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精神科医ユウの日記 <90%ノンフィクション・10%ユウの妄想>
モーニング女医。第10号
               血液採取する女医。前編
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これは、僕がまだ学生の頃の話です。
一般的な講義がやっと終了し、いよいよ本格的な医学の勉強がスタートする時期。
僕たち医学生は、溢れる期待を胸に秘めながら、実習室に向かいました。

扉が開き、一人の女医さんが入ってきました。





マヤ「それでは、始めましょうか」



















何で先生が来るんですか。





今の僕なら、迷わずそう突っ込むところなのですが、初めてマヤ先生に会った僕は、こう感じていました。

















何て素敵な女医さんだ。


マヤ「えー、今回の実習は手短に行います。あまり長い講義をしても、
みなさんは疲れて眠っちゃいますからね




















先生が一番に寝ちゃうんですよね。




当然今ならそう突っ込むのですが、当時の僕は、こう思いました。







何て優しい先生だ。









マヤ「それに、タラタラと実習をしても、しょうがありません。
医者に求められるのは、迅速な判断!
 だから、実習は5時までに終了させて下さい




















6時から、見たいドラマがあるんですね。



でも、まだマヤ先生の内面を知らない当時の僕は、こう感じました。





はい! いい医者になるために、全力で5時までに終わらせます!








マヤ「では、実習を始めます。今回のテーマは、「血液の構造」です。まずは、ペアになって血液を採取してください」

その瞬間、学生の間で、どよめきが起こりました。

マヤ「静かにしてくださいね」

しかし、周囲の騒音は収まりません。
するとマヤ先生は、息を吸い込んで、叫びました。

マヤ「静かにしなさいってば!!!






あ、地が出た。


もちろんそれは今だから思えることで、当時の僕は、こう感じました。





清純派の女医さんの、意外な一面だぁ。







まさに、知らないことは幸せだったと思います。



何にせよ、マヤ先生の一言で、教室内は水を打ったように静まり返りました。



マヤ「いいですか? 血液の採取の仕方を説明しますね」

全員、集中して聞いています。

マヤ「じゃあ、誰かに代表して被験者…もとい実験台になってもらいましょう」











「もとい」の使い方が逆でした。





マヤ先生がそう言った瞬間、全員の緊張感が高まりました。



マヤ「じゃあねぇ…。そこの血の気が多そうなキミ!!
















もうちょっと、マシな指名方法は、なかったのでしょうか。








先生が指を指した先には、身長2メートル近くある、体格の大きなマッチョな学生がおりました。

お、俺ッスか?





人のよさそうな彼は、恥ずかしそうにうつむきながら、マヤ先生のところに歩いていきました。



僕を始め、クラス中の男子生徒は、



うらやましい。











と、大きな誤解を感じていました。


ちなみに今なら、










かわいそうに。


と、自信満々に言えます。




マヤ「じゃあ、血を採りましょうか?」

腕まくりをしようとする彼。

しかし次の瞬間、我々全員は、信じられない言葉を聞いたのでした。


















マヤ「耳からね




もちろん、その場にいた全員が、冗談だと思って、笑いました。

まさかその後、あんなに悲惨な状況になるとは知らずに…。



待て、次号!!


恵まれないユウに、引き続き愛のメールお待ちしています。


モーニング女医。~jikken2



学生たちが固唾を飲んで見守る中、マヤ先生は静かに言葉を続けました。



マヤ「じゃ、耳を充血させますね



マヤ先生は、その言葉と同時に、マッチョな男子学生の耳をもみ始めました。





学生「あ…うくっ、あはぁ…



















聞いてはいけない声を、聞いてしまった気がしました。








隣の学生が、「うらやましい…」とつぶやきました。














当時の僕も同じ気持ちでした。







ちなみに今の僕なら、




















やっぱり、うらやましいです。










充分に充血したところで、マヤ先生は、カミソリを手に握りました。






!!!!!!!









