耳元にかかる、暑苦しいハナ息。
至近距離にある、黒々とした顔。
そして、手には鋭利なカミソリ。
どう考えても、正当防衛が成立します。
「はい、終わりましたよ」
「へ?」
気付くと、すでに終わっていました。
不思議なことに、痛みも何もありませんでした。
恐らく、彼の出す雰囲気と迫力に、感覚が麻痺してしまったのでしょう。
彼は、麻酔科に向いていると思いました。
その名も、マッチョ麻酔です。
さて、ちなみに彼の血液は、すでにマヤ先生が採取したので、僕が彼の耳を揉む必要はありませんでした。
それだけが、唯一の救いでした。
マヤ「はい、じゃあ皆さん血液は採取できましたか? それでは顕微鏡で見てみましょう」
全員が一斉に、顕微鏡を覗きます。
マヤ「いいですか? 赤いのが赤血球。白いのが白血球です」
……先生、
アバウトすぎて、ちっとも分かりません。
マヤ「そして、小さくてカサコソしてるのが血小板ですね」
じゃあ、ゴキブリも血小板ですか。
マヤ「それでは、続きは来週にしましょうか」
先生、早すぎます。
そして1週間後。
当然のごとく血液は固まっており、僕らは再び、血液を採取しなくてはいけなくなったのでした。
そしてやっぱり、もう一度マッチョに耳を揉まれたのでした。
完
あふれるほどに涙を流す、恵まれないユウに愛のメール、お待ちしています。