教室内に緊張が走ります。





マヤ「今からちょっと傷をつけるけど、痛くなかったら、手を上げてね























痛かったら、どうすればいいんですか。





しかし張り詰めた場の雰囲気に、そこにいる誰もが突っ込むことはできませんでした。






マッチョな彼は、緊張した面持ちで少し震え始めました。

無理もありません。まさに天国から地獄です。

さながらボッタクリなお店に入ってしまったサラリーマンのような表情になりました。





マヤ「大丈夫!! ほら、ピアスなんか、ハリを刺すんですよ? それに比べれば痛くない! 大体、耳たぶにはほとんど感覚神経が通っていないと言われていて、痛みを全く感じない人だっているんです。何より…」
























早くやってあげて下さい。








マヤ「じゃあ、やりますよ…」

 

さくっ。





静かな音を立てて、耳たぶに小さなキズが入ります。

マヤ先生は流れるようにプレパラートを手にとると、そこに少量の血液を押し付けました。

そしてそれを全員に見せると、言いました。





マヤ「ね? カンタンでしょ?
















手が震えてます。先生。






マヤ「はい! それでは皆さんも、席に戻ってやって下さい!! 出席番号が隣の人とペアになって下さいね」







誰とペアになるんだろ。


僕は、考えました。


かわいい女の子なら、いいな。




と、人間としてごくごく自然な期待を抱いていました。





そしてその女の子がひざまくらをしながら、

「あーん、ダメ、動いちゃあ…。うまく、おみみ揉めないでしょ? ちょっと、ダメだってばぁ、そんなコトしたらぁ…」





























妄想が暴走していました。






















ちなみに、それを思い出している今も、さらに妄想が暴走しています。

















僕は鼻歌を歌いながら、軽い足取りで席に戻りました。

そして、ワクワクしながら、パートナーになるべき人間が来るのを待っていました。







そんな時です。











「あ、よろしくお願いしまッス!」
















僕は、それを見なかったことにして、顔を後ろに背けました。





















落ち着け、ユウ。















僕は、深呼吸すると、あらためて、向き直ります。













どうも、お願いしまッス!

















間違いありません。
さっきのマッチョな彼でした。

















神様。
















あなたは僕に、「死ね」と言うんですね。





さあ、ユウの運命は!?

明日の最終話を待て!


思い出しながら涙を流す、恵まれないユウに愛のメールお待ちしています。


モーニング女医。~jikken3



(シーン419)
平日の昼下がり。
実習室の中。
座っているユウ。
ユウの耳を、一生懸命に揉むマッチョな学生。
彼は、ユウの耳に口を近づけ、こうささやく。






「痛くないッスか?」
















痛くてもいいから、早く終わってください。








福沢諭吉先生は、言いました。



「天は人の上に人を作らず。人の下に人を作らず」

















できるなら、























耳の後ろにも人を作らないで欲しかった。








「これくらいで、充分ッスかねぇ?」








僕は、真っ赤にはれた耳を押さえながら、こう答えました。














ユウ「はい。充分すぎますよ♪










まさに、人生に逆ギレ状態でした。













「じゃ、キズつけますね」



耳元にかかる、暑苦しいハナ息。

至近距離にある、黒々とした顔。

そして、手には鋭利なカミソリ。















どう考えても、正当防衛が成立します。














「はい、終わりましたよ」


「へ?」






気付くと、すでに終わっていました。


不思議なことに、痛みも何もありませんでした。







恐らく、彼の出す雰囲気と迫力に、感覚が麻痺してしまったのでしょう。























彼は、麻酔科に向いていると思いました。
















その名も、
マッチョ麻酔です。






さて、ちなみに彼の血液は、すでにマヤ先生が採取したので、僕が彼の耳を揉む必要はありませんでした。



それだけが、唯一の救いでした。






マヤ「はい、じゃあ皆さん血液は採取できましたか? それでは顕微鏡で見てみましょう」




全員が一斉に、顕微鏡を覗きます。





マヤ「いいですか? 赤いのが赤血球。白いのが白血球です」














……先生、














アバウトすぎて、ちっとも分かりません。











マヤ「そして、小さくてカサコソしてるのが血小板ですね」























じゃあ、ゴキブリも血小板ですか。









マヤ「それでは、続きは来週にしましょうか















先生、早すぎます。












そして1週間後。

当然のごとく血液は固まっており、僕らは再び、血液を採取しなくてはいけなくなったのでした。
そしてやっぱり、もう一度マッチョに耳を揉まれたのでした。


あふれるほどに涙を流す、恵まれないユウに愛のメール、お待ちしています。

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